第4章:進軍のパテ(リアルタイム・ストラテジー)
第36話:視界没収
パテの平原。
見渡す限りの緑が広がるこの場所で、イギリス軍の自慢のロングボウ兵たちは、いつものように余裕をこきながら陣を敷いていた。
「……あいつら、地面に杭を打ち込んで『バリア』を作ってるつもりだ。馬で突っ込んできたら、ハリネズミにしてやるって顔してるな」
ルイが馬の上で、自作の望遠鏡を覗きながら鼻で笑った。
高校生の彼にとって、あんな単調な布陣は「攻略法が決まりきった古いゲーム」のようなものらしい。
「ルイ、相手はあの最強の長弓兵よ。一度目の人生では、あそこの茂みから鹿が飛び出して居場所がバレるまで、手も足も出なかったんだから」
私は、空を埋め尽くす矢の恐怖を思い出して、少しだけ手綱を握る手に力が入った。
「大丈夫だよ、ジャンヌ。あいつらは『見えているもの』を撃つのは得意だけど、見えない相手にはただの素人だ。物理の……あ、いや、ええと、理科の実験を始めようぜ」
ルイは、後方に控えていたドンレミ村の幼馴染たちに合図を送った。
彼らが担いでいるのは、湿った藁と、動物の脂に少しだけ「ある植物」を混ぜて練った特製の燃料だ。
「……火をつけろ! 風向きは計算通り……あっちのイギリス軍に向かって、最高に煙たいプレゼントを贈ってやれ!」
ルイが松明を振り下ろすと、ゴウッ! という低い音とともに、真っ黒で濃い煙が立ち昇った。
春の湿った風に乗って、煙はまるで生き物のように平原を這い、イギリス軍の陣地へと吸い込まれていく。
「……な、なんだ!? 火事か!? ゲホッ、ゲホゲホッ!」
「前が見えん! 敵はどこだ! どこを撃てばいい!?」
遠くから、イギリス兵たちの情けない悲鳴と咳き込む声が聞こえてきた。
彼らにとって、戦場とは「正々堂々と見える相手」と戦う場所だ。
こんな現代の煙幕のような嫌がらせは、想像もしていなかっただろう。
「……よし、あいつら完全にパニックになってるな。現代の……いや、俺の計算だと、今あいつらの命中率はゼロ%だ。……ジャンヌ、今だぜ!」
ルイが、少しだけ意地悪な「策士」の顔で笑った。
「煙の中から、聖女様がノーダメージで現れる。……あいつらにとっちゃ、悪夢以外の何物でもないだろ?」
「……ええ。最高の演出ね、ルイ!」
私は白い軍旗を高く掲げ、馬の腹を蹴った。
真っ白な煙のカーテンを突き抜け、眩しい太陽の光を鎧に反射させながら、私は混乱する敵陣へと躍り出た。
「――イギリスの兵士たちよ! 天の裁きを受けなさい!」
煙の中から突如として現れた「無傷の聖女」。
矢を射る暇さえ与えられない、圧倒的な情報の遮断。
「……ひ、光の乙女だ! 煙の中から現れたぞ!」
弓を投げ出し、腰を抜かして逃げ惑うイギリス兵たち。
最強と呼ばれた長弓兵の誇りは、一人の高校生が作った「煙たい藁」によって、一瞬で瓦解していった。
「……チョロいな。これが『初見殺し』ってやつだよ」
ルイが後ろで、満足げに呟いた。
歴史の教科書が、また一つ、物理の公式によって書き換えられた瞬間だった。




