第7話:西園寺、孤独な挑戦と隠された“グリット”
その日、校舎裏のランニングコースを走る足音が、夕暮れの空気を震わせていた。
――ドン、ドン、ドン。
息が荒くなっても、速度は落とさない。
汗で濡れた髪をかき上げながら、西園寺はただ前だけを見て走り続けていた。
柊と澪が共鳴の精度を上げている頃、
西園寺はひとり、自分の限界を叩き割るようにトレーニングを積んでいた。
「……足りねえ……まだ足りねえ……!」
歯を食いしばり、拳を握り、足を踏み込む。
その動きには、焦燥と悔しさがにじみ出ていた。
走り終えた西園寺は、フェンスにもたれかかり膝をついた。
「はぁ……くそ……」
胸の奥でずっと疼いている感情。
まるで噛みつくように、自分を責め続ける声が鳴り響いていた。
――“お前は中途半端だ”
――“どうせまた辞めるんだろ”
昔、コーチに言われた言葉。
仲間にさえ突きつけられた冷たい視線。
その度に、西園寺は諦めてしまっていた。
運動も、勉強も、夢も。
「続かないやつ」という烙印は、いつも背中に貼りついていた。
だから――
「今度こそ、変わんなきゃ……」
地面に落ちた汗が、夕陽に反射して光る。
そこへ、足音が近づいた。
「……西園寺?」
振り向くと、柊が水の入ったボトルを手に立っていた。
「また無茶してるのか?」
「別に無茶じゃねえよ。ただ鍛えてんだ」
西園寺はぶっきらぼうに答え、水を受け取ることもしない。
「お前ら……最近すげえじゃん」
「すげえって……何がだよ」
「決まってんだろ。共鳴の精度も上がって……強くなってる」
悔しさが滲む声。
その裏に、誰よりも自分を叱っている音が柊には聞こえた。
「俺だけ……何にもできねえ。
“グリット”なんて言われても……根性なんか信じられるかよ。
今まで全部、続けられなかったのに」
いつもの強気な顔は消え、代わりに本音があらわになった。
柊は静かに隣に座る。
「続けられなかったからって、これからも続かないとは限らない」
「慰めなんか――」
「慰めじゃない。西園寺、お前……今日だけでどれだけ走ったんだ?」
西園寺は黙って拳を握りしめた。
「ずっと悔しくて……止まれなかったんだよ」
「それが“グリット”だよ」
西園寺は目を見開く。
「才能じゃない。持って生まれた何かでもない。
折れても、何度も立ち上がる力……
それが、お前の力だ」
夕陽に照らされた西園寺の横顔が、少し震えた。
「柊……お前、そんな優しいやつだったか?」
「優しいんじゃない。お前の本気がわかるだけだ」
風が吹き、校舎裏の静寂がふたりを包み込む。
西園寺はゆっくり立ち上がり、拳を握った。
「……まだ走る」
「無理すんなよ」
「無理しねえよ。これが“俺のやり方”なんだ」
その目に宿る光は、いつもの虚勢じゃない。
折れても折れても、前を向く“本物の根性”だった。
そして――その瞬間、西園寺の内側で何かが微かに軋んだ。
心の奥で、封じていた痛みが揺れ、
それでも歩みを止めない意志が、ひとつの力へと形を変えようとしていた。
「柊……澪にも言っとけよ」
「何を?」
「俺も……ちゃんと戦うって」
西園寺の呼吸は荒いままだったが、
その背中は今までで一番、強く見えた。




