表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御厨リゾート怪異ファイル  作者: しろいぬ
第三話 私は、怖くても向き合うことにしました。
24/36

3−3

 その後、男の霊は再び口を噤んでしまった。

 これ以上は押し問答になる――そう判断して、私たちはいったん調査課の部屋へ引き上げた。


「……とりあえず、一歩は前進しましたよ」


 自分にも言い聞かせるようにそう告げて、私は紙とペンを明生さんに差し出した。


「似顔絵、お願いします」

「似顔絵?」

「私はお顔が見えませんでしたから。どんな方だったのか、明生さんに描いてもらうしかないんです」

「俺、美術で“1”取ったことある男やで……」


 渋い顔で受け取ると、明生さんは「うーん……」と唸りながら線を置いていく。

 数分後、そこに現れたのは――小学生の落書き(しかも遠足のバスで描いたタイプ)だった。


「……これは、斬新ですね」

「芸術は爆発や」


 かろうじて読み取れるのは、左の頬に濃い点があること。

 ――たぶん、ホクロ。しかもけっこう大きい。

 もしこの情報が正しければ、顔写真照合の手がかりにはなる。


「んー……もう少し特徴、ありませんか? 髪型とか、輪郭とか、眉の濃さとか……」

「それが精一杯や……。顔の線、ここから先は見えへんかった」


 つまり、あの“暗がり”が視界まで食っていたということだ。私の背筋に、さっきの冷気がまた這い上がる。


「そもそも、どうしていきなり地下室に現れたんでしょう。あそこで亡くなったわけじゃないですよね」

「そこなんや」


 明生さんは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「やっぱり、あそこに“あるもん”と関わりがある気がする。場所に縛られるか、物に縛られるか……どっちかや」

「あそこに“あるもの”って……パソコンの部品やマニュアル類ですよね」

「せやけど、細かい部屋の中身までは俺もちゃんと見とらん。……もう少し調べたら、何か出てくるかもしれん」


 明生さんと二人、似顔絵を前にして唸っていたその時――調査課の扉がノックもなく開いた。


「失礼します、情報システム部の者です」


 姿を見せたのは、天然パーマをぼさっと伸ばした四十前後の男性。直接話すのは初めてだが、顔は知っている。システム部の課長、和田部(わたべ)課長だった。


「あそこの部屋、いつまで使えないんです? こっちは業務に支障が出て困ってるんですけど」


 第一声から、高圧的。

 空気が一気に冷え込む。


「まだ調査中ですねん。もう少し待って下さい」


 明生さんがやんわりと応じるが、和田部課長は露骨に不満げな顔を隠さない。


「“もう少し”って、問題を一刻も早く解決するのが、そちらの仕事でしょう」


 その後ろから、気弱そうな男性がそっと顔をのぞかせた。


「課長……こういうのは、そんなにすぐ解決できる問題じゃないんですよ」

「お前はサボれていいだろうが、こっちは期限がカツカツなんだ」

「誰もサボってはいません。……みんなデスクを片付けて作業しています」

「ふん。どうだか」


 和田部課長が鼻で笑った、そのとき――彼の視線が、机の上の一枚の紙に止まった。


「……なんだ、その絵」


 小学生の落書きにしか見えない明生さんの似顔絵。


 私が慌てて言葉を探す。


「これは……調査資料といいますか……」


 説明を終える前に、和田部課長は絵をひったくった。

 じっと見つめた彼が、ぽつりと呟く。


「……これ、早見(はやみ)だろ」


 その名に、私は思わず身を乗り出した。


「この絵の男性をご存じなんですか!?」

「幼稚園児が描いたような、恐ろしく下手くそな絵だが……この左頬のホクロ。こんなホクロのある奴は、他に見たことがない」


 課長は後ろの男性に絵を突き出した。


新橋(にいはし)、お前もそう思うだろ」


 新橋と呼ばれた部下は、恐る恐る絵を覗き込み、眉を寄せる。


「……言われてみれば。早見さんに、似ているような……」

「早見さんというのは、情報システム部の方なんですか?」


 私が尋ねると、和田部課長はわずかに口ごもった。


「いや……清掃会社の男だ」

「清掃会社……このビルの、ですか?」


 課長は一瞬、言葉を探すように視線を泳がせ、それから声を落とした。


「……先日、ちょっとあってな」


 その言葉には、はっきりと説明を避けている気配があった。


「教えてください。詳しくは言えませんが……彼が今回のポルターガイスト騒ぎと関わっているかもしれないんです」


 私の言葉に、和田部課長は一瞬だけ目を見開き、似顔絵を机の上に戻した。


「なるほど……だがな、我々を恨むのは筋違いだ」

「課長、あまり外部の人にその話は……」


 後ろの新橋さんが慌てて制止する。

 けれど、私は引かなかった。


「一刻も早く部屋を使いたいなら、私たちに情報を出していただくしかありません。調査は、そこで止まってしまいます」


 明生さんも穏やかに口を添える。


「ここでの話は外に漏らしません。安心して下さい」


 和田部課長はしばらく思案した後、こちらをじっと見据え、低く言った。


「……なら、ここだけの話だ。絶対に口外しないでくれよ」

「私たちは人事部調査課です。秘密は守ります」




◆◆◆




 事件が発覚したのは、ほんの数週間前のことだった。

 部内の一人がふと“不自然な発注”に気づいたのがきっかけだ。


 購入したはずのパーツが、帳簿と実在庫で合わない。

 さらに過去一年を遡ると、同じような小さな食い違いが積み重なっており――結果、約十万円分ものパーツが行方不明になっていた。


 パソコン本体ならすぐに発覚する。だが、パーツは違う。

 HDDや増設メモリは「必要数より少し多めに発注して在庫にする」のが慣習になっており、在庫が減っていても「誰かが使ったんだろう」で済まされていたのだ。

 少額ゆえ、事務担当も深刻に考えなかった。


 こうして長い間、見えない“穴”が放置されてきた。


「そこで俺は、防犯カメラの記録を洗い直した。すると……昼休みに全員が外へ出ていた時間帯に、例の部屋へ入る清掃員の姿があった」


 和田部課長の声が重く落ちる。


「バケツを下げて入っていき、五分ほどで出てきた。その男が――早見だった」

「……でも、それだけで犯人だと断定するのは乱暴では?」


 私は思わず口を挟む。


「そうだ。社員の可能性もある。社員なら出入りはいくらでもごまかせる。だが――彼は認めたんだよ。盗んだものは弁償する、と」

「認めた……」

「素直に認めれば大事にはしないと約束した。……こっちもずさんな管理を指摘されれば立場が危ういからな。だから、会社には伏せて内々で終わらせようとしたんだ」


 課長はそこで言葉を切り、苦い顔をした。


「だが……何を盗んだのか詳しく聞き出す前に、早見は突然死んだ」


 部屋の空気が止まる。


「……もしかして、自ら……?」

「いや。事故だと聞いている」

「事故……」


 胸の奥に嫌なざわめきが広がる。

 盗難の真相はうやむやに消え、早見は命を落とした。

 その結末に、和田部課長は「だから恨まれる筋合いはない」と言うが――。

 私は思わず、自分のノートに震える手で一行だけ書き込んでいた。



 ――だが、彼は“騙された”と言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ