第21話:シノンへの軍路(ルート)
ヴォークルールの城門を潜り抜けた私たちの前には、どこまでも続くぬかるんだ街道が広がっていた。
ロベール・ド・ボードリクールから下賜されたのは、数頭の馬と、寄せ集めの護衛兵、そして「ジャンヌ・ダルク」という名の、まだ誰も信じていない旗印。
「……ルイ、これでようやくスタートラインね」
私は、貸し与えられた男物の簡素な服に身を包み、馬上で手綱を握り直した。
長い髪は切り落とした。
聖女としてではなく、一人の兵士としてシノンを目指す決意の現れだ。
「ああ。でも、ここからが本当の地獄だ。……シノンまでの道のりは、敵軍と野盗の巣窟。普通に行けば、王太子に会う前に首が飛ぶ」
ルイは馬を私の隣に寄せ、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、現代の「地図学」を駆使して書き込まれた、等高線と補給ポイントが記されている。
「……ルイ、その地図。どこで手に入れたの?」
「昨夜、ロベールの書庫に忍び込んで、古い地図を全部頭に叩き込んだんだ。……それを現代の戦略理論で補正して、一番安全かつ迅速なルートを割り出した」
ルイの瞳には、かつての「ルイ」としての温かさはなく、冷徹な軍師の光が宿っていた。
彼は護衛の兵士たちに向き直り、鋭い声で命じる。
「いいか、俺の指示に従え。街道は通らない。……森を抜け、川を渡り、敵の斥候が絶対に選ばない『最短距離』を突っ切る」
兵士たちは、十三歳の少年の言葉に困惑しながらも、先日の衛兵を瞬殺した実力を思い出し、黙って従った。
「……ルイ。少し急ぎすぎじゃない?」
「……いや。一回目の人生で、君はシノンに着くまで十一日間かかったはずだ。……今回は、それを五日に短縮する」
「五日!? そんなの、不眠不休で走らなきゃ……」
「現代の行軍の知識があれば可能だ。……時間をかければかけるほど、君を殺そうとする政治的リスクが増える。……敵が気づく前に、王太子の前に君を叩きつけるんだ」
ルイは、馬の腹を蹴った。
その背中は、もはや守られるだけの子供のものではない。
「……樹里。俺は二度と、あんな無様な死に方をしない。……君を火刑台に上げるくらいなら、俺がこのフランス全土を敵に回してでも、新しい道を作る」
彼の言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
一度目の人生。
私は神の声だけを信じて、暗闇の中を走っていた。
けれど今は、私の前を走る「最強の盾」がいる。
「……わかったわ。ついていくわよ、ルイ」
私たちは、泥を跳ね上げながら加速した。
中世の常識では不可能な速度。
現代の知略と、死を超越した執念。
シノン城で待つ、まだ見ぬ王太子シャルル。
彼が目にするのは、祈るだけの少女ではない。
「勝つための理論」を携えた、全く新しい聖女の姿だ。
風が、私の頬を冷たく叩く。
けれどその向こう側に、私は確かに「未来」の匂いを感じていた。




