第12話:囁きの正体
十三歳になった私の耳に、それは届き始めた。
村の教会の鐘が鳴り響く正午。
眩い陽光の中で、頭の芯を震わせるような「声」が響く。
『……聖なる乙女よ……フランスを救え……』
かつての私なら、その場に膝をつき、法悦の涙を流して神に感謝しただろう。
けれど、今の私は違う。
現代の科学、心理学、そして何より「一度目の裏切り」を知っている。
「……また聞こえたの?」
隣で剣の手入れをしていたルイが、私の顔を覗き込んだ。
彼は私が足を止めただけで、今の現象を察する。
「ええ。……でも、不思議ね。以前よりずっと『遠い』感じがするわ」
「脳のバグか、それとも本当に高次元の存在からの干渉か……。現代の知識でも解明できなかった謎だけどな」
ルイは、自作の砥石で剣の刃を滑らせた。
シュッ、シュッ、と規則正しい音が響く。
「でもジャンヌ、君はどうする? その声に従って、シノンへ行くのか?」
「……声に従うんじゃないわ。声を利用するのよ」
私は、自分の小さな掌を握りしめた。
この時代、一介の村娘が軍を動かすには、「神の使い」という肩書きが絶対的に必要だ。
それは便利だが、同時に劇薬でもある。
「私が『聖女』として振る舞えば、民衆は動く。王太子だって無視できない。……でも、その後の処刑台まで決まっている台本は、私が破り捨てる」
「……頼もしいね。じゃあ、俺の役割も決まりだ」
ルイが立ち上がり、鞘に収めた剣を腰に帯びた。
その動きには、この五年間で培った「無駄のなさ」が凝縮されている。
「君が『光』なら、俺は『泥』だ。神の声が聞こえない俺が、君の隣で現実を叩きつける。……綺麗事じゃ救えないフランスを、俺たちが変えるんだ」
私はルイの瞳を見た。
そこには、現代の教室で一緒にアイスを食べようと笑っていた少年の面影は、もうほとんどない。
けれど、私を見つめる眼差しだけは、あの時と同じ温かさを保っていた。
「……ルイ、ありがとう」
「礼には及ばないよ。……さて、村の自警団に『新しい陣形』の訓練をつけに行こうか。そろそろ野盗の噂も聞こえてくる頃だしな」
私たちは、村の広場へと向かった。
そこでは、私たちが密かに「教育」してきた村の若者たちが、長い槍を手に待っていた。
史実では、ドンレミ村は焼き払われる。
けれど、今のこの村には、獲物を待つ狼のような鋭い目が揃っていた。
「……神様。聞こえていますか?」
私は心の中で、空に向かって問いかけた。
「私はもう、あなたの駒じゃない。私は私の愛する者を守るために、この歴史を地獄に変えてでも生き残ってみせるわ」
空は高く、どこまでも青かった。
けれどその青さの向こう側に、私は確かな「戦いの火蓋」が切られる音を聞いた気がした。




