第34話:勝利の余韻と「次の一手」
オルレアンの街は、一週間が過ぎてもお祭り騒ぎが続いていた。
けれど、総督府の一室では、ルイが現代の「ホワイトボード」代わりに、大きな平らな石板に炭で図形を書き殴っていた。
「……ダメだ。みんな浮かれすぎてる。イギリス軍は撤退したんじゃない、『体制を立て直すために引いた』だけだ。現代の……いや、俺たちの感覚で言えば、まだ前半戦が終わっただけだよ」
ルイは、炭で汚れた手を顔で拭い、黒い筋を作りながら私を振り返った。
その目は、完全に「受験勉強の追い込み」に入った高校生のそれだ。
「ルイ、少しは休んで。デュノワ様も『聖女の休息が必要だ』って、豪華な食事を用意してくれてるわよ」
「食べてる暇があったら、この『地形データ』を頭に叩き込みたいんだ。……次はパテだ。あそこはオルレアンみたいな攻城戦じゃない。広い平原での、ガチンコの野戦になる」
ルイは石板の一点を、カツンと叩いた。
「イギリス軍の強みは『ロングボウ(長弓兵)』だ。……現代の……スナイパーみたいな連中だよ。近づく前に、ハリネズミにされて終わる。……史実の君は、運良く突撃が成功したけど、今回はもっと確実に、論理的に勝たなきゃいけない」
「……弓矢の雨を、どうやって防ぐの?」
私は、一度目の人生で見た、空を埋め尽くす黒い矢の群れを思い出して身震いした。
どんなに勇気があっても、物理的に届かない距離から射殺されれば終わりだ。
「……『煙幕』だ。……あるいは、視界を遮る何か。……現代の戦術じゃ、敵の視界を奪うのが基本だろ? ……火薬はまだ安定しないけど、大量の藁と、ある『化学物質』を混ぜて燃やせば……」
ルイは、化学の授業で習った「不完全燃焼」や「発煙」の仕組みを必死に思い出そうとしていた。
高校生の彼が、部活の遠征の荷物リストを作るみたいに、真剣な顔で「可燃物」のリストを書き出していく。
「……ジャンヌ。君はただ、俺が作った『煙』の中から、最高に格好よく現れてくれればいい。……相手がパニックになった瞬間が、勝負だ」
「……煙の中から……。なんだか、舞台の演出家みたいね、ルイ」
「ははっ、そうかもな。……でも、これが俺の選んだ『最強のサポート』だ。……君を、一発の矢にも当てさせない。……それが、俺の今学期の『絶対評価』なんだよ」
ルイが、少しだけいたずらっぽく笑った。
その笑顔には、死線を越えた者だけが持つ、不敵な余裕が混ざり始めていた。
「……分かったわ。あなたの演出に、乗るわよ」
私は、白い鎧の感触を確かめた。
オルレアンを救った「奇跡」は、まだ序の口に過ぎない。
これから始まるのは、現代の知恵と中世の武力が激突する、全く新しい戦い(ゲーム)だ。
「……よし。……全軍に伝えてくれ。……明後日、出陣だ。……ターゲットは、パテの平原。……イギリス軍のプライドを、煙に巻いてやろうぜ」
ルイは石板の図を乱暴に消すと、力強く立ち上がった。
その背中は、もはや一年前の頼りない高校生のそれではなく、一人の軍師の風格を漂わせていた。




