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御厨リゾート怪異ファイル  作者: しろいぬ
第四話 マグロには勝てませんでした。
30/36

4−2

「この洗浄池ホテルはね、御厨リゾートの会長が赤字覚悟で建てたんだ」


 ホテルのロビー。

 支配人が出てくるのを待ちながら、百瀬さんが声を落として言った。


「……でも、この場所……あまり土地がいいようには見えませんが」


 私はつい口にしていた。

 函館で九条さんに聞いたことを思い出す。――リゾート開発やホテル建設の前には、必ず土地の調査をしてから着工を決める、と。


「洗浄池って、恐山の裏鬼門にあるんだ。もともと方角が悪い上に、水場だから余計に“不浄”が溜まりやすい」

「……少しだけ、ネットで調べました。昔、血のついた鍬を洗ったり、飛び込み自殺をする人が多数いたとか」


 百瀬さんは肩をすくめ、口を歪める。


「人間てバカだよね。“あんな池に飛び込めば来世は勝ち組になれる”なんて思い込んじゃって」


 ……言い方。


 けれど笑えない話だ。


「まあ、そんなこんなで。長い年月の“澱み”が洗浄池を汚染してる。会長は、その悪霊のボスみたいな存在を鎮めようとしてるんだけど……僕らが何年かけても、現状維持がやっとってとこ」

「……では、九条さんと明生さんはここで?」

「洗浄池から溢れたものは、このホテルに集まるように“道”が作られてるんだ。静さんと陽稀君は、集まった連中を祓う役目。いつもなら静さん一人で間に合うのに、今回は陽稀君まで連れてきた……ってことは、例年以上に溢れかえってるのかもね」




◆◆◆



 ロビーに姿を現したのは、五十代ほどの男性だった。腰が低く、しかしその仕草には妙な威厳が漂っている。


「これはどうも、百瀬家のお坊ちゃんまでいらして下さるとは」


 お坊ちゃん――?


 胸の奥で小さく引っかかる。やはり百瀬さんは、ただの同僚なんかじゃなかったのだ。


「今年は大変そうだからさ。ちょっと応援に来たんだよ」


 百瀬さんはいつもの調子で軽く答える。だが支配人・喜林(きばやし)さんは深々と頭を下げ、「遠路はるばるありがとうございます」と感謝を口にした。

 やがて、百瀬さんが私に視線を向ける。


「喜林さんも、僕らと同じ“祓い屋”の末裔なんだよ」

「……祓い屋?」


 思わず問い返すと、支配人は謙遜するように微笑んだ。


「私など、大した力はございません。せいぜい、人形に一時的に封じる程度。御三家の方々のお力がなければ、とても祓えはしません」


 御三家――初めて聞く言葉に、頭が真っ白になる。


「……御三家って、一体……」

「クルミン、もしかして何も知らないの?」


 百瀬さんの声には、呆れと驚きが混じっていた。


「……初めて聞きました」


 静さんは私を現場に連れ出しておきながら、何も説明してくれなかったのか。

 神様も心霊も疎い私には、最初から話す必要がないと判断したのかもしれない。

 けれど――そういう問題じゃない。


 支配人の案内で、それぞれの部屋が割り当てられた。

 私の部屋は三階。九条さんも、明生さんも、同じフロアに泊まっているらしい。


「荷物を置いたら、またロビーで」


 百瀬さんに言われ、私は重たい荷物を抱えながらエレベーターに乗り込んだ。

 胸の中に残るのは、初めて聞かされた“祓い屋の御三家”という言葉と、自分だけが知らされていなかったという現実。




◆◆◆




 部屋に入ると、そこはシンプルなシングルルームだった。

 白いシーツのベッドに、無造作に体を投げ出す。


「……祓い屋、なんて。なんだか遠い話だな」


 天井を見上げながら、ぽつりとつぶやく。

 祓い屋なんて、漫画や映画やアニメの中でしか知らない存在だ。

 ほんの少し前までは、オカルトなんてただの娯楽でしかなかったのに。


(なんで……私だったんだろう)


 入社二年目で異動を通達されたときは、本当に驚いた。


 「私、何かやらかしましたか?」と人事部長に尋ねると、彼は小さく笑って「引き抜きだ。どうしても君に来て欲しいそうだ」と答えた。

 そのときの私は深く考えもしなかった。

 調査課がどんな部署なのか、ろくに知らなかったからだ。


 総務部の総務課にいた頃は、課長以下七人の職員と一緒。

 経理部と同じフロアで、毎朝わいわいと人の声が響くオープンな職場だった。


 だから――初めて調査課の部屋に入ったときは衝撃だった。

 四つの机が中央に並ぶだけの、小会議室を改造したような閉鎖的な空間。


 窓際には課長の九条さん、その隣が私の席。

 向かいには、明生さんと百瀬さんの机。


 ……九条さんの存在は知っていた。調査課の名前も耳にしてはいた。

 けれどまさか、彼らが“祓い屋の末裔”で、心霊現象と真正面から向き合う部署だったなんて――夢にも思わなかった。


 私は当たり前のように彼らと接している。

 でも今思えば、とんでもない人たちと同じ机を並べているんじゃないか……。

 そう考えたら、胸の奥にふわりと不思議な重みが広がった。


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