表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

第6話 獣人というのは、なかなか遠慮がない

-おじさんの薬草屋スローライフ-

 その日の朝、店の前に倒れている人間を発見した。

 正確には人間ではなかった。


 獣人だった。

 狼系の獣人で、灰色の耳と尻尾を持つ女性だ。

 年齢は二十代前半くらいだろうか。

 体格はがっしりしていて、いかにも冒険者らしい軽鎧を着ている。

 腰には大きな剣。


 身体のあちこちに傷があって、特に脇腹の部分が赤く滲んでいた。

 ガルドは朝の薬草棚の確認を中断して、しゃがみ込んだ。

 脈はある。

 呼吸もある。


 気絶しているだけで、死んではいない。

 脇腹の傷は深くはなさそうだが、出血が続いている。

 夜通し歩いてきて、ここで力尽きた、という感じだ。


「困ったな」


 独り言を言いながら、ガルドは傷の具合を確かめた。

 放っておくわけにはいかない。

 かといって、五十二歳の腰で成人女性を運ぶのはなかなかに辛い。


「神様、こういう時に便利なスキルを一つくださいませんか。重量軽減とか」


 返事はなかった。


「そうですか」


 ガルドは腹を括って、なんとかして女性を店の奥の部屋まで運んだ。

 三回休憩した。


 腰が悲鳴を上げた。

 膝も文句を言った。

 身体のあちこちから抗議の声が上がる中、どうにか寝かせて、傷の手当てを始めた。

 傷口を洗って、薬草を当てながら念じた。


 塞がってくれ、炎症が引いてくれ、と。

 包帯を巻いて、煎じ薬を作って、目が覚めた時に飲めるように枕元に置いた。

 それだけやってから、ガルドは店に戻った。


 今日も普通に仕事だ。


 ---


 女性が目を覚ましたのは昼過ぎだった。

 ガルドが調合台で薬草を刻んでいると、奥の部屋からどたどたと足音がして、勢いよく扉が開いた。


「っ——ここはどこだ!」


 灰色の耳をぴんと立てて、女性が飛び起きた。

 右手が反射的に腰の剣に伸びる。


「薬草屋です。店の前で倒れていたので運びました」


 女性はきょろきょろと周囲を見回した。戦闘態勢のまま、少しずつ状況を把握していく。

 派手な傷跡がいくつもある顔に、徐々に困惑の色が広がっていった。


「……運んだのか。あんたが」

「他に誰もいないので」

「一人で?」

「三回休憩しました」


 女性は剣から手を離した。

 それから脇腹を確かめて、綺麗に巻かれた包帯を見て、また顔を上げた。


「……手当てもしてくれたのか」

「薬草屋なので」


 女性はしばらくガルドを見つめた。

 値踏みするような目ではなく、どう反応すればいいか測っているような目だ。

 それから、ふんと鼻を鳴らした。


「ライラだ。冒険者をやってる」

「ガルドです。薬草屋をやっています」

「見ればわかる」


 愛想のない返し方だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 獣人というのはこういうものなのかもしれない。


「枕元に薬があります。飲んでください」

「これは」

「煎じ薬です。傷の回復を助けます。苦いですが」


 ライラは一気に飲み干した。顔をしかめた。

「苦い」

「言いました」

「言ったな」


 ライラは包帯の上から脇腹をそっと触れた。


「なんか、もう痛みがほとんどないんだが。昨日まであんなに——」

「薬草が効いたんでしょう」

「薬草ってこんなに効くものか?」

「さあ」


 ガルドは調合台に向き直った。

 正直に言えば自分でもよくわかっていない。

 効いてくれと念じている。

 念じると何かが起きているような気がする。


 でもそれが何なのかは相変わらずわからないままだ。


 ---


 ライラはその日の夕方まで店にいた。

 帰れないわけではなさそうだったが、なんとなく居座っていた。

 邪魔というほどでもなく、かといって特に何かするわけでもなく、店の隅の椅子に座って、ガルドが仕事をするのをぼんやり眺めていた。


「なあ、ガルド」

「はい」

「あんた、いくつだ」

「五十二です」


「渋いな」

「そうですか」


「いや、褒めてる」とライラは言った。

「うちの父親と同い年くらいだ」


「そうですか」


 客の相手をしながら、ガルドは相槌を打ち続けた。

 ライラは割と話す方らしく、冒険者になった経緯とか、昨日の魔物との戦いとか、仲間とはぐれた話とか、次々と話した。


 ガルドは調合の手を止めずに聞いていた。

 話を聞くのは嫌いじゃない。


 前世でも、会社の飲み会では聞き役に徹することが多かった。


「ガルドは冒険者やったことあるか」

「ないです」

「なんで薬草屋に」

「親がそうだったので」


「へえ」とライラは脚を組んだ。

「勿体ないな。その腕前なら、冒険者パーティに引っ張りだこだと思うが」


「五十二歳の薬草屋を引っ張りだこにするパーティはないと思います」


「それもそうか」とライラは笑った。


 豪快な笑い方だ。


「でも、あんたみたいな人が後衛にいたら心強いぞ。絶対」


「過大評価です」

「そうか?」


 ライラは少し首を傾げた。

 灰色の耳がぴくぴく動く。


「俺、獣人だから鼻が利くんだが、あんたから妙な匂いがするんだよな」


「匂い」


「いい匂いだ。薬草の匂いとは少し違う。なんというか——生命力みたいな匂い」


 ガルドは手を止めた。

「生命力」


「うまく言えないけどな。なんか、そこにいるだけで身体が元気になる気がする」とライラはけろりと言った。

「あんた、絶対何かあるだろ」


「ただの薬草屋です」

「そうは思えないけどな」


 ライラはそれ以上追及しなかった。

 獣人というのは、察しても詮索しない気質なのかもしれない。


 ---


 夕暮れ時、ライラはようやく立ち上がった。


「世話になった。代金は」

「傷の手当ては代金はいりません。薬は——」


「受け取れ」とライラは有無を言わさぬ口調で代金を置いた。

「俺はそういうのが嫌いだ。世話になったらちゃんと返す」


「わかりました」


 ライラは扉に向かいながら、振り返った。


「また来ていいか」

「薬草を買いに来るなら、いつでも」

「薬草だけじゃなくてもいいか」

「……お茶くらいは出せます」


 ライラはにやりと笑った。

 犬歯が見えた。


「ガルド、あんた面白いな。気に入った」

「ありがとうございます」

「おじさんだけど、嫌いじゃないぞ」

「そうですか」

「いや、褒めてるんだが」


 ライラは笑いながら出ていった。

 灰色の尻尾が暖簾を揺らして消えた。

 ガルドは一人になった店の中で、しばらく扉を見ていた。

 賑やかな人だった。


 疲れた。

 でも——嫌いじゃなかった。


「神様」


 天井に向かって呟いた。


「今日は倒れている人を拾いました。腰が痛いです。重量軽減スキルの件、改めてお願いします」


 返事はなかった。


「やっぱりないんですね」


 薬草の青い香りだけが、静かに漂っていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!

続きが気になった方は、ぜひ「ブックマーク登録」をお願いします!

皆様の評価や感想が、次のエピソードを届ける原動力です。


カクヨムでも連載中のものになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ