聖女の事情
シイラは聖女の仕事自体は嫌いではなかった。ただ苦行は嫌いだった。正直言って意味が分からない。聖力が高まるという話も半信半疑で、奇跡を体験できるのだという話も空腹や睡眠不足からくる幻覚ではないか? と思っている。でも神は信じていた。神に祈るのも好きだ。シイラが神に祈るとき、神もまた彼女に微笑みかけてくれる気がするから。
だから苦行以外の聖女の仕事は真面目にやった。神のためにずっと時間を使えることは幸いだ。ムラッ気は出てしまうが、それでも真面目にやったのだ。
しかし今回、新たな聖女が出てお役目御免となり、内心でシイラはほっとしているところもあった。
実を言うと、シイラは前々から思っていることがあった。
サンこそが真の聖女ではないか? と。
というのも、シイラの奇跡のムラっ気というのは、まさにサンが近くにいるかどうかで変化があるからである。
端的に言えば、サンが近くにいる時は聖力が高まる。
最初は単に、身の回りの世話をしてくれるサンがいることで元気だからではないかと思っていた。
だがしかし、シイラは見てしまったのである。サンが聖獣と会話しているところを。
「明日シイラ様がテロイの山で苦行をなさるの。また断食で今の時期寒いから、きっとお辛い思いをされるわ。あなたたち、何か持って行ってくれない?」
聖獣というのは真っ白い獣のことだ。鳥もいれば狼もいる。神の使徒と呼ばれている貴重な生物であり人語を解すると言われているが、決して人の言うことに従ったりしない。だというのに、サンがそう言った翌日のテロイの山での苦行中、聖獣たちは季節外れの山の幸をどこからか運んできてくれた。また、夜通し祈るシイラに毛の生えた聖獣たちが身を寄せて暖めてくれた。
聖女というのは聖力を持ち、奇跡を起こし神託を授かる。これが聖女の御業でなければなんだというのだ。聖獣と心を通わせているのはもはや神の愛し子といって過言ではない。
もしや、サンが近くにいるときはその愛し子パワーの影響を受けてシイラも調子が良いのではないだろうか。真の聖女はサンではないか、とシイラは思った。
だから、一度サンに聞いたことがある。
「サンは聖女になってみたいと思う?」
するとサンは不思議そうな顔をして首をかしげた。
「思いません。私はシイラ様の侍女になれてよかったと心の底から思います。辞めろって言われるまで辞めませんからね」
そしてくすりと笑う。
「それに私、苦行はしたくありませんし」
「分かるわ」
聖女の苦行は義務である。ひとたび聖女になってしまえばその義務からは逃れられない。
だからシイラはサンの秘密を墓場まで持っていくことにした。そして同時にサンがそばにいてくれる限りは聖女としての務めを果たそうと心に誓ったのである。
ちなみにシイラが聖女の審判が行われるまで一番危機を感じたのは護衛騎士のバッツがサンに懸想していることに気づいた時だった。
バッツはシイラが聖女になった時から護衛騎士となった男だ。もとは身寄りのない流れの傭兵だったらしいが、聖女になりたてのシイラは周囲からそれほど期待されていなかったため、同じく孤児だったサンと流れ者のバッツ、そして今はやめてしまった何人かの平民の下働きがつけられたのである。
身寄りがない中、ほとんどの時間を一緒に過ごしたサンもバッツももはやシイラにとっては家族である。
そしてそのバッツはシイラが見てもわかるほどサンにベタ惚れだった。だがしかし、侍女は結婚退職するパターンが多い。幸か不幸か今はバッツは熱いまなざしでサンを見つめているだけではあるが、そろそろ年齢として行き遅れとなる可能性が出てきたサンに幸せになってほしい思いと、できれば退職してほしくないという思いで板挟みであった。
そんな中での今回の聖地巡礼の旅だ。
サンには申し訳ないが、どうしてもどうしても彼女にはついてきてほしかった。彼女がいれば能力バフ、次に聖獣の助力、そして護衛騎士のバッツが付いてくる。
聖地までの道中、決して安全でもなく賊に襲われる可能性が高い。しかしサンが来てくれるならば確実に腕の立つ護衛であるバッツもついてきてくれるという確信があった。
聖女資格を剝奪され、聖地への巡礼を命じられたこと自体はそれほど悲観していなかった。
なにしろ神への祈りはどこででも捧げられる。シイラが聖女でなくても神は祈りを受け止めてくれる。でもせっかくの機会だから聖地に行きたい。しかしそれはそれとして安全に快適にいきたいので、絶対にサンやバッツと一緒に行きたい。
こうした下心あふれる願いは叶えられ、三人で聖地巡礼に旅立つこととなったのだった。
――やっぱり自分は運がいい。
シイラは胸中で笑った。