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第一章 愛の証明 ⑧

 凌空とデートに出かけた日から早くも二週間が経過し、街はクリスマスを意識したイルミネーションで華やいでいた。


 晴陽の家では毎年ツリーを出して、家族三人でささやかなパーティーをすることが習慣だったけれど今年は違う。晴陽はイベントを前に浮かれながら、凌空と一緒に過ごすことを目指している。


 イベントとは、クリスマスだけではない。


 十二月二十四日は晴陽にとって、もっと特別な意味を持っていた。


「凌空先輩って、クリスマスイブが誕生日なんですよね! 私、全身全霊をかけて盛大に祝いますから期待していてくださいね!」


 いつものように一緒に下校――というより、帰宅する凌空に付きまといながら歩く晴陽は、駅の各所に施された煌びやかなイルミネーションを見ながら胸を叩いた。


 凌空は自分のことを全然話さない。だが凌空がこの世に生誕した日は世界で一番大切な尊い日だと思っている晴陽は、彼に恋をしたその日のうちに何度もしつこく尋ねて、ウンザリされながらなんとか誕生日を聞き出していたのだった。


「別に祝わなくていい。俺、誕生日もクリスマスも好きじゃないから」


「でも私は凌空先輩が生誕した素晴らしい日を祝いたいです! 先輩と一緒に!」


「いらない。素晴らしい日でもなんでもないし」


 首を縦に振る気配のない凌空への説得に頭を抱えていると、コンビニの暖簾に書かれた『クリスマスケーキ予約』という字列が視界に入った。


「ま、まさか先約があったりするんですか⁉」


 焦燥する晴陽を鬱陶しそうに見遣って、凌空は大きな溜息を吐いた。


「……ないよ。っつーか、親が離婚してからは母親にすら祝ってもらったことがない。そんな俺が誕生日にはしゃげると思うか?」


「今年は私がいます! 来年も、再来年も、ずっと一緒にいます!」


「……話が通じないな。じゃあ、俺帰るから」


 晴陽はここで、僅かな違和感を抱いた。


 いつもの凌空だったら、晴陽に自分のことを話したりはしないはずだ。拗ねているように見えるのは、祝ってほしい気持ちの裏返しなのではないだろうか?


「凌空先輩、私は先輩が産まれてきてくれて、すごく嬉しいですよ。だから先輩にも、自分の誕生日を好きになってもらいたいです」


「親に愛されている晴陽に俺の気持ちなんてわからないだろ。俺の誕生日なんかより、皆みたいにクリスマスを楽しみなよ」


 心底面倒臭そうに晴陽を一瞥して、凌空は改札を通って行ってしまった。普段なら後を追いかける晴陽だが、今日は足を止めて思考に集中することを選んだ。


 晴陽は凌空が好きだ。だから凌空にも、魅力的な自分のことを大切にしてほしいと思っている。


 それなのに凌空は「俺の誕生日なんか」と口にした。あれは謙遜でも皮肉でもなく、自分を卑下する言葉に他ならない。


 もしかしたら凌空は、自身の価値を低く見積もっているのではないだろうか?


 水族館デートで「どんな俺でも好きだって断言してくれたのは、悪い気はしなかった」と口にしていたが、それは自己肯定感が低いことの表れとも考えられる。


 そんなの、あってはならないことだ。


 凌空の魅力は何度も言葉にしてきたが、それは晴陽の自己満足でしかなくて、今の彼が望むものではなかったのかもしれない。だとしたら――。


 息を吸って冷たい空気を肺と頭に送り込んだ。


 凌空が誕生日を嫌うのは家族が祝ってくれないからだと仮定するならば、裏を返せば母親に大事にされていることがわかれば、好きになれるのではないだろうか。


 晴陽の望みは、凌空に自分自身を好きになってもらうことだ。


 そのために晴陽がやれること、やるべきことはなんだろう。


 道筋が見えて背筋を伸ばす。答えはそれほど難しくはなかった。


          ☆


 凌空の誕生日まであと十二日。駅で明美と別れた晴陽は、普段とは逆方向の電車に乗った。


 都心方面へ向かう電車に揺られながら、スマホを操作して凌空の母親が社長をしている企業のホームページを開いた。


 美容器具の代表取締役社長として堂々と顔を載せている中年の女性は、最も写りのいい写真が使われているであろうという点を加味しなくても美しい顔立ちをしていて、企業として成功していることもあってか野心と自信に満ち溢れた雰囲気も見て取れる。


 容姿に恵まれて金もあるからこそ、男遊びができるのだろう。凌空の立場になると怒りが込み上げてくるが、まだこの人の言い分を聞いていない。何をするにしても、まずは話をしなければ始まらないのだ。


 会社の最寄り駅で降りた晴陽は気合いを入れつつ、トイレで身だしなみを整えてから出陣した。

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