第7話 ライラという獣人は、思ったより距離が近い
-おじさんの薬草屋スローライフ-
ライラが再び店に現れたのは、三日後だった。
傷の具合を確認するためか、と思ったら違った。
手に大きな紙袋を提げていて、にかっと笑いながら暖簾をくぐってきた。
「飯を持ってきた」
「……なぜ」
「世話になったからだ。礼儀だ」
有無を言わさぬ口調だった。
前回もそうだったが、ライラというのは自分の中に明確なルールを持っていて、それに従って動くタイプらしい。
止めても無駄だと悟って、ガルドは黙って受け取った。
袋の中には、焼いた肉と、香草を添えたパン、それから果実が入っていた。
宿屋の食堂で買ってきたらしく、まだ温かかった。
「一緒に食っていいか」
「昼飯はもう済みましたが」
「俺はまだだ」
そういうことか、とガルドは思った。
礼儀という名目だが、要するに一緒に食いたかっただけらしい。
まあいい。
断る理由もない。
「どうぞ」
二人で調合台の前に並んで座った。
ライラは豪快に肉を頬張った。
ガルドは付き合いで果実をかじった。
「傷の具合は」
「もうほとんどわからん。ここ数日で塞がった」とライラは脇腹を叩いた。
「やっぱりあんたの薬草は何かあるな」
「そうですか」
「そうですか、じゃないだろ。普通じゃないぞ、あの回復速度は」
「体質がいいんじゃないですか。獣人は回復が早いと聞きますよ」
「そりゃそうだが、それ差し引いても早すぎる」とライラは肉を飲み込んで、ガルドの顔をじっと見た。
「ガルド、あんた本当に何もわからないのか」
「わかりません」
「嘘をついてる顔じゃないな」
「嘘をついても仕方がないので」
ライラは少し考えるような顔をした。
灰色の耳がゆっくりと動く。
「俺の鼻はかなり正確だぞ。あんたから感じる匂いは、三日前よりずっと濃くなってる。生命力の匂いというか、なんというか——」ライラは言葉を探した。
「植物が一斉に芽吹く時の匂い、とでも言えばいいか。春の朝みたいな」
「春の朝」
「詩的すぎたか」とライラは苦笑した。
「まあ、いい匂いだということだ」
ガルドは自分の手のひらを見た。
春の朝。
植物が芽吹く時の匂い。
才能の芽、と神様は言っていた。
芽、という言葉を使っていた。
まさか文字通り、植物に関係した何かなのだろうか。
「難しい顔をするな」とライラが言った。
「飯が不味くなる」
「すみません」
「謝るな。考えるのは勝手だ」
ライラは果実を一つ取って、ガルドに投げた。
ガルドはなんとかキャッチした。
「食え。考えながら食え」
「……わかりました」
---
それからライラは、三日に一度くらいの頻度で店に来るようになった。
毎回何かしら持ってきた。
食べ物だったり、珍しい薬草だったり、冒険の土産らしき小さな石だったり。
理由は毎回「礼儀だ」だった。
ガルドは最初のうちは遠慮したが、ライラが一切聞かないので諦めた。
「なあガルド」
とある日、ライラが店の隅の椅子に座りながら言った。
最近、その椅子はライラ専用になりつつあった。
「あんた、奥さんがいたんだってな」
「十年前に亡くなりました」
「そうか」とライラは静かに言った。
「辛かっただろ」
「……まあ、そうですね」
「今は一人か」
「一人です」
「寂しくないか」
「慣れます」
ライラはしばらく黙っていた。
珍しく静かな顔をしていた。
「俺も一人だ」とライラは言った。
「冒険者というのは、気づいたら一人になってることが多い。仲間が死んだり、パーティが解散したり」
「今は一人で活動しているんですか」
「ああ。しばらくそうしようと思ってる」ライラは脚を組んだ。
「だからここに来る。静かで落ち着くから」
「薬草屋ですから」
「それだけじゃない」とライラはさらりと言った。
「あんたが落ち着くんだ」
ガルドは返事に困った。
どう答えればいいのかわからなかった。
「そうですか」と言うのが精一杯だった。
ライラはくっと笑った。
「素直に喜べ」
「喜んでいます、一応」
「一応かよ」
---
その日の夕方、常連の猟師のオルドが来た。
六十近い大柄な男で、無口だが人柄はいい。
月に数回、怪我の手当て用の薬草を買いに来る。
「いつもの頼む」
「はい」
調合しながら念じた。
いつも通りだ。
オルドは代金を置きながら、店の隅のライラを一瞥した。
「知り合いか」
「最近よく来てくれています」
「ほう」とオルドは特に興味なさそうに頷いた。
そして小さな声でガルドに言った。
「その娘、あんたのことが気に入ってるな」
「薬草屋が珍しいんじゃないですか」
「そういう目じゃなかったがな」
オルドはそれだけ言って出ていった。
ガルドは首を傾げた。
どういう目だというのか。
冒険者で、若くて、豪快な獣人が、五十二歳の薬草屋おじさんのどこに興味を持つというのか。
気のせいだろう。
「なあガルド」とライラが言った。
「今、なんか失礼なこと考えなかったか」
「なぜわかるんですか」
「耳がいいからな。あんたが鼻で笑う音が聞こえた」
「笑っていません」
「鼻が動いてた」
獣人というのは不便な相手だな、とガルドは思った。
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夜、一人になってから、ガルドは調合台に向かった。
最近、夜の調合が習慣になってきた。
余った薬草を手のひらに乗せて、目を閉じて、念じる。
毎晩やっていると、何かが少しずつ変わってきている気がした。
指先の温かさが、以前より長く続くようになった。
光る時間も、心なしか伸びた気がする。
でも制御できているのかどうかは、相変わらずわからない。
「神様」
天井に向かって呟いた。
「最近、人が増えました。ベアトリスさんという薬師と、ライラという獣人と、エリナさんというエルフと。俺みたいな地味なおじさんの周りに、なんでこんなに人が集まるんですか」
返事はなかった。
「才能の芽のせいですか。それとも単純に俺が物珍しいんですか」
返事はなかった。
「まあ、悪い気はしないんですけどね」
それは本当だった。
前世でも、この世界でも、どちらかといえば一人でいることが多かった。
賑やかなのは苦手だと思っていたが、こういう距離感なら——悪くない。
「神様、一つだけ認めますよ」
ガルドは薬草の青い香りの中で、静かに言った。
「五十二年遅れたのは腹が立つ。でも——今のこの生活は、悪くない」
返事はなかった。
でも今夜だけは、返事がなくてもよかった。
手のひらの薬草が、かすかに緑色に光って、また消えた。
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