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御厨リゾート怪異ファイル  作者: しろいぬ
第四話 マグロには勝てませんでした。
36/36

4−8

(な、なんでこうなった?!)


 目が覚めた瞬間、私はプチパニックを起こしていた。


 狭いシングルベッドの隣で――九条さんが一緒に寝ている。

 しかも……手を、繋いで。


「……起きたか」


 低い声。九条さんが薄く目を開ける。

 私は反射的に繋いでいた手をぶんっと引き離した。

 慌てて自分を確認。服は昨日のまま、化粧も落としてない。

 大人の関係になった痕跡、一切ナシ。


(わかってる、わかってるんだけど! 状況が状況すぎて心臓止まるかと思った!!)


「お……おはようございます」


 頭が混乱してるせいで、引きつった笑顔しか出てこない。


「あのう……もしかして、私なにかやらかしました?」

「……覚えてないのか?」


 記憶を必死に手繰る。するとぼんやり――。


「お前が眠れないから、手を握れと言ってきたんだぞ」

「~~っ!」


 瞬間、顔が爆発したみたいに熱くなる。

 両手で頭を抱えて、布団の中で転がりたい。


(ちょ、それ絶対寝ぼけてたんです! 正式な意思じゃないですからぁぁ!!)


「もう朝食の時間だ。九時にはここを出発するからな」


 枕元のデジタル時計をちらっと見れば、七時半。


(シャワー浴びて、着替えて、朝食……けっこうギリギリじゃないですか!?)


「す、すみません……ご迷惑を……」

「それはもういい」


 九条さんは無表情のまま立ち上がり、扉を開けて出ていった。

 その背中をお見送り――した瞬間。


「……えっ?!」


 正面に、目を丸くして立ち尽くす百瀬さん。


「あ……」


 しまった。最悪のタイミング。


 そして次の瞬間――軽快なピューッという口笛。


「クルミン、やるぅ!」


 顔から火が出る。いやもう冷や汗の噴水。


 さらに追い打ちをかけるように、朝食会場へ向かう明生さんも合流。

  二人そろって意味ありげな視線を送ってくる。


(やめてー! 見ないでー! 何もしてないんですほんとにー!!)


 しかも当の九条さんは――完全スルー。


「俺はシャワーを浴びて着替えてから行く」


 ……さらっと言い放って立ち去った。


(天然すぎる……! そういう爆弾発言は、私の寿命が縮むのでやめてください!!)




◆◆◆




 朝食の時も、移動中の車の中でも――私はずっと二人の視線を浴び続けていた。

 横から刺さるような視線。ニヤニヤしてるのに、なぜか何も聞いてこない。


(はっきり聞いてくれれば説明できるのに! あれは誤解だって言えるのに! ……いや、言ったところで誤解は誤解でしかないんだけど!)


 明生さんも百瀬さんも、知ってて聞かないのか、本気で気を遣っているのか……その妙な沈黙が逆にしんどい。


 そして極めつけは新幹線。

 切符を渡された瞬間に悟った。


(……え、隣? これ絶対、百瀬さんの仕業でしょ……!)


「東京まで寝てていいぞ」


 九条さんはいつも通りの無表情でそう言う。


「はい……」


 ……ばっちり寝てきたので、一ミリも眠くなかった。

 けど、会話を続ける勇気もないから、仕方なく窓に頭を預けて「寝たふり」をする。


(……苦痛だ……。目を閉じてるだけなのに、心臓がうるさい……)


 視線を感じているのは、きっと気のせいじゃない。

 だけど怖くて確かめられなくて――そのまま青森出張は幕を閉じた。


 ホテルでの怪異との遭遇、九条さんに助けられたこと、なぜか繋いで寝ていた手の感触。

 マグロの幸福感と、百瀬さんの口笛と、明生さんのニヤケ顔。

 ぜんぶぜんぶ、ぐちゃぐちゃに頭の中で渦巻いている。


 ……結論。

 ーー疲れた。ほんとに。


 でも、妙に胸の奥がざわざわして。

 帰り着いた東京の街並みが、少しだけ違って見えた。




◆◆◆




 出張明けの調査課の部屋は、なんだか珍しい光景になっていた。


 4つ並べられたデスクに、全員ちゃんと座っている。

 ……でも空気は気まずいまま。

 二人の視線が刺さる刺さる。

 特に正面の席の百瀬さんなんて、ファイルとモニターの隙間からじーっとこっちを覗いている。


(百瀬さん、見すぎです……! 穴が開く……!)


「……私に何か悪いものでも取り憑いているんですか?」


 ため息混じりに聞くと、百瀬さんは肩をすくめて笑った。


「そんなものが憑いてたら、とっくに静さんが祓ってくれてると思うから安心して」


(……確かに。私に取り憑いた“なにか”も、九条さんがあっさり祓ってくれましたけど!)


 そんなこんなで出張の報告書をまとめていると、調査課の扉がノックされる。

 顔を出したのは、施設管理部の槇原(まきはら)部長だった。


「九条課長、今いいか?」

「どうぞ」


「よかったら、椅子を使ってください」


 私は反射的に立ち上がり、部長に席を譲る。


「では借りるよ」


 槇原部長は五十を過ぎた神経質そうな雰囲気の人。線の細い体格に眼鏡、やややつれた表情。


「実は今、ホテル有明ニュースーパーグランドで騒ぎが起こっててね。五階の角部屋に幽霊が出るとかで……噂になってしまったんだ」

「その調査依頼ですか?」

「ああ。特に曰くもないのに“自殺した人の怨念”だとか、勝手に囁かれて困っててね」

「SNSのデマなら、法務部に相談するべきかと」


 九条さんが冷静に返す。


「もちろんそうなるだろうが、一応……ね」

「なら、僕行きましょうか?」


 と百瀬さんが手を挙げる。


「いや……この件は俺が行く。百瀬には他に行ってもらう」


 九条さんが遮った。


「えぇ〜また出張か……」


 百瀬さんは、明らかな不満顔。


「なんや、普段は本社に顔出してもつまらん言うて、すぐ戻ってこぉへんやないか」


 明生さんに突っ込まれると、口を尖らせる。


「今はめちゃくちゃ面白いことになってるんだ! こんな一大事に東京を離れるなんて無念だよ!」


(お願いですから、その“面白いこと”を具体的に言わないでください……!)


「明生は大阪だ。買収予定のホテルの下見に同行してほしいとのことだ」

「了解や。ほな、胡桃ちゃんはホテル有明やね」

「え? わ、私ですか?」


「いいですね。男性が一人で歩き回るよりも、男女で行った方が自然ですから」


 槇原部長の一言で決定……で、いいのか?


「確かに、俺が一人でうろついていたら不自然か」

「ほな、決まりやな」


 明生さん、そのニヤニヤ顔……絶対わざとですよね!?

 こうして、私と九条さんはホテル有明の調査をすることになった。

 けれどこのときの私は――

 この依頼が、とんでもない“大事件”の幕開けになるなんて、夢にも思っていなかった。


不浄池からやってくる”悪いもの”は、ホテルの大広間に集められ一斉に祓われます。その”道”が四階の廊下にありました。

各客室は、強力な結界で護られており、つまりーー、大人しく部屋に入って寝てれば怖い思いをしなずに済んだと言うことです。

胡桃はもってるのか、もってないのか、微妙な運のようです。でも九条さんとの距離が縮まったので、もってるのかもしれません。

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