「君はもう必要ない」と追放されましたが、追放した王子の愛が深すぎる
突然呼び出された私は、婚約者であるイスクール王子の言葉に愕然としました。
「君はもう必要ない」
そう言って、婚約を破棄されただけでなく、心当たりのない罪状を言い渡され、牢に囚われることになったのです。
私、ミラーリュ・ローダンは、今年21歳になりますが、今まで捕まるようなことをしたことはありません。
「心当たりが無いのですが」
私は牢屋にやって来たイスクール王子にそう言いました。
私は王子の瞳をじっと見つめようとしましたが、彼はその青い目をすっとそらしました。
「心当たりがない? そんなことがよく言えるな」
王子は冷たくそう言い放ちました。その隣には、最近王子とよく親しげに話しをしていた人間離れした美しさの女性、リーリアの姿がありました。
「悪いことの分別もないのかもしれませんね」
リーリアはそんなことを言いました。
リーリアは美しく、スタイルも抜群に良く、誰が見ても美人と言うような、綺麗すぎる女性でした。
イスクール王子は、とても優しい人だと私は思っていました。けれど美しい女性を前にして、人が変わってしまったのでしょう。私は悔しさと悲しさでいっぱいでした。
二人はそれだけ言うと、すぐにその場を離れていきました。
一体何が起こっているのでしょう?
貴族用の牢屋と言うこともあって、それほど不便は無いものの、私はいきなりのことに戸惑いを隠せませんでした。
身に覚えのない罪は、私だけでなく実家にも迷惑をかけてしまいます。
心配した家族からの連絡もありましたが、私自身何故なのかわからず、どう答えて良いものか迷いました。
不安なまま、何も状況がわからぬまま、私は牢屋で時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。
そして数日後、私は「島流し」を言い渡されたのです。
島流しと言えば、過酷な環境で何とか生き抜かねばならない上に、本土には二度と戻れない恐ろしい刑と聞いています。
私は船に乗せられ、遠くなる本土を眺めながら自分の境遇を嘆きました。
一体なぜこんなことに?
思い当たることがあるとすれば、リーリアのことくらいです。彼女からすれば、王子の婚約者である私は邪魔だったのかもしれません。
何かが起こっている。
でも、何が?
船はしばらくの間真っ暗な海を走り、着いたのは真夜中でした。
私は案内された部屋に入り、これからどうなるのだろうと、恐ろしい気持ちでいっぱいで、ベッドの中でうずくまっていました。
そうして朝を迎えると。
カーテンをさんさんとした光が照らしていました。
眠る気になれずカーテンを開けると、私は驚きました。
「綺麗……」
昨晩は真っ暗でわからなかったのですが、辺り一面美しいコバルトブルーの海だったのです。青く晴れた空の下、海がきらきらと輝いています。窓を開けるとやわらかな海風が吹くここは、水上コテージと呼ばれる海の上に立っている建物のようで、見渡す限りすべて絶景の海。建物も真っ白な建物で、広いテラスに出ると何故かプールと昼寝用のソファまであります。
これ、普通に楽園なのでは?
私はテラスに出て伸びをしました。海を覗き込むと小魚のいる水面が見えます。近くに階段があって、海に入ることもできそうです。
うん、これ普通に水上コテージですね。
でも、何故?
私が首を傾げていると。
コンコンコン。
「今よろしいでしょうか」
ドアをノックする音が響き、私は「どうぞ」と答えました。
だってその声は、よく知るメイドのリミアナの声だったのです。
リミアナは入って来るなり、私に「大丈夫ですか? お嬢様」と言って駆け寄ってきました。
「大丈夫です。でも、ここはどういうことなのでしょう? 事情がわからなくて」
「私もよくわからないのですが、お嬢様をここに連れてくるよう、指示したのはイスクール殿下のようです」
「殿下が?」
島流しになったはずなのに、こんなリゾート暮らし。これは殿下の配慮なのか、それとも何か意図があるのか。私にはよくわかりませんでした。
それはともかく。
「朝食をお持ちしましたので、テラスで召し上がりますか?」
「そうします」
私は焼きたてのパンと南国のフルーツをおいしくいただきながら、さんさんとした日差しを避けるためのパラソルの下で、美しい海をぼんやりと眺めていました。
ざざーん、ざざーんと、波の音だけが響きます。
遠くを海鳥が飛び、その下に小魚がいるのか水面を一斉に跳ねる様子が見られました。
何だかとてものんびりしていて、元の場所に戻るために何か考えるというのすら面倒に思えるほど快適でした。
しばらくここでのんびりしているのも良いのかも。
そう言えば、南の島でのんびりしたいと考えて、資料を取り寄せたことがありました。図らずも叶ってしまったわけです。
「ここでは、何かしなければならないことがあるのでしょうか?」
私がリミアナに尋ねると「特に何も言われておりませんし、ご自由になさって大丈夫だと思います」と答えました。
ますますのんびりできそうです。
海で泳いでも良いし、プールで泳いでも良いし、テラスでのんびり過ごしても良いわけです。食べ物もおいしい物が自由に食べられそうです。
これ、完全に楽園では?
さらに本があれば最高なのですが……。
「本はありますか?」
私がそう言うと。
「島に図書室があるようなので、行ってみますか?」
私はリミアナに大きな日傘を差してもらいながら、島の図書室を目指して歩き始めました。
どうやらこのコテージは、長く伸びた桟橋の先にあったようで、しばらく桟橋を歩くと、360度美しい海が広がっていました。そうして歩いているうちに、ヤシの木が生い茂る島に辿り着きました。真っ白な砂が伸びる道をゆっくりと歩いていると、赤や黄色のハイビスカスが咲き、ブーゲンビリアがピンク色の花を垂らしています。
美しい花を見て歩いているうちに、すぐに図書室が見つかりました。
真っ白な外壁に、ヤシの葉で作られた自然派な外観をしたその建物は、手入れが行き届いているのが一目でわかりました。
中に入ると少しひんやりとしていて、様々な言語の本が並んでいました。私は3か国語話すことができるのですが、その3つの言語の本が並んでいます。しかも、そのほとんどが私の好きなジャンル、好きな作家を網羅したものでした。まるでもう一人の私が揃えたかのような本の数々に、正直驚きました。この図書室を作った人となら、長い話が出来そうです。
そんなことを考えながら本を探していると、扉がゆっくりと開き、誰かが入ってきました。
「誰かと思えば、ミラーリュ嬢ではありませんか」
そう言って声をかけてきたのは、宰相のレイールでした。
高齢のレイールがゆっくりと近づいてくるので、私はすぐにそちらに向かい、話を伺うことにしました。
「あなた様も島流しに?」
レイールは私にそう尋ねました。
「ええ。あなたも?」
そう尋ねるとレイールは「王子は悪くないのです」と言って、いきなり話し始めました。
「私たちを助けるために、このような場所を用意してくださったのです」
「それは、どういうことですか?」
「島流しと言うのは、ただの名目です。王子は、私たちに罪が無いことをとっくにご存じです。ただそうしなければ、私たちに危険が及ぶ。それをわかって、こうして逃げる場所を設けてくださったのです」
だからここは楽園なのですね。
それはそうと。
「王子は何故私たちに危険が及ぶと?」
「新しくやって来た者たちがおりましたでしょう? 彼らは様々な手を使って、この国を乗っ取ろうとしているようなのです。私も疑いをかけられ、この地に送られました。ですからよくわからないことも多いのですが、このままではこの国が、王子が危険です」
「それは、どういう意味ですか?」
私はしばらくの間レイールと話を続けました。
新しく来た者たち、私はリーリアのことしか知りませんでしたが、どうやら他にもこの国を乗っ取ろうとしている者がいるようです。
「イスクール殿下は、すべてをご存じです。その上で、私たちを守ろうと、こうして安全な場所を用意してくださったのです」
確かにここは楽園で、安全です。
だけど王子は今もなお、危険の中、彼らと静かな戦いを続けている。だとするなら、何とかして彼を助けなくては。
ですが私が動いても、足手まといにしかならないのかもしれません。
でも。
「お助けしなくては」
私がそう言うと、レイールは外の者からの情報を待つよう言いました。
情報が来るのは明日なので、それまではのんびり過ごすようにとも。
私はいてもたってもいられず、部屋に戻りましたが、何をしたらいいかわからず、とりあえず水着でプールに入って少し気を落ち着けることにしました。
「君はもう必要ない」
そう言ったのは彼の演技だったのだと、すぐに気づけなかった自分を恥じました。
それで本当に婚約者と言えるのかしら? そんなもう一人の自分を黙らせたくて、息を止めて水に潜り込みました。
自己嫌悪でやられている場合ではないのです。
王子を、この国を救う手段を考えなくては。
◆ ◆ ◆
そうして次の日。
レイールが外の者から得てきた情報の中に、王子が2か月後に結婚する、という話がありました。
もちろん相手はリーリアです。
私は考えました。
身に覚えのないこの罪をどうにかしない限り、ここを出ることも危険です。ここにいれば安全な楽園生活が保障される。だけど。
私は王子のことを思いました。
立場上婚約することになった間柄でしたが、好きなものの話、たとえば本や食べ物のこと、そういうことが一致したのもあって、意外にも仲良くなれたのでした。
もしかしたらここの図書室の本は、王子が私のことを考えて選んでくれたものなのかもしれません。そう思ったら合点がいきました。
王子は私のことを、いつも考えてくれる優しい人でした。
私が好きなものや気に入ったものを、何気ない会話や行動の中で気づいて覚えていてくれて、そっとプレゼントしてくれるような、思いやりのある人でもありました。
そんな王子と、「苦手なことは違うので、お互いにカバーできますね」と笑って話したことがあります。
王子はいつも優しくて、それ故に相手に強く出られると、面と向かって主張することが苦手でした。
だから私が、はっきりと言い放って場を荒らす……じゃなくて乱す……じゃなくて、とにかく彼が言いたいことを代わりに主張してみせると、彼はいつも笑ってフォローを入れてくれたものです。
そんな何気ないことばかりが思い出されて、その一つ一つに彼の優しさがあったのだと、私は思い出していました。
彼を助けに行かなければ。
「何か方法は無いのですか?」
私がそう言うと、レイールはすっと紙を手渡しました。
「この者を頼ってみてください。あなた様の助けになるはずです」
私はそれを受け取ると、早速船に乗り込み、島を離れました。
そうして変装をして本土に降り立ち、レイールが紹介してくれた謎の男性を尋ねることにしました。
港町の外れにあるホテルのラウンジに、彼、ティートはいました。
すらりとした体躯に、黒い髪をした利発そうな若い男性。レイールの紹介なので、てっきり年配の男性かと思っていた私は、少し驚きました。
「危険ですよ」
ティートは開口一番そう言いました。
私が何を言うか、すでにわかっているという様子でした。
「ですが……」
「彼らは人間ではありません。関わらず戻った方が良い」
ティートは威圧的にそう言い放ちました。
でも、ここで戻るようなら最初から来ません。だって私は。
「私は王子を守りたいのです」
「何故?」
「守りたいからです」
私ははっきりとそう言い切りました。
「まあ、理由なんて何でもいいです。とにかく危険な相手だということは、わかっているのですね?」
「ええ」
「彼らは魔族です。人間のフリをしていますが、人間ではない。『魔王』を倒しでもしない限り、この国を諦めてはくれません」
そんな話になっているのですね。だとしたら。
「では、魔王を倒しましょう」
「本気で言ってます?」
「本気ですよ。王子を守ると言ったでしょう?」
私の発言に、ティートは楽しそうに笑いました。
「良いでしょう。あなたに何ができるんですか?」
私はしばし考えて。
「私は強くないのですが、強い人たちをよく知っています」
「騎士団はダメですよ。もうとっくに奴らの手中に落ちています」
「いえ、そうではなく」
物理的に強い人たちに、私は心当たりがありました。
私がその人たちのことを話すと、ティートは小さく笑い、「わかりました。彼らと共に魔王を倒しに行きましょう」と言いました。
◆ ◆ ◆
私は「勇者パーティー」という人物たちを知っていました。
彼らと初めて会ったとき、「この世界の魔王を倒すためにやって来た」と語りました。魔王のことなど知られていないこの国では、そんなことを言う人は意味がわからないと、人々は気味悪がりました。そして身分証も持たないため捕まりそうになっていたところを、私たちが保護し、実家でかくまっていたのです。
私は実家に帰って事情を説明しました。
「やっと出番が来た!」
自称勇者のリオンが笑顔で言いました。
「しかし魔王の居場所なんてわかるのですか?」
勇者パーティーの魔法使いコーリオがそう尋ねました。
「まだわかりません」
どうやらティートも知らないようです。
「それじゃあ、倒しようがないじゃないか」
コーリオに言われ、話が暗礁に乗り上げそうになったその時。
「リーリアは、きっと場所を知っていますよね?」
私がそう言うと。
「じゃあそのリーリアって言う人をつければいいわけだ」
盗賊のニーナがそう言って笑いました。
「危険ですよ?」
「慣れてるよ」
そう言ってニーナは、リーリアの後をその特殊なスキルで追い、あるポイントから消えたことを教えてくれました。
「どうやらこの先が魔王のもとに繋がっているようです」
リオンを始めとする勇者パーティー6人とティートは魔王討伐へと向かいました。私もついていこうとしましたが、ひたすらに足手まといだったので、実家に待機することになりました。
私の存在が外に知られれば、大変なことになります。ただでさえ私のせいで、実家は大変な状況にあったのです。私はひっそりと部屋の中で暮らしました。
長い数日が過ぎて、魔王を討伐したということで彼らが帰って来ました。
「無事で良かったです」
「これでこの国に平和が戻るよ」
リオンはそう言って誇らしげに笑みを浮かべました。
◆ ◆ ◆
魔王討伐後、王宮で何やら動きがありました。
リーリアを始めとする数人が、王宮から突然消えたというのです。
私はそれを聞きつけて、ティートたちとともに王宮に乗り込みました。
イスクール王子は私を見るなり、驚きの表情を浮かべました。
「ミラーリュ、どうしてここに?」
「あなたに会いに参りました」
私がそう言うと、イスクール王子は小さく微笑み、私の両手をしっかりと握り締めました。
「無事で良かった……」
ああ、やっぱりこの人は、私が知る優しいあの人なのだと思いました。
「あの時は、ああ言うしかなくて。本当に申し訳なかった」
王子はがっくりと項垂れて言いました。
「わかっています。私を助けるためだったのですよね」
「それでも、あなたを傷つけてしまったことに変わりはない」
「私を守るためにそうしてくれたのでしょう? あなたのおかげで、私たちは無事です」
私のこと、宰相や周囲の人のこと、この国のこと。そうした一つ一つに、王子の配慮があったことは間違いありませんでした。
私たちは魔王を討伐したこと、リーリアたちがこの場を離れたこと、これからどうするかなどを話し合いました。
「まず一番にしないといけないことが」
王子は私の罪が、彼らが作ったものだったということを、広く知らせました。
それでも人々はすぐに信じてはくれなくて、私は日々ちくちくとした嫌な視線を浴びていましたが、あまり気にしていませんでした。私以上に、繊細な王子の方がそのことを気にかけていたぐらいです。
そんなある日、王子に呼び出されました。
夕方、白い花が咲く中庭は、赤い光が輝いていて、王子の金色の髪を赤く照らしていました。
「図々しい話をしても良いか?」
イスクール王子はそんなことを言いました。
「何ですか?」
「もう一度、君と婚約したい」
王子はそう言って、私をじっと見つめました。
「嫌だと言ったら?」
私の言葉に、王子は戸惑った表情を見せました。
「冗談ですよ」
その言葉に、王子は嬉しそうに微笑みました。
「ところで殿下。あの島のことなんですけど」
「良い島だろう?」
「あの島に住んでもいいという条件なら、婚約します」
「それは困ったな」
そんな話を笑いながらして。
優しい王子の笑顔をもう一度見られたことを、私は心から嬉しく思ったのでした。
<終わり>
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