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第11話 ルーカスが仲間を連れてきた。また厄介なことになりそうだった

-おじさんの薬草屋スローライフ-

 ルーカスが次に店に来たのは、それから五日後だった。

 今回も一人ではなかった。

 後ろに二人連れていた。

 一人は人間の男で、二十代後半くらい。


 赤みがかった短い髪に、冒険者らしい軽鎧を着ている。

 もう一人は——小柄な女性だった。


 猫系の獣人だ。

 茶色い耳と、腰のあたりでゆるゆると揺れる尻尾。

 年齢は二十代前半だろうか。


 軽装で、腰に短剣を二本差している。

 斥候か盗賊系の冒険者だろうと見当がついた。

 目がくりくりとしていて、人懐っこそうな顔をしている。

 が、今は少し警戒した顔で店の中を見回していた。


「ガルドさん、来ました」とルーカスが言った。


 前回より声に張りがある。

 顔色もずいぶんよくなっていた。


「どうぞ」

「仲間を連れてきていいですか、と先に聞くべきでしたね。すみません」

「構いませんよ」


「こっちはカイン」と赤髪の男を示した。

「同じパーティで、剣士をやってます」

「カインです。ルーカスがお世話になって」とカインは頭を下げた。


 礼儀正しい男だ。


「こっちはミナ」と小柄な猫耳の女性を示した。

「……ミナです」とミナは短く言った。


 警戒は解けていないようだ。

 猫系の獣人というのは、初対面では慎重なのかもしれない。

 三人を奥の椅子に座らせて、ガルドはお湯を沸かした。

 最近、来客が多いので、お湯を沸かす頻度が増えた。


 薬草屋なのか茶屋なのかわからなくなってきている。


「ルーカスの様子はどうですか」とガルドはカインに聞いた。


「随分よくなりました」とカインは言った。

「先週まで依頼にも出られなかったのに、昨日から軽い依頼なら動けるようになって」


「それはよかった」


「ガルドさんの薬草のおかげだと、ルーカスが言い張るんで、俺も一度来てみたくて」とカインは少し照れくさそうに言った。

「実は俺も、少し相談したいことがあって」


「どうぞ」


「最近、右手が痺れることがあるんです。剣を持つのに支障はないんですが、朝起きた時とか、長時間握り続けた後とか」


 剣士が右手の痺れ、か。

 ガルドはカインの右手を診た。


 握力は問題なさそうだ。

 指先の感覚も悪くない。


 でも手首のあたりに、わずかな緊張がある。


「剣をどのくらい握っていますか、一日に」


「訓練と依頼を合わせると、六時間以上は」


「手首の使いすぎですね」とガルドは言った。


「腱に負担がかかっています。今は痺れ程度ですが、放っておくと握力が落ちてきます」


 カインは顔色を変えた。剣士にとって握力は命だ。


「治りますか」


「休めれば一番ですが、冒険者にそれは難しいでしょう。こまめにほぐして、薬草を湿布代わりに当てれば、進行は抑えられます」とガルドは調合台に向かいながら言った。


「あと、剣の握り方を少し変えた方がいいかもしれない。小指と薬指で支えるようにすると、手首への負担が減ります」


「剣の握り方まで」とカインは目を丸くした。


「薬草屋なのに」


「五十二年生きていれば、色々な人の相談を聞きます」


 念じながら調合した。

 よく効いてくれ、痺れが和らいでくれ、と。


 ---


 ミナは、最初の間ずっと黙っていた。

 お茶を出しても、ありがとうございます、とだけ言って、あとは椅子の上で膝を抱えるようにして座っていた。


 猫の耳がぺたんと下がっている。

 ガルドはカインの薬草を調合しながら、ちらちらとミナの様子を見ていた。


 身体的に悪いところがあるようには見えない。

 顔色は普通だ。


 でも——何かを抱えている顔だ。

 ルーカスが最初に来た時と、少し似た雰囲気がある。


 無理に聞くことはしなかった。

 聞いてほしければ、向こうから話す。


 話したくなければ、それでいい。

 お茶を飲んで、少し落ち着いてくれれば十分だ。


 カインに薬草を渡して、使い方を説明した。

 カインは真剣に聞いて、何度も頷いた。


「ありがとうございます。代金は」

「銅貨五枚です」

「安い」

「原価ですから」


 カインは苦笑しながら代金を置いた。

 ルーカスが横で「そういう人なんだ」と小声で言った。


 しばらくして、ミナが口を開いた。


「あの」


 小さな声だった。

 三人がミナを見た。

 ミナは少し身を縮めた。

 猫の耳が更にぺたんとなった。


「なんか、相談してもいいですか」

「どうぞ」とガルドは言った。


「身体じゃなくて、その——」ミナは言葉を探した。

「うまく眠れなくて」


 ルーカスがガルドを見た。


「いつからですか」とガルドは聞いた。


「二ヶ月くらい。依頼で、その——ちょっと怖い目に遭って。それから夜になると、なんか怖くて」


「夢を見ますか」


「見ます。その時の夢」


「眠れない時間はどのくらい」


「朝方になってやっと少し眠れる感じで。昼間は眠いけど、夜になると目が冴えて」


 ガルドは頷いた。

 身体が危険を記憶しているのだ。


 夜になると警戒態勢になって、眠ることを拒否する。

 前世の知識で言えば——そういう状態だ。


 治癒魔法で治るものでもなく、根性で解決するものでもない。


「怖い目というのは」と聞こうとしたら、ミナが首を振った。


「話したくない」


「わかりました。話さなくて大丈夫です」


 ミナは少し驚いた顔をした。

 詳しく聞かれると思っていたのかもしれない。


「薬草で、眠りやすくする手助けはできます」とガルドは言った。


「怖かったこと自体は消えません。でも身体が少し楽になれば、気持ちの方も少し楽になります」


「……本当に消えないんですか、怖かったこと」


「消えません」とガルドは正直に言った。


「でも、薄くなります。時間と、眠れる夜が積み重なれば」


 ミナはしばらく黙っていた。

 猫の耳が、ぴくぴくと動いた。


「薄くなるなら、いいです」と小さく言った。


「消えなくても、薄くなるなら」


 ---


 調合しながら、念じた。

 今日のミナへの念じ方は、ルーカスの時とも、カインの時とも、少し違った。


 怖くなくなれ、とは念じなかった。

 ただ——眠れますように、と念じた。


 朝が来た時に、少しだけ楽でありますように、と。

 指先が温かくなった。


 いつもより、少し長く続いた。

 薬草の包みを渡す時、ミナは受け取りながら目を瞬いた。


「温かい」


「そうですか」


「なんか——ふわってする」


「薬草の香りじゃないですか」


 ミナはしばらく包みを両手で持ったまま、じっとしていた。

 猫の耳が、ぺたんとしていたのが、少しだけ起き上がってきた。


「ガルドさん」


「はい」


「また来てもいいですか」


「薬草が必要な時は——」


「それだけじゃなくても」


 ガルドは少し間を置いてから言った。


「お茶くらいは出せます」


 ミナは初めて、小さく笑った。


 ---


 三人が帰り際、カインが振り返って言った。


「ガルドさん、聞いてもいいですか」


「はい」


「なんで、こんな安い値段で、こんなに丁寧にやるんですか。うちのパーティだけで、もう何回お世話になったか」


 ガルドは少し考えた。

 なんで、と聞かれると、うまく答えられない。


 前世でも、この世界でも、目の前に困っている人間がいれば放っておけなかった。

 それだけだ。


 特に理由があるわけではない。


「昔からそういう性分なので」


「損しませんか」


「さあ」


「損してると思います」とカインは笑った。


「でも——助かってます。俺たちは」


 三人が出ていった。

 ガルドは一人になった店の中で、静かに調合台を片付けた。


「神様」


 天井に向かって呟いた。


「今日は三人来ました。最近、人が増えすぎていませんか」


 返事はなかった。


「俺はただの薬草屋なんですが」


 返事はなかった。


「まあ」


 ガルドは窓の外を見た。夕暮れの王都に、夕飯の匂いが漂い始めていた。


「悪くないですけどね」


 薬草の青い香りが、静かに夜を迎えた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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