第6話 獣人というのは、なかなか遠慮がない
-おじさんの薬草屋スローライフ-
その日の朝、店の前に倒れている人間を発見した。
正確には人間ではなかった。
獣人だった。
狼系の獣人で、灰色の耳と尻尾を持つ女性だ。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
体格はがっしりしていて、いかにも冒険者らしい軽鎧を着ている。
腰には大きな剣。
身体のあちこちに傷があって、特に脇腹の部分が赤く滲んでいた。
ガルドは朝の薬草棚の確認を中断して、しゃがみ込んだ。
脈はある。
呼吸もある。
気絶しているだけで、死んではいない。
脇腹の傷は深くはなさそうだが、出血が続いている。
夜通し歩いてきて、ここで力尽きた、という感じだ。
「困ったな」
独り言を言いながら、ガルドは傷の具合を確かめた。
放っておくわけにはいかない。
かといって、五十二歳の腰で成人女性を運ぶのはなかなかに辛い。
「神様、こういう時に便利なスキルを一つくださいませんか。重量軽減とか」
返事はなかった。
「そうですか」
ガルドは腹を括って、なんとかして女性を店の奥の部屋まで運んだ。
三回休憩した。
腰が悲鳴を上げた。
膝も文句を言った。
身体のあちこちから抗議の声が上がる中、どうにか寝かせて、傷の手当てを始めた。
傷口を洗って、薬草を当てながら念じた。
塞がってくれ、炎症が引いてくれ、と。
包帯を巻いて、煎じ薬を作って、目が覚めた時に飲めるように枕元に置いた。
それだけやってから、ガルドは店に戻った。
今日も普通に仕事だ。
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女性が目を覚ましたのは昼過ぎだった。
ガルドが調合台で薬草を刻んでいると、奥の部屋からどたどたと足音がして、勢いよく扉が開いた。
「っ——ここはどこだ!」
灰色の耳をぴんと立てて、女性が飛び起きた。
右手が反射的に腰の剣に伸びる。
「薬草屋です。店の前で倒れていたので運びました」
女性はきょろきょろと周囲を見回した。戦闘態勢のまま、少しずつ状況を把握していく。
派手な傷跡がいくつもある顔に、徐々に困惑の色が広がっていった。
「……運んだのか。あんたが」
「他に誰もいないので」
「一人で?」
「三回休憩しました」
女性は剣から手を離した。
それから脇腹を確かめて、綺麗に巻かれた包帯を見て、また顔を上げた。
「……手当てもしてくれたのか」
「薬草屋なので」
女性はしばらくガルドを見つめた。
値踏みするような目ではなく、どう反応すればいいか測っているような目だ。
それから、ふんと鼻を鳴らした。
「ライラだ。冒険者をやってる」
「ガルドです。薬草屋をやっています」
「見ればわかる」
愛想のない返し方だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
獣人というのはこういうものなのかもしれない。
「枕元に薬があります。飲んでください」
「これは」
「煎じ薬です。傷の回復を助けます。苦いですが」
ライラは一気に飲み干した。顔をしかめた。
「苦い」
「言いました」
「言ったな」
ライラは包帯の上から脇腹をそっと触れた。
「なんか、もう痛みがほとんどないんだが。昨日まであんなに——」
「薬草が効いたんでしょう」
「薬草ってこんなに効くものか?」
「さあ」
ガルドは調合台に向き直った。
正直に言えば自分でもよくわかっていない。
効いてくれと念じている。
念じると何かが起きているような気がする。
でもそれが何なのかは相変わらずわからないままだ。
---
ライラはその日の夕方まで店にいた。
帰れないわけではなさそうだったが、なんとなく居座っていた。
邪魔というほどでもなく、かといって特に何かするわけでもなく、店の隅の椅子に座って、ガルドが仕事をするのをぼんやり眺めていた。
「なあ、ガルド」
「はい」
「あんた、いくつだ」
「五十二です」
「渋いな」
「そうですか」
「いや、褒めてる」とライラは言った。
「うちの父親と同い年くらいだ」
「そうですか」
客の相手をしながら、ガルドは相槌を打ち続けた。
ライラは割と話す方らしく、冒険者になった経緯とか、昨日の魔物との戦いとか、仲間とはぐれた話とか、次々と話した。
ガルドは調合の手を止めずに聞いていた。
話を聞くのは嫌いじゃない。
前世でも、会社の飲み会では聞き役に徹することが多かった。
「ガルドは冒険者やったことあるか」
「ないです」
「なんで薬草屋に」
「親がそうだったので」
「へえ」とライラは脚を組んだ。
「勿体ないな。その腕前なら、冒険者パーティに引っ張りだこだと思うが」
「五十二歳の薬草屋を引っ張りだこにするパーティはないと思います」
「それもそうか」とライラは笑った。
豪快な笑い方だ。
「でも、あんたみたいな人が後衛にいたら心強いぞ。絶対」
「過大評価です」
「そうか?」
ライラは少し首を傾げた。
灰色の耳がぴくぴく動く。
「俺、獣人だから鼻が利くんだが、あんたから妙な匂いがするんだよな」
「匂い」
「いい匂いだ。薬草の匂いとは少し違う。なんというか——生命力みたいな匂い」
ガルドは手を止めた。
「生命力」
「うまく言えないけどな。なんか、そこにいるだけで身体が元気になる気がする」とライラはけろりと言った。
「あんた、絶対何かあるだろ」
「ただの薬草屋です」
「そうは思えないけどな」
ライラはそれ以上追及しなかった。
獣人というのは、察しても詮索しない気質なのかもしれない。
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夕暮れ時、ライラはようやく立ち上がった。
「世話になった。代金は」
「傷の手当ては代金はいりません。薬は——」
「受け取れ」とライラは有無を言わさぬ口調で代金を置いた。
「俺はそういうのが嫌いだ。世話になったらちゃんと返す」
「わかりました」
ライラは扉に向かいながら、振り返った。
「また来ていいか」
「薬草を買いに来るなら、いつでも」
「薬草だけじゃなくてもいいか」
「……お茶くらいは出せます」
ライラはにやりと笑った。
犬歯が見えた。
「ガルド、あんた面白いな。気に入った」
「ありがとうございます」
「おじさんだけど、嫌いじゃないぞ」
「そうですか」
「いや、褒めてるんだが」
ライラは笑いながら出ていった。
灰色の尻尾が暖簾を揺らして消えた。
ガルドは一人になった店の中で、しばらく扉を見ていた。
賑やかな人だった。
疲れた。
でも——嫌いじゃなかった。
「神様」
天井に向かって呟いた。
「今日は倒れている人を拾いました。腰が痛いです。重量軽減スキルの件、改めてお願いします」
返事はなかった。
「やっぱりないんですね」
薬草の青い香りだけが、静かに漂っていた。
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