第3話:心の傷に触れた手
昼休みの屋上は、柔らかな風が吹いていた。
柊はフェンスにもたれかかり、澪との“共鳴”で感じたざわめきをまだ胸に抱えていた。
昨日、そして今朝。
あの瞬間の鼓動は、まだ内側で響き続けている。
「柊くん、ここにいたんだ」
澪の声が、風に溶けるように届く。
彼女はお弁当箱を持ったまま、控えめに笑った。
「隣、いい?」
「もちろん」
澪が腰を下ろすと、屋上の空気がわずかに変わった。
まるで、ふたりの周囲だけが静かな“共鳴空間”になったかのように。
「柊くんのこと、もっと知りたいんだ」
「……俺も、澪のこともっと知りたいよ」
言葉を交わすだけで胸が熱くなる。
共鳴の影響なのか、それとも――もっと別の感情なのか。
「でも……私はね、ときどき怖くなるの」
「怖く?」
「うん。誰かの心を聴きすぎて、どれが“自分”なのかわからなくなる瞬間があるの」
澪の瞳が揺れた。
本当は誰にも言ってこなかった痛みなのだろう。
「澪……」
「だから、触れられるのが怖いの。私の心に、深く入り込まれるのが。傷だらけだから」
その告白に、柊の胸が強く締め付けられる。
共鳴した時に感じた孤独は、きっとその一部でしかなかったのだ。
柊は静かに手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で、澪の手の上に自分の影を落とす。
「澪の心に触れたい。逃げたりしない。傷だらけでも……その全部を見たい」
「どうして……そんなふうに言えるの?」
「俺も同じだからだよ。俺の心も、ひびだらけだ」
ふたりの目が合う。
その瞬間――
キィィン……と、透明な音が響き、共鳴が自動的に起動した。
「っ……また……!」
「澪、手を離すな!」
柊が手を握った瞬間、澪の心の景色が流れ込んできた。
暗い部屋。
誰もいない食卓。
幼いころの澪が、ひとりで自分の声をかき消すように耳をふさいでいる。
――孤独が、世界の全部だった。
その映像に、柊の胸が強く痛んだ。
「……澪。こんな思いしてたなんて」
「見ないで……こんなの、見られたくないよ……!」
澪の声が震える。
涙がこぼれそうになっても、彼女は必死に隠そうとしていた。
「違う。隠さなくていい。俺に……見せていいんだよ」
柊の声は自然と強くなった。
逃げない、拒まない。
それが今の彼の答えだった。
共鳴が一気に深まり、景色が鮮やかに塗り替わる。
澪の孤独が、少しずつ光に変わっていく。
柊の“全体把握”が、澪の心の奥底まで温かく包み込んでいく。
「柊くん……あたたかい……。こんなの……初めて」
「澪の心は、ちゃんと綺麗だよ。傷があっても、弱くなんかない」
共鳴が収まったあと、澪は涙で濡れた目で笑った。
「……ありがとう。柊くんに触れてもらえてよかった」
その笑顔は、たしかに救われた色をしていた。
ふたりの絆は、またひとつ深まる。
そして――世界を変える“共鳴ストーリー”は、さらに大きく動き始めていた。




