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「俺達は、特殊な家に生まれ育った。簡単に言えば、祓い屋の家系だ。明生家は関西、百瀬家は九州、九条家は東京を拠点に祓い屋家業をしている。御厨家とは平安時代から繋がりがあったとされていてな。今でも、次期当主候補は御厨当主に仕えるという仕来りが続いている」
淡々と語る九条さん。
さらっと言ってるけど、これ完全にマンガやアニメの設定じゃないですか!?
御厨当主――つまり御厨リゾートの創始者にしてグループ会長の、御厨宗一郎会長のことらしい。
でも私にとってはニュースの見出しで名前を見たことあるくらいで、会ったことなんてもちろんない。
(勝手に「お金持ちのおじいちゃん像」を想像してるけど……実際どうなんだろう。ひげ長そう。シルクハットとか似合いそう……って違う違う!)
「なら将来、九条さんは家を継ぐんですね」
思わず口に出すと、九条さんは一拍も置かずに答えた。
「ああ、そうなるな」
(……やっぱり。うわ、次期当主とか、重すぎるワード!)
ってことは、明生さんは明生家を、百瀬さんは百瀬家を――みんな御三家の跡取り。
うっかり普通のOL感覚で混ざってるの、私だけ!?
「で、お前はこのまま仕事を続けてもいいのか?」
急に話を振られて、心臓が跳ねた。
「嫌なら元の部署に戻すこともできるぞ」
(え、そんな真顔で聞く? こっちの気持ちが試されてる感すごいんですけど!)
「わ、私は……みなさんと一緒に仕事をしたいです。……役に立たないかもしれませんが……」
言ってから、声がだんだん小さくなっていく。
(ああーっ、なんでいつも決めゼリフでしょんぼり系になるの私!?)
九条さんは一拍置いてから、静かに言った。
「お前の仕事は、俺達のサポートだ。現場で無理をする必要はない」
「……!」
その言葉に胸がじんわり熱くなる。けれど次の瞬間――
「……百瀬に乗せられて、のこのこ出てくるな。この先が思いやられるぞ」
「~~っ!!」
最後の一言で一気に赤面。
「今回のことは、本当に勝手な行動をして申し訳ないと思っています。百瀬さんのことも……ちょっと期待してしまって……」
「期待?」
「もしかしたら、私にも何か力があるのか? みたいな……?」
椅子からずり落ちそうになりながら抗議する私を、九条さんは無表情のまま横目で見ていた。
「ないな」
一刀両断された。
私の方が普通なんだけど、断言されるとちょっと悲しい。
お説教タイム(?)が終わると、九条さんは「疲れた」と言って自分の部屋に戻っていった。
あの人が「疲れた」って口に出すの、珍しい気がする。……いや、たぶん私のせいなんですけど。
とにかく私は「自由に夕食を取れ」と放牧されたので、一人でビュッフェスタイルのレストランを予約することにした。
この夕飯代、経費で落ちなかったら――相当な出費だ。(請求書が怖い。カード明細見るのが怖い。誰か助けて)
けれど付近にはカジュアルなレストランなんて皆無だし、外はちょっと雰囲気が不気味で、気軽に出歩ける感じじゃない。
(でも……“悪いもの”はこのホテルに集められてるんだよね? だったら逆に安全? ……いやいや、どう考えても不安要素しかないんですけど!)
日が落ちれば街灯もなく真っ暗になるらしいし、夜に出歩くのは絶対アウト。
そう思っていた矢先――
「くるみーん! 九条さんのお小言は終わった?」
ひょっこり現れる百瀬さん。声のトーンが軽すぎて、さっきの重苦しい空気が全部リセットされる。
「……終わりましたよ。百瀬さんこそ、二階のお祓いは終わったんですか?」
「秒で終わらせてきた」
(ドヤ顔で言うことじゃないと思うんですけど!)
「で、夜ご飯はどうするの?」
「ビュッフェスタイルのレストランがあったので、そこに行こうと」
「だったら、一緒に市内まで行こうよ。車出すから」
「……勝手に外に出ても平気なんですか?」
「仕事が終わったから今はプライベートの時間だよ」
(いやいやいや、仕事とプライベートを分けすぎじゃないですか!?)
「せっかくここまで来たんだから、大間のマグロ食べさせてくれる店に案内するよ」
百瀬さんがキラッキラした笑顔で言う。
(……なんだその旅番組みたいなノリ!?)
「え、いや、私はホテルのビュッフェで十分です! むしろああいうのでちょこちょこ食べるの好きなんで!」
「えーっ、ダメダメ! わざわざ青森まで来て、ホテル飯だけで帰るとか、観光客失格だよ!」
「観光に来たわけじゃありません!」
(仕事ですから! しかも心霊案件ですから!)
「大丈夫大丈夫! 俺、運転うまいし、店もちゃんと予約するし。くるみんは隣で“わー美味しそう”って言うだけでいいから」
「そんな気軽なノリで夜に外出していいんですか!? 九条さんに怒られますよ!」
「静さんは、爆睡してると思うよ。ここの仕事、相当体力持っていかれるから、明日の朝まで起きないね」
(……確信犯か)
「ね? せっかくだし!」
ぐいぐい来る百瀬さんに、気づけば私の返事がだんだん押されていく。
「で、でも……」
「マグロだよ? しかも大間の」
「…………」
「赤身も中トロも大トロも食べ放題!」
「食べ放題じゃないですよね!? ……ああもうっ!」
気づけば私は、すっかり百瀬さんのペースに巻き込まれていた。
(ダメだ……百瀬さんに乗せられるなと、言われたばかりなのに。理屈では勝てない。食欲でも勝てない……!)
――こうして私は、気がつけば車の助手席でシートベルトを締め、大間のマグロを目指して出発していた。
(九条さんにバレたらまた説教かも……でも……マグロ……!)