第15話:泥濘(でいねい)の罠
「ヒャッハー! 運のいい夜だぜ、聖女様がお出迎えだ!」
闇を切り裂いて、野盗の頭目らしき男が馬を躍らせた。
その後ろから、獣のような息遣いをさせて二十数人の男たちが広場になだれ込む。
「……止まりなさい。ここは神に守られた地です」
私は、あえて震える声を装い、教会の聖母像の前に立ち塞がった。
演技だ。
現代の心理学で言うところの「囮」としての役割。
「神だと? 祈って腹が膨れるかよ! 後の野郎どもは家を回れ! 女と食いもんを――」
「――今だ、引け!!」
私の背後、教会の影からルイの鋭い号令が飛んだ。
ガシャァァアン!!
広場の入り口と出口。
隠されていた太い麻縄が跳ね上がり、馬の脚を掬い上げる。
「ぎゃあぁっ!?」
「なんだっ、この罠は!?」
転倒する馬。放り出される男たち。
そこは、私たちが数日前から水を撒き続け、わらを敷き詰めて偽装した「底なしの泥濘」だった。
「ジャック! 左右から挟め! 現代の『機動隊』戦術だ、押し潰せ!」
「応よ! 突けぇぇ!!」
闇の中から、月光を反射させて十数本の長槍が突き出された。
村の若者たちが、ルイに教え込まれた「方陣」を組み、一糸乱れぬ動きで泥に足を取られた野盗を包囲する。
「クソっ、ガキどもが……! 殺してやる!」
一人の野盗が、泥にまみれながらも剣を抜いて立ち上がろうとした。
その瞬間。
シュッ、と風を切る音がした。
「……悪いけど、君の相手は俺だ」
闇の中から、影のような速さでルイが躍り出た。
彼の手に握られているのは、私と一緒に作ったあの細身の鉄剣。
キンッ!
野盗の粗末な大剣が、ルイの剣によって弾かれたのではない。
ルイは剣の腹で相手の剣筋を「撫でる」ように受け流し、その勢いを利用して懐へと潜り込んだ。
「……あ…………?」
野盗の男が、呆然と立ち尽くす。
ルイの剣先は、男の喉元数ミリのところで止まっていた。
中世の重い剣術しか知らない者にとって、ルイの「脱力」した現代的な体術は、魔法のように見えただろう。
「動くな。命を捨てたいなら、勝手にしろ」
ルイの声には、十三歳の少年とは思えないほどの冷徹な殺気が宿っていた。
現代で一度死を経験した彼にとって、暴力は「恐怖」ではなく、管理すべき「事象」に過ぎない。
「……ル、ルイ! 殺しちゃダメよ!」
私は駆け寄り、ルイの腕を掴んだ。
ここで彼に「殺人」という一線を越えさせたくなかった。
それは、聖女としての慈悲ではない。
私のエゴ。大好きなルイを、この汚い時代に完全に染めたくないという願い。
「……わかってる。死なせるのはもったいないからな。こいつらには、村の新しい防壁を作るための『労働力』になってもらう」
ルイは剣を引くと、背後の若者たちに合図を送った。
「縛れ! 抵抗する奴は、アキレス腱を突いて動けなくしていい。……殺すなよ、効率が悪くなる」
圧倒的な統制。
圧倒的な知略。
数分前まで略奪を夢見ていた男たちは、今や家畜のように縛り上げられ、地面に転がされていた。
「……ジャンヌ。怪我はないか?」
ルイが、返り血を一滴も浴びていない端正な顔で私を見た。
「ええ。……でも、ルイ。今の戦い方、少し怖かったわ」
「……そうか。でも、これが俺の選んだ『最強』への道だ」
ルイは月を見上げ、静かに微笑んだ。
ドンレミ村に、勝利の歓声は上がらない。
ただ、重苦しい敗北者の呻き声と、淡々と戦後処理を進める若者たちの足音だけが響いていた。
この夜、ドンレミ村は「守られる村」から「戦う拠点」へと、完全に生まれ変わった。




