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御厨リゾート怪異ファイル  作者: しろいぬ
第一話 社内怪異、人事部調査課が処理します。
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1−6

 次の日から、営業三課に対する内部調査が始まった。

 不倫の件については、例の動画でほぼ決着がついていたが、横領に関してはまだ核心を掴めずにいた。

 調査部は、人事部長の承認を得て、営業三課の全員分の社内ノートPCを半日限定で回収・保管できることになった。


「ネットワーク上の共有フォルダだけじゃ証拠は見つからない」と、九条さんが掛け合ってくれた結果だった。


 調査部の部屋には、ノートパソコンが10数台、無造作に積まれている。どれも社用で見慣れた機種のはずなのに、この場に集められると、異様な重圧感があった。

 蛍光灯の白い光が、無機質なアルミ筐体に反射している。

 静かな室内には、ノートPCの冷却ファンが低く唸る音だけが響いていた。


「……なんというか、想像以上に本気ですね」


 私の独り言に、九条さんが淡々と返す。


「建前上は“全員調べる”ってことになってる。まあ実際は、数台を重点的に見れば充分だ」

「営業部長、よく許しましたよね」

「逆に言えば、“とことん洗ってくれ”ってスタンスらしい。部の名誉のためにも、早く疑惑を払拭したいそうだ」

「じゃあ……早速、神保奈央の端末から見てみます」


 私が神保のノートPCを開き、電源を入れると同時に、九条さんは佐々浦のPCへと向かった。

  HDDのバックアップツールを走らせながら、ディレクトリの中身を一つひとつチェックしていく。

  この静かな作業が、逆に息苦しい。


「横領ってことは、やっぱり金額がある程度まとまってなきゃ成立しませんよね?」

「一万や二万程度じゃ“誤差”で済んでしまうからな。裏帳簿があるか、もしくはダミー経費が立ってる可能性が高い」

「広告費とか、イベント費用とか……ですね」

「そのへんだ。――そっちは何かあったか?」

「んー……あれ?」


 私はディレクトリを深掘りするうちに、一つだけ違和感のあるフォルダに目を止めた。

 パスは異常に長く、しかも本来アプリケーション関連の設定ファイルが入っている場所に、それっぽくない名前のフォルダが紛れ込んでいる。


「九条さん、ちょっとこれ……見てください」


 私が画面を見せると、彼は眉をひそめた。


「これ、フォルダ自体は神保さんのPC内にありますが……中のファイルが開けません」

「アクセス権限の問題か」

「はい。フォルダの所有者が“辻山ひより”のアカウントになってます」

「つまり、辻山が神保のPCを使って、何かを仕込んだということだな」

「おそらく。しかも、神保さん本人には見えていても開けないし、削除もできない状態です。フォルダ名は“SystemCache”と偽装されていて、見落とされやすい構造になってます」


 九条さんは一度モニターに目を戻し、短く言った。


「証拠を隠すための仕掛けではない。消されないように、わざと見える場所に置いた」

「……“誰かに見つけてほしかった”ってことでしょうか?」

「その可能性が高い。意図的な残し方だ」


 キーボードを叩く手を止めずに、九条さんが静かに続けた。


「システム部を呼べ。中身を精査する。……ここから先は推測ではなく、事実で判断する」




 ◆◆◆




 六階のフロアは、またしても騒然としていた。

 昨日の“幽霊騒ぎ”に続き、今度は人事部調査課による本格的な社内調査。

 一課や二課の社員たちもざわついて、プリンターの前や給湯室でひそひそと噂話に興じている。

 その中でも、営業三課のエリアは異様な空気に包まれていた。

 全員が自席に張り付いたまま顔をこわばらせ、パソコンのない机の上にはメモ帳と社内電話だけが置かれている。

 まるで昭和時代に戻ったかのような作業風景だ。

 その光景を横目に、私たちが三課のブースに近づくとーー


「おい!」


 佐々浦浩二が勢いよく立ち上がり、九条さんに詰め寄ってきた。


「何か見つかったんだろうな? ここまでして“何もありませんでした”なんて言わせないぞ」


 声は低いが、強い圧力が込められている。

 それはまるで、「証拠は残してない。やれるもんならやってみろ」と言わんばかりの自信に満ちていた。

 だがーー


「見つかったぞ」


 いつも無表情な九条さんが、珍しく、ほんのわずかに口元をゆるめた。


「な、何があったというんだ!」

「それは、大会議室で正式に報告する。……営業三課・佐々浦浩二、営業事務・神保奈央、二名はすぐに同行してもらおう」


 その瞬間までずっと他人事のように背を向けていた神保が、びくりと肩を震わせ、真っ赤な顔で振り返った。


「……私は関係ないですけど!」

「それを判断するのはこちらの仕事だ」

「佐々浦課長! 私は行きませんからね!」


 動揺を隠しきれず声を荒げる神保に対し、佐々浦は青ざめた顔で腕を掴み、必死に言った。


「君も来なさい……私たちに拒否権はない……」


 九条さんが、抵抗するふたりを連れてフロアを出ていくのを見届けたあと、私は三課の人たちに声をかけた。


「パソコンは返却します。ただし、全部ここに持ってくるのは難しいので、各自で取りに来ていただいてもいいですか?」


 ざわめきが広がる中、ひとりの女性が立ち上がった。

 先日、廊下でコーヒーをぶちまけた高家という事務員だ。


「……あの二人、何をしたんですか?!」


 その声に、他の社員たちも顔を上げる。


「私たちには、聞く権利ありますよね? パソコンまで取り上げられたんですから!」

「取り上げたわけじゃありません。会社の資産を一時的に“調査”しただけです」

「でも、中身を見られたのって、あんまり気分いいもんじゃないんですよ」

「それは理解しますが、内容についてはお答えできません」


 きっぱりと断ると、あちこちから視線が突き刺さる。

 その中には、あからさまに睨みつけてくる者さえいた。


「……なんだよ。俺たちと同じ平社員のくせに、なに偉そうにしてんだよ……」


 男性社員のひとりが、わざと聞こえるように嫌味をつぶやく。


「人事部調査課って偉いらしいぜ? どんな役職なのか知らないけどさ」


 数人がくすくすと笑い合う。

 ……なんだ、この空気。

 この部署だけが、何か根本的にズレている。

  “会社の人間”というより、まるで別の生き物の群れに見えた。


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