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第5話 冒険者ギルドというのは、なかなか騒がしい場所らしい

-おじさんの薬草屋スローライフ-

 冒険者ギルドに呼ばれたのは、その翌週のことだった。


 呼ばれた、というより、来てくれませんかという手紙が届いた。

 差出人は王都冒険者ギルド受付、エリナ・シルヴァという名前だった。

 内容は簡潔で、ギルド登録薬草屋の更新手続きと、最近の薬草の品質について確認したいことがある、というものだった。


「品質の確認」


 ガルドは手紙を読み返した。

 登録の更新は毎年やっている。

 それは普通だ。

 でも品質の確認などという項目は、今まで一度もなかった。


 やはりギルドの掲示板に書かれた噂が、どこかに届いてしまったらしい。

 面倒なことになってきた、とガルドは思った。

 目立ちたくない。

 騒がれたくない。


 いつも通りに薬草を売って、いつも通りに生きていきたい。

 それだけなのに、どうしてこうなるのか。


「神様」


 手紙を折りながら、呟いた。


「これも何か関係ありますか」


 返事はなかった。


「そうですか。無関係ですか。でもどう考えても遠因はあなたですよね」


 返事はなかった。

 ガルドは手紙を懐にしまって、仕方なく翌日の午後に冒険者ギルドへ向かうことにした。


 ---


 冒険者ギルドは王都の中心部に構える、石造りの大きな建物だ。

 ガルドも登録薬草屋として年に数回は顔を出すが、いつも事務的な手続きだけ済ませてさっさと帰る。


 賑やかな場所は得意ではない。

 扉を開けた瞬間、どっと喧騒が押し寄せてきた。

 広いホールに、冒険者たちが屯している。

 鎧を着た大男、ローブ姿の魔法使い、軽装の斥候らしき人物。


 テーブルを囲んで酒を飲んでいる者、依頼書を眺めている者、言い合いをしている者。

 年齢も種族も様々で、全員が一様に騒がしかった。

 ガルドは入り口付近で少し立ち止まった。


 前世の記憶が囁く。

 ああ、これが冒険者ギルドか、と。

 散々小説で読んだ場所だ。

 実際に来たのは何十回もあるはずなのに、転生の記憶が戻ってから初めて来ると、妙に新鮮に見えた。


「いらっしゃいませ」


 受付カウンターに向かうと、澄んだ声がした。

 顔を上げると、エルフの女性がいた。

 長い銀髪を緩やかに束ねて、薄い緑色の瞳が柔らかく細められている。


 尖った耳が髪の間からのぞいていた。

 年齢はわからない。

 エルフというのは見た目で年齢を判断できない種族だ。

 二十代のようにも、百歳を超えているようにも見える。


「ガルドさんですね。お手紙を差し上げたエリナです。お時間をとっていただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」


 エリナは微笑んだ。

 人を安心させる種類の笑顔だ、とガルドは思った。

 受付嬢というのはそういう笑顔を持つものらしい。


「更新手続きの書類はこちらです。ご確認をお願いします」


 書類を受け取って、ざっと目を通した。

 いつも通りの内容だ。

 名前、住所、扱う薬草の種類、価格帯。

 ガルドは黙々とサインをした。


「それと」とエリナが続けた。

「最近の薬草の品質についてなのですが」


「何か問題がありましたか」


「問題というわけではないんです」エリナは少し声のトーンを落とした。

「むしろ逆で。最近、ガルドさんの薬草を使った冒険者から、効果が上がったという報告が複数来ていまして」


「複数」

「はい。特に、傷薬と回復薬の報告が多くて。本来の効果より明らかに早く、明らかによく効くと」


 エリナは手元の書類に目を落とした。


「ギルドとしては品質の変化を記録する義務がありますので、確認させていただきたかったんです。何か調合を変えましたか」

「何も変えていません」


「材料の仕入れ先は」

「変えていません」


 エリナはペンを走らせながら、ちらりとガルドを見た。


「正直に言っていただいているんですよね」


「嘘をついても意味がないので」


「そうですよね」エリナはペンを置いた。

「実はですね、ガルドさん。私、少し気になって冒険者の方々に詳しく聞いてみたんです。そうしたら何人かが同じことを言っていて」


「同じこと、というのは」


「薬草を受け取った時に、なんか温かかった、と」


 ガルドは黙った。


「手渡しで受け取った人が特にそう言っていました。温かくて、なんとなく元気が出た、と。不思議ですよね」エリナは柔らかく首を傾げた。

「ガルドさん、何か心当たりはありますか」


「……ありません」


 正確には、あるような、ないような、よくわからない、というのが正直なところだった。

 でもそれを受付嬢に説明できるほど、自分自身が理解していなかった。

 エリナはしばらくガルドの顔を見て、それから静かに微笑んだ。


「わかりました。記録はしておきますね」


 手続きはそれで終わりだった。

 ガルドが立ち上がりかけると、エリナが少し顔を赤らめながら言った。


「あの、ガルドさん。個人的なことなんですが」


「はい」


「今度、薬草を直接買いに伺ってもいいですか。受付の仕事をしていると、冒険者の方の怪我を見ることも多くて、常備薬として持っておきたいなと思って」


「もちろんです。いつでもどうぞ」


「よかった」とエリナは微笑んだ。それからもう少し小さな声で付け加えた。

「それだけじゃなくて、ガルドさんと少しお話がしたかったというのもあるんですけど」


「俺と?」


「ええ。なんというか——落ち着く雰囲気があって」


 ガルドは少し面食らった。

 何のことかよくわからなかったが、とりあえず愛想よく頷いた。


「いつでも来てください。お茶くらいは出せます」


 エリナは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔の意味を、ガルドはまったく深読みしなかった。


 受付嬢というのは、みんなこういう感じの愛想のいい笑顔をするものだろう、くらいにしか思わなかった。


 ---


 帰り道、ガルドはギルドのホールを横切りながら、ふと足を止めた。

 ホールの隅のテーブルで、一人の冒険者が俯いていた。


 若い男だ。

 二十代前半だろうか。


 鎧は所々が傷ついていて、右肩を庇うような姿勢で座っている。

 顔色が悪い。テーブルの上には手つかずの飲み物があった。


 ガルドは少し迷った。

 余計なことをするな、と頭の中の声が言った。


 でも足が勝手に動いた。

 五十二年間、人の痛みを見れば放っておけない性分は、前世の記憶が戻っても変わらなかった。


「少しいいですか」


 男は顔を上げた。目が充血している。


「何か」


「右肩、怪我をしていますか」


 男は少し警戒した顔をした。


「……魔物にやられました。治療は受けたんですが、どうも痛みが引かなくて」


「見せてもらえますか。薬草屋なので」


 男はしばらく迷ってから、鎧の肩当てを外した。

 包帯の端が少し滲んでいた。


 ガルドは鞄から薬草を取り出した。

 外出時には常に持ち歩いている。


 傷に当てながら、念じた。

 痛みが引いてくれ、炎症が収まってくれ、と。


「これを今夜、傷口に当てて眠ってください。明日には楽になるはずです」


「いくらですか」


「いりません。通りすがりです」


 男は呆気にとられた顔をした。

 ガルドはそのまま立ち上がって、ギルドを出た。


 冬の夕暮れの風が、王都の石畳を渡っていく。


「神様」


 歩きながら、空に向かって呟いた。


「今日も一日、よくわからないまま終わりましたよ」


 返事はなかった。


「相変わらず、窓口はないんですね」


 返事はなかった。

 ガルドは白髪交じりの頭を少し傾けて、夕暮れの空を見上げた。


 薬草の青い香りが、冷たい風に混じって流れていった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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