第38話:略奪禁止(コンプライアンス)
パテの戦場には、放棄されたイギリス軍の荷馬車や、豪華な天幕が点在していた。
勝利に沸くフランス兵たちが、それらを目に狂わせ、今にも飛びかかろうとしている。
「……おっと、そこまでだ! 全員ストップ!」
ルイが馬上から、まるで校門の前で遅刻生を取り締まる生活指導の先生のような鋭い声を張り上げた。
「な、なんだ坊主。勝ったんだ、敵の荷物を漁るのは当たり前だろ! これが俺たちのボーナスだ!」
一人のベテラン兵士が、銀の食器を掴もうとしてルイを睨みつける。
中世の戦争において、略奪は兵士たちの正当な権利であり、唯一の楽しみでもあった。
「……ダメだ。現代の……いや、俺たちの軍隊に略奪(コンプライアンス違反)は認めない。……いいか、それらを勝手に持ち出した奴は、明日からの『特製スープ』抜きだぞ!」
「スープ抜き!?」
兵士たちが一斉に顔を見合わせた。
ルイが現代の栄養学を駆使して作らせている、あの具沢山の温かいスープ。
一度それを知ってしまった彼らにとって、それは銀食器よりも価値のある「命の源」になっていた。
「……ルイ、そこまで言わなくても。彼らだって、ずっと苦労してきたんだし」
私は小声で耳打ちしたが、ルイは首を横に振った。
「ジャンヌ、これはただの道徳の問題じゃない。……略奪を許すと、軍の統制(規律)が一気に崩れるんだ。……みんなが宝探しに夢中になってる間に伏兵に襲われたら、一発で全滅だぞ。現代のゲームでも、アイテム拾いに夢中になって死ぬ奴は山ほどいるだろ?」
「……アイテム拾いって。でも、一理あるわね」
ルイは兵士たちに向き直り、今度は少しだけトーンを落として交渉を始めた。
高校生の彼が、文化祭の予算配分でクラスメイトをなだめる時のような、理屈とアメを使い分けるやり方だ。
「……その代わり、この戦いの戦利品は全部一箇所に集めて、俺が『公平に』査定して、後で現金(給料)として上乗せしてやる。……山分けだ。……くじ引きでもいいぞ。……だから今は、武器を持って周囲の警戒に戻れ!」
「……山分け? 本当か、坊主!」
「俺が嘘をついたことがあるか? オルレアンの橋を落としたのも、今日の煙幕も、全部俺の言った通りになっただろ?」
ルイの自信満々な言葉に、兵士たちはしぶしぶながらも銀食器を置き、再び陣形を整え始めた。
「あいつの言うことを聞けば、最終的に得をする」という信頼。
それが、中世の野蛮な軍隊を、一気に近代的な「組織」へと変えつつあった。
「……ふぅ。……ジャンヌ、マジで疲れるわ。……中世の人って、マジで目の前の利益に弱すぎ」
ルイが馬の上で、ぐったりと肩を落とした。
「……でも、これで軍の規律は守られた。……次はランスだ。……あそこの街の人たちにも、『フランス軍は略奪をしない、カッコいい軍隊だ』って思わせなきゃいけないからな」
「……プロモーションね、ルイ」
「そう。……いいイメージ(ブランド)を作れば、戦わずして門が開く。……それが現代の……いや、俺たちの戦い方だ」
ルイは、煤けた手で顔を拭い、黒い筋を作りながらも満足げに笑った。
歴史の教科書には載らない、兵士たちの胃袋と心を掴むための、地道な「教育」の日々。
その積み重ねが、ジャンヌ・ダルクという伝説を、より強固なものに作り変えていく。
パテの風が、勝利の後の静寂を運んできた。
私たちの進軍は、ただの戦争ではなく、古い時代をアップデートするための「旅」になりつつあった。




