第23話:シノン城の謁見室(オーディション)
シノン城の大広間は、何百もの蝋燭の光と、貴族たちのひそひそ話で満たされていた。
「……あれが、ヴォークルールから来たという例の村娘か?」
「横にいる少年は誰だ? 騎士でもないのに、あの落ち着きよう……」
冷ややかな視線の中心を、私とルイは歩いていた。
史実では、ここで私は変装した王太子シャルルを見破るという「奇跡」を見せる。
けれど、今の私たちが用意してきたのは、そんな神秘性だけではない。
「ジャンヌ、緊張してるか?」
隣を歩くルイが、唇を動かさずに小声で囁いた。
彼の視線は、王太子が座るべき玉座ではなく、部屋の四隅に配置された護衛の配置や、出口の数を確認している。
現代の「セキュリティ・チェック」そのものだ。
「……いいえ。ただ、この空気、懐かしくて吐き気がするわ」
一度目の人生で、私はここで「神の声」を必死に訴えた。
けれど、今の私は腰に自作の剣を帯び、懐にはルイと練り上げた「フランス再建計画書」を忍ばせている。
広場の奥、華美な服を着た貴族たちの群れの中に、一人だけ地味な格好をして紛れている男がいた。
後の国王、シャルル7世。
私は迷うことなく、彼に向かって歩みを進めた。
「――王太子殿下。お会いできて光栄です」
私がその男の前で膝をつくと、周囲から驚きの声が上がった。
「……ほう。なぜ、私が王太子だと分かった?」
シャルルが、疑い深そうな、けれどどこか力ない瞳で私を見下ろした。
彼はまだ、自分に王の資格があるのか確信を持てずにいる。
「神の声が、私に教えてくれました。……そして、私の隣にいる騎士が、あなたの抱える『不安』を解消する知恵を持ってきました」
「騎士だと? この子供がか?」
シャルルがルイを見た。
ルイは一歩前に出ると、跪くことなく、対等な「軍師」としての礼を執った。
「殿下。オルレアンを救うために必要なのは、祈りではありません。……圧倒的な『火力の集中』と、兵站の再構築です」
ルイが取り出したのは、現代の戦術マップを中世風に描き直した、オルレアン包囲戦の打破案だった。
「……なんだ、この図面は。……見たこともない陣形だ」
「殿下、今のフランス軍には、勝利の方程式が欠けています。……このジャンヌ・ダルクという『最強の旗印』に、俺が授ける『未来の戦術』を組み合わせれば、イギリス軍など一週間で撤退させられます」
ルイの言葉には、確信に満ちた熱量があった。
それは、現代のプレゼンテーションにおいて相手を「Yes」と言わせるための、計算された圧力。
「一週間だと……? 狂っている。……だが、その狂気、今の私には魅力的に映るな」
シャルルが、わずかに口角を上げた。
彼は、私たちの背後に漂う「中世の常識を逸脱した何か」を感じ取ったのだろう。
「……面白い。ジャンヌ、そしてその……ルイと言ったか。お前たちの力を、私に見せてみろ」
「――御意。フランスの勝利を、お約束します」
私は、ルイと視線を交わした。
歴史という名の巨大な怪物が、私たちの手によって、全く別の方向へと引きずり回されようとしていた。
シノン城の重苦しい空気が、一瞬にして「戦場」のそれに変わった。




