そして元聖女は知らないままに
沙汰を言い渡された翌朝には出発となった。
大聖堂でシイラは祈りを捧げる。旅の無事を祈って。ステンドグラスを通って差し込む朝日がシイラを照らしていた。
「シイラ様……」
話しかけてきたのは、新たな聖女となった少女だった。彼女は真っすぐな瞳で言う。
「わたくし、立派に務めを果たしてみせますわ」
貴族の息女で気位の高い彼女は、年上であるシイラに対しても強気な姿勢を崩さない。どこか挑発的な態度の彼女に、シイラは微笑んだ。
「神の光があなたと共にありますように。……大変だと思うけど、遠くから応援してるわ」
苦行からの解放が約束されたシイラの笑みは、慈愛たっぷりになっていた。
新聖女は思っていた反応と違ったのだろう、口の端をわずかにひきつらせたものの、すぐに口を引き結んだ。
「聖地への巡礼の無事をお祈りいたします。神のご加護がおありならなんてことはないでしょう。ではごきげんよう」
刺々しい口調で言うと、彼女はそのまま歩き去っていった。
「……あの方は相変わらずですねぇ」
背後に控えていたサンは呆れてため息をついた。
「真面目な方だもの。真面目過ぎるから少し心配だけれど」
シイラの言葉は嘘偽りない本音である。
聖女の苦行は、真面目にやればいつかは体を壊してしまうだろう。まして成長期に絶食など大問題だとシイラは思っている。先輩として指導する機会があるならば、つまみ食いの極意を教えたいところだった。
とはいえ、聖女の称号を剥奪され、教会を追い出されるシイラにとってはどうしようもないことである。
「荷物は積み終わりました」
「ありがとう、バッツ」
シイラは礼を言って、大聖堂を後にする。
少し離れている場所に、今までシイラが乗っていたものよりもはるかに粗末な馬車が待っていた。荷台に幌をかけただけの、ほとんど荷馬車のような馬車だ。
見送りの人はいない。当然だ。教会を――ひいては国の人間を騙していた罪で実質追放される身だからだ。
バッツにエスコートされる形で荷台に乗り込んだシイラは目を丸くした。
「あら、これは……どこから?」
シイラもサンもそう荷物は多くない。
が、馬車の中にはいくつもの箱が置いてあった。人数分を上回るクッションも置いてある。外見よりはずっと快適な旅になりそうだ。
馬車が動き出した。
「…………不用品の処分を頼まれまして」
バッツは複雑そうな顔をして言う。しかし箱の中をのぞいてみても、新品の防寒具、靴、保存食、お守り、とどれも不用品とは思えない品揃えだ。
「司祭様から、餞別は禁じられていましたものね」
サンが呟く。
荷台から身を乗り出してシイラは外を見る。神殿が徐々に遠ざかっていく。十年も暮らしていた場所だ。色々な思い出があった。仲良くしていた人もたくさんいた。だがもう戻ってくることはないだろう。
シイラの目に涙が浮かぶ。
「……寂しいけど、ありがたいことね」
「そうですね」
言いながら、サンはシイラの背中に手を添えた。
「でも今後は苦行はしなくていいんですよ」
「それは吉報ね」
シイラは小さく笑った。
神殿は木々にさえぎられて見えなくなった。空は綺麗に晴れ上がっている。鳥の神獣が囀りながら馬車を追い抜いて行った。
「新たな聖女がいるから後の心配もないし、きっと楽しい旅になるわ。二人もいるし」
シイラはにっこりと笑う。
「――私、運がいいもの」
侍女と護衛騎士もうなずく。
ただし楽観的な聖女との内心とは大幅に異なる意味でだったが。
後世に語り継がれる聖女の奇跡の巡幸はこのようにして始まったのだった。