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『火刑台の終止符(ピリオド)〜やり直し聖女ジャンヌ・ダルクは、最愛の騎士と歴史を覆す〜』  作者: れおん
第1章:運命の交差点

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第2話:放課後の静寂を切り裂いて

神城かみしろ 樹里じゅりとして生きる毎日は。

かつての戦場が嘘のように、穏やかで、満ち足りていた。

朝、目が覚めると白いシーツの匂いがして。

母さんが作る朝食の香りが、一階から漂ってくる。

学校へ行けば、友人たちが他愛もない流行り病の話ではなく、好きな音楽や、放課後の遊びについて笑い合っている。

「……平和だな、本当に」

教室の窓際、頬杖をつきながら私は小さく呟いた。

「また難しい顔してる。樹里は時々、おばあちゃんみたいな顔するよね」

隣の席でノートを広げていたルイが、クスクスと笑う。

この世界でのルイは、少しお調子者で、けれど誰よりも優しい少年だ。

私の前の人生……フランスの土にまみれたあの時代には、彼のような存在はいなかった。

常に死と隣り合わせで、信じられるのは神の声と、自分の剣だけ。

けれど今は、この少年が隣にいてくれるだけで、私の心は凪いだ海のように静かになれる。

「おばあちゃんじゃないよ。……ただ、この景色が綺麗だなって思っただけ」

「へえ、感傷的だね。じゃあ、その綺麗な景色のまま、今日の放課後はアイスでも食べて帰る?」

「賛成。一番大きいのを食べるから」

「あはは、食いしん坊なのは相変わらずだ」

そんな、なんてことのない会話。

教科書を開き、歴史の授業を聞く。

皮肉なことに、授業では「ジャンヌ・ダルク」の名が出てくることもあった。

『悲劇の聖女』

『救国の乙女』

教科書に載っている私の肖像画は、実物とは似ても似つかないけれど。

そこに記された「処刑」の二文字を見るたびに、胸がキリリと痛む。

けれど、今の私には関係のないことだ。

私はもう、戦わなくていい。

この平和な日本という国で、ルイと一緒に大人になっていく。

それが、神様が私にくれた「ご褒美」なのだと信じていた。

放課後。

夕陽が校舎をオレンジ色に染める頃。

私たちは約束通り、校門を出て駅へと続く道を通っていた。

「あ、近道しようぜ。駅前の大通り、工事中で混んでるし」

ルイが指差したのは、古いビルに挟まれた細い路地裏だった。

いつもなら、私は嫌な予感がして止めていたかもしれない。

かつての戦場での勘が、微かに警鐘を鳴らしていたはずだ。

けれど、十六年間の平和は、私の爪をすっかり丸くしていた。

「そうだね。早く行こう」

私は笑って、ルイの後に続いた。

薄暗い路地裏に入った、その時だった。

「――おい、お前ら。ちょっと止まれよ」

低い、濁った声が響いた。

行く手を塞ぐように立っていたのは、数人の男たち。

派手な服を着て、手には金属の棒や、鈍く光る何かを持っている。

「……っ、ルイ、下がって」

咄嗟に、私の身体が動いた。

女子高生の細い腕。

けれど、その内側で眠っていた「戦士」の鼓動が、ドクンと跳ねた。

「ははっ、女が前に出るのかよ? 勇ましいねえ」

男たちがニヤニヤと笑いながら距離を詰めてくる。

「……何の用だよ。カネなら、そんなに持ってねーぞ」

ルイが私を背中にかばうようにして、一歩前に出た。

その肩が、微かに震えている。

彼は戦士ではない。平和な時代に生きる、普通の高校生なのだ。

「カネじゃねえよ。ちょっとその女を貸せって言ってんだわ」

先頭の男が、懐からナイフを取り出した。

夕陽の届かない路地裏で、その刃が冷たく光る。

「……ふざけんな。樹里には指一本触れさせねえぞ」

ルイの声は震えていたけれど、その視線は真っ直ぐで、刺すように鋭かった。

「ああ? 生意気なんだよ、ガキが!」

男が、ナイフを振りかざして突進してくる。

「ルイ!!」

私の叫びが、狭い路地に反響した。

この時、私はまだ過信していた。

たとえ今の私が非力でも、ルイを連れて逃げることくらいはできると。

けれど、現実は無情だった。

鈍い音がして、ルイの身体が、崩れ落ちる。

「……あ…………?」

ルイが、自分の腹部を押さえて立ち尽くしている。

その指の間から、ドクドクと、鮮やかな赤色が溢れ出してきた。

「……じゅ……り…………」

ルイの瞳から、光が消えていく。

平和だった私の世界が、一瞬にして、あの火刑台と同じ地獄の色に塗りつぶされた。

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