第29話:破城槌(はじょうつい)の物理学
決戦前夜、オルレアンの工廠には、ルイの指示で集められた大工や鍛冶屋たちが困惑した表情で立ち尽くしていた。
「……おい、ボウズ。こんな細長い丸太に、鉄の輪をいくつも巻いてどうするんだ? 攻城兵器なら、もっと太くて重い方が威力が出るに決まってるだろ」
髭面の親方大工が、ルイの描いた「図面」を鼻で笑った。
中世の常識では、壁を壊すなら「質量こそ正義」だ。
「……いや、重すぎると運ぶのが大変でしょ。学校の……じゃなくて、昔の賢い人が言ってたんだ。大事なのは重さじゃなくて、『当たる瞬間の速さ』と『一点への集中』なんだよ」
ルイは、物理の授業で習った運動エネルギーの公式 E = \frac{1}{2}mv^2 を頭に浮かべていた。
重さ(m)を増やすより、速度(v)を上げたほうが、エネルギーは二乗で増える。
「この先端を円錐形に削って、鉄で補強してください。それで、ここを支点にしてブランコみたいに吊るす。……リズムを合わせて突けば、今の半分の人数で、あの門のヒンジ(蝶番)をピンポイントでブチ抜けるはずだから」
ルイの説明は、専門用語を使わなくても、どこか理系的で説得力があった。
高校生の彼が文化祭の出し物を作る時のように、必死に「効率」を求めている姿に、職人たちは渋々ながらも作業を再開した。
一方、私は――。
「……ジャンヌ、これ。……一応、気休めだけど」
ルイが差し出してきたのは、革製の丈夫な「胸当て」の内側に、薄く削った鉄板を何層も重ねたものだった。
「防弾チョッキ……じゃないけど、積層装甲の理屈だよ。矢が当たっても、一枚目で勢いを殺して、二枚目で止める。……君が怪我したら、この作戦は全部パーだからな」
「……ありがとう、ルイ。あなた、本当に私のことばかりね」
「当たり前だろ。……俺、歴史のテストは苦手だったけど、君が火刑台に送られたことだけは、嫌ってほど覚えてるんだ。……あんな結末、二度と見たくない」
ルイの瞳には、中世の騎士のような忠誠心ではなく、現代の高校生が大切な人を守ろうとする、等身大の、けれど強烈な決意が宿っていた。
深夜、オルレアンの城壁に登った私たちは、川の向こうに浮かぶ「トゥーレル砦」を眺めた。
イギリス軍の篝火が、まるで巨大な怪物の目のように光っている。
「……明日ね、ルイ」
「ああ。……教科書に載ってる通りの勝ち方なんてしない。……俺たちの、俺たちにしかできない『大逆転』を見せてやろうぜ」
夜風が、私の白い軍旗を静かに揺らした。
祈りはもう、悲鳴ではない。
それは、明日の勝利を計算し尽くした、静かな確信へと変わっていた。




