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護衛騎士の事情

 幼いころから周囲に馴染めなかった。

 浮世離れした雰囲気とでもいうのか、バッツの周囲の人は自然と彼との間に線を引き、親しい友人になろうとはしなかった。

 両親は彼を愛していたが、同時にどこか遠慮がちなところがあった。彼が甘えると、少し困った顔をした。

 自分に何か問題があるのだろうか、と長らく悩んでいた。自分が世界の異物ではないのだろうか、と。自身のうちに秘める何かを感じていたし、それが人とは違うような気がしていた。”何か”をずっと自分の内側がずっと求めていた。しかしそれが何かは分からなかった。


 ――誕生日の朝、聖水の泉に身を写せば己がなんであるかがわかる。

 その伝承を聞いた時、自分の内で燻る何かを確かめられると思った。

 七歳の誕生日が近づいた時、家族には短い置手紙を残し、三日かけて離れた村にある聖水の泉に行った。

 体はボロボロだったが、不安と期待がないまぜになったバッツはどこか熱に浮かされたように泉を覗き込んだ。

 泉に映ったのは三対の翡翠色の羽が生えた自分。額には使徒の印が浮かんでいた。絶句して固まっているバッツの背後で息をのむ声が聞こえて振り返った。

「……アグリタ様」

 泉の管理人であった老女は、体を震わせて跪いた。

 その瞬間、バッツの中に自分ではないものの記憶が駆け巡った。

 アグリタ――神の使徒の記憶だ。

 まるで自分が体験したかのような記憶が流れ込んでくる。

 しかし同時に、バッツは首をかしげた。自分は人間の両親から生まれた人間のはずだ。少なくとも、物心ついた時からずっと両親の子として育っていた。

「俺は一体……?」

 突然のことに頭が追い付かないバッツに、老女は丁寧に教えてくれた。


 いわく。神の使徒の中には、人の子に宿るものもいるという。

 使徒としての修行であり、同時に恵みをもたらすに足るかを自分の目で人間と同じ視点で見て確かめるのだそうだ。


「ならば俺は人ではない、と?」

「いいえ。人でもあります。ただ、アグリタ様でもある、ということです」

 老女の言葉にバッツは考えた。

 アグリタは神の使徒の中でも豊穣をもたらす者だ。しかしバッツの周囲を考えるとどうだったかと言えば、特にそれらしき恩恵があった様子はない。

「しかし俺はその力を持ってはいないだろう」

「それはまだあなた様がまだ修行のさなかであるからでしょう」

 老女は言う。

「どうか広く世界をご覧ください。そして多くの人間と出会い、いずれあなた様の権能を揮うにふさわしい人が現れるはずです」

 老女の言葉の意味はよくわからなかったが、バッツは頷いた。

 自分がやるべきことを見つけた気がしたからだ。


 それから彼は広い世界へ出るために剣を取り、齢十四にして傭兵となった。

 命のやり取りの場では、人間の本性を目の当たりにすることも多かった。血の匂い、鉄の味。些細な金ですら発生する裏切り。剣を揮うたびに、人間に対して失望が募った。

 そうして一所に留まらず、あちこちを転々とする日々が続いた。権能を揮う、という感覚もついぞ分からなかった。

 そうして十七歳の時、導かれるようにシイラの元へと辿り着いた。

 聖女。神の愛し子。

 幼いながらに神殿に連れてこられながらも、神に祈ることを好む少女。護衛騎士を任せられた時、その内なる素質に目を瞠った。神に愛されるというのは、その魂の輝きが美しいということだ。そして彼女がまとっているのは、神の慈愛だ。

 この少女が見定めるべき人なのだろうと思った。

 そしてまた、サンとも出会った。

 ハピリーダの娘。聖女の支えとなる者。

 その献身的な働きは、幾たびも人間の醜い本性を見たバッツから見ても健気で胸を打たれるものだった。

 ある時、サンが神殿外部の人間から珍しい果物をもらったことがあった。極上の甘露とも噂される、平民には到底手の届かないような果物だった。

 片手の手のひらよりも小さなそれを、サンは迷いなくシイラに献上した。

 その理由を尋ねると、彼女はこう言った。

「美味しいものですから、召し上がってほしくって。シイラ様にはいつも笑顔でいてほしいのです」

 そのはにかんだ笑みに、バッツは心を持っていかれたのだった。

 その時からだろうか。自分では目に見えない翼が羽ばたき、権能を揮えるようになったのは。


 聖女は奇跡を起こす。アグリタは豊穣をもたらす。そしてハピリーダはそれを増幅する。その三人が揃えば、国全体に豊穣をもたらすことなど容易い。

 シイラが聖女であった十年は、大きな災害もなく、作物も実り、この国にとって非常に平穏な十年だったと言える。

 しかし教会の人間――否、この国の人間はそれが当たり前だと思ってしまった。それゆえに、平和で欲深くなった人間はより大きな富を得ようと暗躍しだしてしまった。

 ――まさかこの粗末な馬車で移動する三人が国を陰から支えているなどと誰も思うまい。

 馬車に乗り込む二人をエスコートしながら、バッツは内心で呆れていた。しかし同時に嬉しくもあった。

 これからは教会が行う関係者への接待やら苦行やら、そういったくだらないことに時間を割く必要もない。自分はサンと聖女とともにあれる。それは間違いなく彼にとって嬉しい出来事だった。

 たとえそれが試練の始まりだと知っていても、だ。


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