第37話:ワンサイド・ゲーム
「……う、嘘だろ。あんなに強そうだった連中が、あんなに簡単に……」
私の後ろで馬を走らせていたフランス軍の騎士たちが、呆然とした声を漏らした。
かつての人生では、一発の矢に怯え、死を覚悟して突撃したパテの平原。
けれど今は、目の前が真っ白な煙に包まれ、イギリス兵たちは弓を引くどころか、自分の手元すら見えずに右往左往している。
「……当然だよ。現代の……いや、俺の計算じゃ、視界を奪われた遠距離アタッカーはただの『的』だ」
ルイが、少し離れた安全圏から、拡声器代わりの円錐形の筒を手にして叫んでいる。
高校生の彼が、体育祭の運営でもしているかのような、冷静で少し楽しげな声だ。
「ジャンヌ! 右側の煙が薄くなってる! 敵の予備兵がそっちに固まってるから、斜めに突っ切って追い散らせ!」
「ええ、了解よ! ルイ!」
私は軍旗を右に振り、白い鎧を閃かせて煙の薄いスポットへと馬を向けた。
そこにいたイギリス兵たちは、煙の中から突如として現れた「無傷の聖女」を見て、悲鳴を上げて武器を投げ出した。
「悪魔だ! 煙を操る悪魔が現れたぞ!」
「違うわ。これは『科学』の……あ、いや、天の御意志よ!」
私は言い直しながら、剣の腹で敵をなぎ倒した。
ルイが言っていた通り、物理的に目を塞がれた相手は、どれほど訓練された兵士であってもパニックに陥る。
現代の「目つぶし」のような戦術に、中世の正攻法しか知らない彼らは、なす術もなかった。
「……よし、あっちの陣地も崩れたな。……ジャン、あっちの燃え残りの藁に追い討ちの油を撒け! 視界を塞ぎ続けろ!」
ルイが指示を出すたびに、新たな黒煙が上がり、イギリス軍の指揮系統は完全に麻痺していく。
もはやこれは戦争ではない。
一人の理系高校生が仕組んだ、圧倒的な「ハメ技」によるワンサイド・ゲームだ。
「……信じられん。我らの損害は……ほぼゼロか?」
デュノワが、返り血一つ浴びていない自分の鎧を見て、信じられないといった様子で呟いた。
これまでのフランス軍が、どれほど多くの血を流して敗北を重ねてきたか。
それが、たった数個の「煙を出す桶」と、少年の「風向きの計算」だけで、一方的な勝利に変わってしまった。
「……ジャンヌ、深追いはしなくていいよ! 敵の士気はもうボロボロだ。逃げる奴らは放っておけ!」
ルイが、私の馬の隣まで駆け寄ってきた。
煤で少し顔を汚しているが、その表情は「模試の結果が予想以上に良かった」時のような、全能感に溢れている。
「……完勝だね、ジャンヌ。これでパテの道は開いた。……次はランスだ。……王太子を、本物の王様にするためのパレードを始めようぜ」
「ええ。……でもルイ、あなた、本当に性格が悪くなったわね」
私が苦笑いして言うと、ルイは照れたように鼻を擦った。
「……仕方ないだろ。君を火あぶりにさせないためには、俺が『悪魔』にでも『策士』にでもなってやるよ。……それが、俺の選んだ『現代人の責任』ってやつだからな」
パテの平原に、勝利の鐘の音に代わる、退却する敵の足音と、フランス軍の歓声が響き渡った。
歴史の針が、また一つ、ルイの計算通りに大きく進んだ。




