表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御厨リゾート怪異ファイル  作者: しろいぬ
第三話 私は、怖くても向き合うことにしました。
28/36

3−7

 九条さんの休暇明け、私は上司に怪異事件の顛末を報告した。


「それで地下室のポルターガイスト現象は止まって、早見さんの魂は無事に鎮魂されて……新橋さんは和田部課長と話し合った結果、懲戒処分ではなく依願退職扱いとなりました。……って、聞いてますか?」

「……聞いてる」


 いつもの毒舌は休みのようで、たった一言で終わり。


「それだけですか?」

「他に言うことはない。俺は初めから明生なら解決できると思っていたし、なんの問題もない」

「……だから突き放すようなことをしたんですか?」

「あいつは、すぐ諦める癖があるからな」


 確かに、最初は泣き言っぽいことを言っていたし、九条さんがやればいいようなことを言っていたけど……。

 結局は、明生さんが担当して良かったような気もする。

 もしかして、九条さんは全部分かってたってこと?


 そんなやり取りの最中、扉が開き、明生さんが顔を出した。


「おはようさーん。お、静ちゃん、おかえりや! 顔が見れへんくて寂しかったわあ」


 私は壁の時計をちらりと指さす。


「……明生さん、遅刻ですよ。一時間ほど」

「そんな細かいこと気にしたらあかんて」


(この人、査定どうなってるのかしら……)


 九条さんが咳払いして、机の上の書類を持ち上げた。


「明生、部長から、すぐに迎えとのお達しだ」

「……洗浄池(せんじょういけ)ホテル。……また、あそこで何か起こったんか」


 紙に目を走らせた明生さんの表情が、一気に引き締まる。


「“洗浄池ホテル”ってどこにあるんですか?」


 私は首をかしげた。


「青森や。恐山の近くでな。祓っても祓っても怪異が起こる、いわくつきの場所や」

「今度は俺も行く」


 九条さんの声音も、いつになく真剣だった。


「そんなに……状況が悪いんですか」

「ああ。――俺一人でも持て余すぐらいにな」

「なら、胡桃ちゃんはお留守番やな」

「え? 私も行きますよ」

「俺も胡桃ちゃんと大間のマグロ食べたかったけどなあ……。でも今回は危険すぎる。大人しく待ってて」


 そう言われてしまえば、反論の余地はなかった。

 確かに私がついて行っても、お荷物になるだけだろう。

 それでも置いていかれるのは、やっぱり寂しいけど。


「……わかりました。どうか、お気をつけて」


 努めて明るくそう告げたけれど、胸の奥に小さな穴が空いたような感覚が残った。

 ただ願うのはひとつ――どうか無事に帰ってきてほしい。

 こうして翌日、九条さんと明生さんは青森へと旅立ち、私は東京に取り残された。




◆◆◆




「おはようございます」


 誰もいない部屋に向かって、むなしい挨拶が響いた。

 九条さんと明生さんが青森へ出張に出て、今日で二日目。

 私はひとり、調査課の部屋で業務用の資料や過去の報告書を整理していた。


(九条さんたち、今ごろ何してるのかな……)


 そんなことをぼんやり考えてしまう。

 今回の件については会社に定期連絡もなく、私は完全に蚊帳の外だった。

 手を止め、なんとなく「洗浄池ホテル」をネットで検索してみる。


 画面には、いくつものレビューが並んでいた。


『古いけど趣があって、まるで昭和にタイムスリップしたみたい』

『池の鯉が立派だった。とても高そう』


 どれも高評価ばかり。

 今のご時世、ホテルの名前を出して評判を落とすようなレビューは、さすがに書き込まれないのかもしれない。

 スクロールしていくと、ホテル名ではなく「洗浄池」そのものに関する記事が目に留まった。


 ーー天明の飢饉で一揆を起こした農民が、血のついた鍬や斧を洗ったとされる池。

 この水で洗えば、鍬や斧の不浄が清められると信じられていた。

 やがてその伝承は、「この池に身を投げれば来世では良い身分に生まれ変われる」という話に変わっていき、自殺者が絶えなかった。


 池で体を清めれば今世の不浄が払えるーーそんな解釈が、飛躍してしまったのだろう。


 パソコンの画面を凝視していると、静まり返った部屋の扉が勢いよく開いた。


「おはよーございますっ!」


 あまりに元気いっぱいの声に、私はびくっと肩を跳ねさせる。

 振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのない青年だった。

 茶色がかった髪を軽く跳ねさせ、明るい笑みを浮かべたその姿は、妙に場の空気を軽くしてしまう。


「えっ……どなたですか?」


 青年はにっこり笑って、元気よく胸を張った。


「僕、百瀬(ももせ)です! モモって呼んで下さい。はじめまして、山木胡桃さん」


 あまりに人懐っこい第一声に、私はぽかんと口を開けたまま固まってしまう。

 もちろん百瀬さんの名前は知っている。調査課に所属する、百瀬瑠偉(ももせ るい)さん。もう一人の社員だ。


「あれ? 静さんと陽稀君は?」

「二人とも、昨日から青森に出張です」

「えーっ! じゃあ入れ違い? 洗浄池に行くって聞いたから、僕、急いで帰ってきたのに」


 頬をぷーっと膨らませる顔は、まだ大学生にも見える。

 スーツもあまり似合っておらず、どこか「着せられている」感じだ。

 目が大きくて、肌が白くて――もし女の子だったら絶対に美少女だろう。

 以前、給湯室で女性社員が「子犬みたいで超可愛い」と噂しているのを耳にしたことがある。


 でも、私の印象だと彼は猫だ。

 むしろ犬っぽいのは明生さんの方。……大型犬だけど。


「ねえねえ、青森行きの新幹線、手配してくれる?」


 さっそくの猫なで声。


「は、はい……もちろんですけど。九条さんの許可を取らなくていいんですか?」


 百瀬さんは人差し指を立て、ウインク。


「大丈夫! いきなり登場して驚かせたいから」


 ……それって大丈夫って言うの? 叱られるのは私なんですけど。

 返答に困っていると、百瀬さんがポンと手を打った。


「あ、そうだ。クルミンも一緒に行こうよ」


 アイドル顔負けの笑顔。しかも、ほとんど初対面なのに、もう“クルミン”呼び……。

 明生さんも距離感の近い人だったけど、この人はさらに上をいく。人懐っこい。……けど、なんか立ち悪そう。


「私は、危ないから留守番だって言われてますので……」

「平気平気。いざとなったら僕が守るから!」


 どや顔。でも、弟に言われてるみたいで、ちょっと頼りない。

 私が呆れて見ていると、百瀬さんは急に真顔になってじっと見つめてきた。


「……やっぱりそうだ」


 顔を近づけられ、私は思わずエビ反る。


「わ、私に何か?!」

「静さんや陽稀君から、何も聞いてない?」


 さっきまでの明るさが嘘みたいな低い声。……怖いんですけど。


「聞いてないって……特には……」

「ふうん。陽稀君は気づいてないのかも。……静さんは、わざと教えてないのかな」

「気になる言い方しないで、ちゃんと教えてください」

「ちょっと考えてみてよ。クルミンは静さんが直々に指名して調査課に来たんでしょう?」

「……そうですけど。それは事務員がいなくて不便だったから、って……」

「今までずっと不便でも回ってたんだよ? それなのに急に一人入れた。……だから何かあるんじゃないかって思ったんだ」

「それって……」


 期待と不安で身を乗り出した私に、百瀬さんはいたずらっ子みたいに笑った。


「内緒!」

「……」

「知りたければ、僕についてきて?」

「ずるいです……」


 机に突っ伏したくなる。

 どうやら私は――とんでもない小悪魔に捕まってしまったらしい。


今回、怖がりだと言っていた胡桃が随分積極的に動いていますが、それは前回の函館の経験で「霊=怖い」という概念を払拭したからです。根が真面目なんです。


あと早見さんの死因は、文中で書かれている通り「駅の階段から転落して」です。事件性はありません。

ですが盗みを言及され、歩いている最中もずっと考え悩んでいたのだと思います。

悲しい事故ですが、あれから新橋さんは月命日にお墓参りに行っているそうです。自分の考えの浅はかさと早見さんを巻き込んでしまったことを、深く後悔しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ