第20話:鋼の交渉術(プレゼンテーション)
ヴォークルールの守備隊長、ロベール・ド・ボードリクールは、目の前の「子供たち」を心底不快そうに睨みつけていた。
「……またか。ドンレミの村娘が、今度は手下を連れてきたというのか?」
石造りの冷たい執務室。
毛皮の外套を羽織ったロベールは、机に足を投げ出し、酒杯を弄んでいる。
一度目の人生で、私は彼に三度拒絶された。
「娘を親元に叩き返し、耳を貸すな」……それが彼の答えだった。
「ロベール様。お久しぶりです」
私はあえて、かつての卑屈な村娘ではなく、一国の使者のような堂々とした態度で一歩前に出た。
「神の声が、私を呼んでいます。フランスを救うために、シノンへ行く許可と、護衛を頂きたい」
「ハッ! またそれか。狂人の世迷言に付き合う暇はない。おい、衛兵! この小娘を引きずり出せ!」
ロベールの怒声に、二人の筋骨逞しい衛兵が歩み寄る。
重い鎖帷子を鳴らし、威圧的に手を伸ばしてきた。
その瞬間だった。
「――動くな。その手を引け」
私の後ろに控えていたルイが、氷のように冷たい声を発した。
「……なんだと、ガキが?」
衛兵が鼻で笑い、ルイの肩を掴もうとした刹那。
ルイの身体が、現代の合気とボクシングの足捌きを混ぜ合わせたような、不可解な軌道で動いた。
ガシャァァン!!
鈍い衝撃音。
次の瞬間、体重八十キロはあるだろう衛兵が、自分の重みで床に叩きつけられていた。
ルイはもう一人の衛兵の腕を、テコの原理を利用した関節技で一瞬にして極めている。
「……っぐああぁ!?」
「……言ったはずだ。動くなと」
ルイの腰には、抜かれぬままの剣がある。
剣を使わず、素手で熟練の兵士を無力化したのだ。
ロベールが椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「貴様ら……ヴォークルールを愚弄するか!」
「愚弄などしていません。これは『実力の証明』です」
ルイが衛兵を放し、静かにロベールの前に進み出た。
彼は懐から、昨日までに書き上げた「羊皮紙の束」を取り出し、机の上に叩きつけた。
「ロベール様。我々が持ってきたのは、神への祈りだけではありません。……これは、イギリス軍の補給路の分析、およびヴォークルールの防衛力を三倍に引き上げるための『現代的要塞化』の提案書です」
「……なんだと?」
ロベールが不審げに羊皮紙を手に取る。
そこには、ルイが現代の工学知識で描いた、精密な断面図と、地形を利用した防衛ラインの計算式が並んでいた。
「盲信を求めているのではありません。……このジャンヌ・ダルクという『旗印』と、俺が持つ『知略』。……これを王太子に届けないことが、フランスにとってどれほどの損失になるか、現実主義者のあなたなら理解できるはずだ」
ルイの瞳は、十三歳の子供のものではない。
何百年も先の未来を見通してきた、冷徹な軍師の目だ。
室内に、重苦しい沈黙が流れる。
ロベールは羊皮紙と、ルイ、そして私を交互に見た。
「……これが、お前たちが書いたというのか?」
「ええ。……ロベール様、私たちは『勝てる』から、ここへ来たのです」
私は確信を持って言い放った。
一度目の人生では、私はただ「信じてほしい」と願った。
けれど今は、「私を使わなければ損をする」と突きつけている。
ロベールは、手元の酒を一気に飲み干すと、忌々しそうに吐き捨てた。
「……狂っている。……だが、その狂気、今のフランスには必要かもしれん」
彼は乱暴にペンを取ると、紹介状の束にその名を記し始めた。
「馬と、装備を整えろ。……ただし、道中で死んでも文句は言うなよ。……地獄への片道切符だ」
「――ありがとうございます。……最高の結果でお返ししますよ」
ルイが不敵に口角を上げた。
第一の関門、突破。
私たちは、歴史という名の巨大な門を、力ずくでこじ開けた。




