第39話:トロイの木馬(開城交渉)
パテでの圧勝から数日。私たちの軍勢は、ランスへと続く道すがら、いくつかの要害に突き当たった。その一つが、堅牢な城壁を誇る街、オセールだ。
「……また城攻めか。正直、毎回物理で壊すのも効率悪いんだよな」
ルイが馬上で、あくびを噛み殺しながら城門を眺めた。
かつての人生で、私たちはここで食料不足に悩み、交渉に数日を費やした。中世の城攻めは、とにかく時間がかかる「コストの塊」だ。
「ルイ、無理やり攻めるのは反対よ。街の人たちだって、フランスの民なんだから」
「わかってるって。……だから今回は、現代の『マーケティング』の力を使う。……ジャンヌ、ちょっとあそこの門の前まで行って、最高に神々しいポーズで立っててくれ」
「……えっ? ポーズ?」
ルイの指示で、私は白い軍旗を掲げ、夕陽を背にして城門の正面に一人で立った。
ルイはその背後で、拡声器を構え、朗々と「宣伝」を始めた。
「――オセールの市民諸君! 聞け! 我らは略奪をしない! 我らは諸君の財産を奪わない! なぜなら、我らの聖女ジャンヌ・ダルクは、パンとスープを『無限に』生み出す知恵(現代の兵站)を持っているからだ!」
ルイの声が、城壁の兵士たちに響き渡る。
高校生の彼が、文化祭の呼び込みでもしているような、妙に調子のいい、けれど自信に満ちた声だ。
「……信じられないなら、この籠を見てみろ! 昨日のパテで手に入れたイギリス軍の極上ワインと干し肉だ! これを門の前に置いていく。……毒なんて入ってない。……ただの『お試しサンプル』だ!」
ルイの合図で、数人の兵士が本当に豪華な食料の籠を門の前に置いて、さっと下がった。
城壁の上で、腹を空かせた守備兵たちがざわめき始める。
「……ルイ、あれ、本当にいいの? 私たちの貴重な食料なのに」
「いいんだよ。……『返報性の原理』ってやつだ。……親切にされたら、無下にできないっていう人間の心理を突く。……それに、俺たちが略奪をしないっていう『ブランド』を植え付ければ、あいつらは戦う理由を失う」
数時間後。
驚いたことに、オセールの門が静かに開いた。
出てきたのは、武装を解いた市長と、恐る恐る顔を出す市民たちだった。
「……聖女様、そして軍師殿。……あなた方の噂は聞いております。……略奪をせず、兵士に腹一杯飯を食わせる軍隊など、見たことがない。……我らも、その『平和なフランス』の一員になりたいのです」
「……よし、開城成功だ」
ルイが、私にだけ見えるように小さくガッツポーズを作った。
武力で壁を壊すのではなく、イメージと実利で「心の壁」を壊す。
現代の広告戦略のようなやり方に、中世の古臭い騎士たちは、またしても口をあんぐりと開けていた。
「……ルイ、あなたって本当に……人を操るのが上手いわね」
「人聞き悪いな。……俺はただ、みんなが一番損をしない『ハッピーエンド』を提案してるだけだよ」
ルイは満足げに笑い、開かれた門の中へと馬を進めた。
ランスへの道は、もはや戦場ではなく、私たちの「ファン」を増やすためのパレードに変わりつつあった。




