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御厨リゾート怪異ファイル  作者: しろいぬ
第四話 マグロには勝てませんでした。
29/36

4−1

「疲れた……」


 新青森駅に降り立った瞬間、私はもうへとへとだった。

 新幹線での移動は本来なら快適なはず――けれど、現実は違った。


 百瀬さんからの質問攻めが3時間あまりずっと続いたのだ。


「ねえねえ、静さんと普段どんな会話してるの?」


 そこから始まり、6月の営業部事件、函館での出来事……。

 東京から青森まで、延々としゃべらされ続けたおかげで、喉がガラガラになりそう。


 一方その本人はーー。


「くるみーん! 車借りてきたよー!」


 駅前で手を振る百瀬さんの背後には、青い塗装がまぶしいSUVタイプの高級車があった。

 レンタカーとは思えないほど豪華だ。


 8月の終わりだというのに、青森もまだじんわりと暑い。

 東京の残暑よりは過ごしやすいが、油断すると汗がにじむ。

 駅前にはねぶた祭のポスターが残っていて、夏の余韻を感じさせた。


 百瀬さんは旅行気分そのままの笑顔。

 私は新幹線の疲れと暑さで気力ゲージがほぼゼロ。

 この温度差に、さらにため息がこぼれる。

 助手席に乗り込み、シートベルトを締めながら横目で百瀬さんを見る。


「本当に……九条さんたちに知らせず勝手に来ちゃってよかったんでしょうか?」

「ここまで来て帰るなんてないでしょ? 女は度胸って言うし」


 ……それ、愛嬌じゃなかったっけ?


「でも、こんな高級車、経費で落ちませんよ」

「洗浄池の周りって道が悪いからさ。これくらいの車じゃないと走りにくいんだよ」

「……そうなんですね」


 納得したような、してないような。

 だって九条さんなら、絶対タクシー呼ぶと思うんだけど。


 新青森駅を出てしばらくは市街地だったが、車が北上するにつれて景色は一変した。

 両側に広がるのは、深い森と時おり現れる海。

 窓を開けると、潮風と一緒に生ぬるい空気が入り込み、髪の毛をかすかに揺らした。


「ね、見て見て! ほら、あれが下北半島の灯台だよ!」

 

 百瀬さんは片手で指をさす。


「運転に集中してください……」


 そう注意しながらも、私もつい窓の外を見てしまう。

 人の気配がどんどん減っていく。駅前の賑わいが遠い昔のようだ。


 やがて標識に「恐山街道」の文字が現れた。

 道は狭く曲がりくねり、両脇には岩肌と鬱蒼とした森。

 昼間だというのに木々の影が濃く、フロントガラス越しに差し込む光がどこか鈍い。

 窓を閉めていても、鼻を突くような硫黄の匂いが漂ってくる。


「ここまでくると、それっぽい雰囲気になってくるよね〜!」


 百瀬さんは相変わらず楽しそうだ。

 私はシートベルトを握りしめ、窓の外に視線を逸らした。

 観光気分に浮かれる声と、胸の奥に広がる説明しがたいざわめき。

 二つの温度差は、車が山奥へ進むごとに広がっていく。


 しばらくすると、木々の切れ間から水面が見えた。

 湖のように広がるが、どこか濁って重たい色合い。

 硫黄の臭気が一段と強くなり、胸の奥にじわりと不快感がこみ上げる。


「あれが洗浄池……」思わず小さくつぶやく。


 湖畔の一角に、白い外壁のホテルが建っていた。

 観光用なのか、少し古びてはいるがそれなりの規模だ。

 しかし周囲に店も人影もなく、建物だけがぽつんと湖面を背に立っている姿は、どこか異様だった。


「着いたー! さ、荷物降ろそう!」


 百瀬さんが楽しげにハンドルを切り、ホテルの駐車場に車を滑り込ませる。

 私は深呼吸を一つして、重たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ドアを開けた。



 湖畔に建つホテルは、白い外壁に赤い屋根。

 少し古びているけれど、どこか懐かしい雰囲気があった。

 レビューには「まるで昭和にタイムスリップしたみたい」と書かれていたが、確かに納得だ。


「じゃあ、チェックインしちゃおうか」


 百瀬さんが軽い調子で言ったその時、私は大事なことに気がついた。


「あれ? ちょっと待ってください! 部屋は予約してないんですけど」


 頭の中が一気に真っ白になる。

 まさか……百瀬さんと同室、なんてことは――絶対に無理!


「大丈夫だよ。このホテルが満室になることなんてないから」

「そ、それならいいんですけど……でも、誰かと同室になるのはちょっと……」


 私が言うと、百瀬さんはきょとんと首を傾げた。


「当たり前じゃない。クルミンは女の子なんだから、僕らと一緒の部屋に泊まらせたらとんだセクハラだよ。エロ親父だよ」

「え……」


 その一言に、私は思わず固まる。

 そして数秒の沈黙の後、二人して見つめ合った。


「えっ?!」


 先に声を上げたのは百瀬さんだった。


「もしかして……まさかとは思うけど、函館に行った時、静さんと同じ部屋に泊まったの?」


 私は視線を空に向けながら、小さくつぶやく。


「……おかしいとは思ったんですが、初めてだったので、そういうものなのかと」

「嘘でしょ……」


 百瀬さんはその場にかがみ込み、両手で顔を覆った。


「も……百瀬さん……?」

「くっ、くははっ……! くははははははははっ!」


 なぜか大爆笑。

 お腹を抱えて、声を上げて転げそうになっている。


「ヤバい、ヤバい! 二人とも天然すぎて……ほんとヤバい!」


 私はむっとして口を尖らせた。


「……誤解しないでくださいね。九条さんに“夜に行動するから夕方寝とけ”って言われて、特に変な違和感もなくて……それに部屋は襖で仕切られてましたし。布団だって隣に敷いたわけじゃないんですよ」

「だとしてもアウトでしょ! 同室に泊まったら、襲われても文句言えないんだから!」

「九条さんが……私を襲う?!」

「逆! 静さんが襲われる方!!」

「失礼な! 私は九条さんを襲いませんよ!」


 ホテルの玄関前に、私たちの声が響き渡った。

 すでに笑い疲れている百瀬さんの顔は、涙でぐしゃぐしゃだ。


 ーーひどい。


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