8話 目が覚めたらデカい女性に囲まれて生きていくしかない時代
■巨大遺跡構造体コントロール・ルーム
「ザ・マスターが作った遺跡の中央管制室、コントロール・ルームと言えど人間が使うように出来ているのね」
「インターフェイスの調整はプリムがやってくれるから楽よ。ネロとクラウディア、あなた達がいれば半日もいらないでしょう」
「そうね、ちゃっちゃと纏めましょう。クラウディアはそちらのディスプレイ・ブースをお願い」
「あの、それはそうなのですが再生者様にご挨拶はしないでよろしいので?」
「調整が済んでからで構わないとのお達しよ」
そんなこと言ったかな?と思うもののアンジェラがそう伝えているのであればそれに任せてもいいのだろう。ここで目覚めてアンジェラと出会って1日も経っていないが、彼女の指示は的確だ。それに管制である彼女ら、アークⅡとⅣの管制として声を聞いていた彼女らとも対等に話しているので軍隊の階級でいえば上位にいるのだろう。管制官って結構な階級の方だったと思うのですが。
そんな彼女らはフルフェイスのヘルメットを外し、その素顔を露わにしながらこのコントロール・ルームでの作業を続けている。周囲にはヘルメットを装着したままの地球人類と思われる兵士らが荷物を運びこんでいる。プリムとアンジェラが話していたのを聞いたが占拠したというより一時的でも我々がこの遺跡の機能を使えるようにする作業等を行うためだという。
「お話には聞いていましたが、パウチタイプの飲料水には慣れていないとか。こちらのボトルの蓋を開けましょうか?」
「どうしたらいいかな、安全ならそろそろ着替えたいところだし着替えたらボトルの蓋は自分の手で開けられるしね」
「ナンブ様、まだしばらくその服装でお願いします。管制が整い次第安全確保が出来たと言えますので」
「それは仕方がないか、それじゃソニアお願い」
はい、とソニアは水のボトルを取り出すとキャップを外してこちらに飲ませようとしてきた。しかし前回色々な状況に気を取られて咽たもので、今度は自分で出来ると受け取り飲み始める。ヘルメットのバイザーが上がっている状態なのでそのまま喉を潤すように少量口に含む。口内をゆすいでから飲み下した。
バイザーを上げている、素顔を晒しているのは私だけではない。運搬の兵士はそうでもないのだろうが、ここでは気密や酸素の確保が完了しているためかソニアもである。作業中のアンジェラも、管制の二人……ネロとクラウディアもだ。ここでようやく確認できたソニアの素顔、間近にあるのでじっくり見てみるとびっくりするがものすごい美人だ。
騎士と呼ばれた彼女はビスクドールな色白い顔、その瞳も美しく宝玉のよう。またヘルメットのどこにそんな毛量をしまっていたいたのだろうか、やたら長い白銀のポニーテール。それら素敵なお顔がこちらへまっすぐ向けているものだから気恥ずかしくなってしまう。宇宙の時代の女騎士に見つめられると照れる……が、この人は私の脚を押してひき逃げさせていたんだよなという事実がすんと下心を引っ込めてくれる。
それにしても、と目線を逸らして周囲を見ればむずむずと違和感が湧いてくる。宇宙の女騎士が隣にいるからと邪な気分になったわけではない。このコントロール・ルームに蠢く人々を目で追っていたら出てきたのだ。みなさんアンジェラやソニアと同じくピッチリとしたスペース・スーツを着用している。足元はヒールであり、女性的なシルエットが出ているだから彼女らも女性だろう。身の丈もあまり変わらない、つまり2m近いか超すような人々なのだ。
「暫定的な管理機能ならもうすぐ終わりそうね……何か用なら口頭でお願い、管制指示はしていないけど忙しいの」
「申し訳ありません、お待たせしているのは重々承知なのですがインターフェイス構造配置の変換が」
「如何なさいましたか、もしやお腹が空きましたか?りんごとバナナだけでしたし無理もありません」
「いやそういうのではなくてさ、空腹なのは間違いないんだけど」
「接続できる機材のハブ構築が手間取っているのよ。巡洋艦から接続したほうがまだ楽かも」
「そちらのバイパスを使いますか、でもその前に推定の指示書は出した方がよさそうですね」
私がプリムの隣であったり……彼女ら管制官の2人の真後ろや真横から覗き込み始めたものだから、気が散ったのだろう。アークⅣの管制のネロと呼ばれる女性は言葉の通り邪魔をするなと伝えてくる。金髪の目つきからちょっと気を強く出している人だ。一方でアークⅡの管制をしていただろうクラウディア氏はボリュームのある翠の髪を小さくショートのポニーに纏めている。目元には未来的なグラスが装着されているようだ。仕事に集中しているようだが、近くで見に来た私に目線がちょくちょく送られてくる。
「あの……変なことを聞くようで申し訳ないのですが、女性が多い職場なんですね?」
その一言でピタッと彼女らの作業が止まってしまった。クラウディア氏はもちろん、邪魔するなといっていたネロ氏でさえも管理に関する処理の指示を中止してこちらを見てきた。見て来たのだがすぐにアンジェラに顔を向けて声を荒げた。
「ちょっとアンジェラ、あなた承諾したって聞いてたのに説明してないの?」
「非常事態よ、この後予定のレクで説明はするつもりだった。最優先事項は同意を得ること……違う?」
「あまりよい方針とは思えませんが……これ、アークⅣのイリーナ艦長の指示ですか?」
「そんなわけないでしょ!頭が痛いわ……わかった、わかった、私が話す!そうよね、アンジェラは苦手よねこういう話」
宇宙超常存在であるザ・マスターの機材が叩いた程度で壊れるわけないだろ、とばかりに苛立ちをディスプレイ横の壁にぶつけたネロ氏はこちらを見てため息を吐いた。長いため息にも思えたそれが終わると意を決したように口を開き告げてくる。
「女が多い職場じゃない。ここは女だけよ、男はいない。例外であり唯一の男はアナタだけ」
「それは……どういう、ま、まさか男女に分かれて宇宙で戦争をしているのを!?」
「だから説明を省かないで欲しかったのよ!アンジェラ聞いてるの!」
「聞いてるわ、執政官補殿のお話を。続けて」
「あんた後で覚えておきなさいよ!えぇと、そうね。そういうのではない、軍隊は女性の職場なの。とりあえずこれだけ覚えておいて」
「男性はちゃんと社会に存在しています、ただ地球人類の社会は女性が中心の社会となっているもので……」
軍隊と言えば男性の職場である、というのは21世紀では古い考えだろうか。職業選択の自由やジェンダー観もあったろうが、1000年以上先の34世紀からして21世紀の考え方はどれも古いものとしてもいいだろう。だからって女性しかいない偏った形になるだろうか。そんな疑問をそのまま口に出そうとすると、聞かされるだろう相手のネロ氏は渋い顔をして唸っていた。
「迂遠な言い回しはかえって混乱を招くわ。ある程度直接的に話しても大丈夫、短い間だけどそう感じたわ」
「わかった、私の責任で話す。今この場では私が責任は持つし、私がフォローする」
またしても息を吐いたネロ氏。自身の腰に手を当てて考えを整理し、語る言葉を選び終えたのだろう。こちらをまっすぐ見据えて口を開き告げてくる。
「単純に男の数が少ないのよ。21世紀の宇宙怪獣侵攻で大勢死んだの」
それはあまりにもあんまりな話だった。
■
「はい注目。地球に宇宙怪獣がとんでもない数でやってきたのは聞いてるはね?」
「どの程度かは聞いていませんが、まぁ宇宙怪獣のせいで地球が壊滅したのは……」
「規模は今さておく。1000年以上前の事だから歴史の授業みたいなもんだからしっかりきいて」
作業中断するから、あなたも同伴して聞いてとネロ氏に伝えられたクラウディア氏はげんなりした様子である。彼女と共に軍用の簡素な展開テーブルと椅子を引っ張ってきて着席し、私にも落ち着いて聞くように求めた。私はプリムが浮かせて引きずってきたブロック構造体を椅子にして座り、背筋を伸ばして彼女の講義に耳を傾ける。
「女が何故多いか、簡単な説明で済ませるから納得しなくても聞き流して。1000年前の当事者ではないから答えられないことも多いの」
「むしろ当事者は私かぁ……」
「当事者に聞かせるとか私からしても頭痛くなるから、もうそうだったと受け止めて」
「まさか宇宙怪獣の体液や未知のウィルスが男性だけを殺す結果に……」
「21世紀当時では戦闘要員の大半が男性だった。だから惑星規模での熾烈な侵攻でたくさん死んだ。以上」
そうかぁ、そりゃそうかぁとあまりにシンプルな理由にそれ以上言葉が出なかった。21世紀でも軍隊は男社会だろ、と思い出してたら男社会は宇宙怪獣によって崩壊したので女性社会になってると言われたら納得する他がない。なんでもそのまま男性が徴兵されていった結果、女性の兵士が多くなり女性が社会の中心に変わり始めるあたりで救援が来たようだ。
「惑星規模での破壊行為で種族としても危ういところだったと歴史の教科書に記述があります。ネロもですが士官学校で習う内容としてはそうですがなにぶん1000年前、あまり詳しくは取り扱いません……」
「その後の銀河連邦加入の際に社会構造が2回ほどあって地球帝国は今の形になってるわね」
「そこはあまりうまく呑み込めていないのですが、アンジェラ……さんから宇宙と地球の再生が出来るので私を保護しに来たと聞きました。私は地球の再生をすればいいんですよね?」
「まぁ、そうなるわね」
「アークⅡの乗員である私としてはそうですね」
まぁとは何か歯切れが悪いなというネロ氏の返答である。ただ何をどう切り出すか考えあぐねているように見える。クラウディア氏の場合は言う事は言った、という感じでなんともという顔のように見える。隣にいるネロ氏に対して嫌な顔をしている、というわけではないのだが何か同情のような目線を向けているとも思えた。そこで手を上げたのがアンジェラであった。
「先の説明で概ねそれであっている、と言ったのと同じ。有志連合を組んだそれぞれの思惑があるの」
「ははぁアークⅡとアークⅣとはまた別の思惑がある」
「そうね、アークⅡは地球帝国側。地球の復活を頼みたい。アークⅣはまぁ……教導院も含まれるけど」
「銀河教導院としては、破壊された惑星らの復旧を果たしザ・マスターの存在を再び示したいところです」
するっと後ろからソニアがやってきてこちらの話に加わってきた。むしろいつ口を出そうかと伺っていたようにも思えるタイミングの良さだ。なんでも今回の海賊ギルドの襲来のように、こうした創世者のとんでもない遺産を狙った連中は犯罪シンジケートにも存在しているとのことだ。それらに対してこれは恐ろしいことなのだからやめなさい、後継者がいるんですよと示す必要があるような時代になってしまったのだと。
「アークⅣは独立惑星国家の人間で構成されている。地球帝国から独立してはいるが、連邦から未承認の国家なの」
「つまり……つまり、そう。独立惑星国家の頭をやって欲しいのよ。政治的な頭、音頭取りを」
「い、いやいやいや私一般人ですよ。政治家やったことないし、政治運動もやったことがない!どうして私が」
「私が生体サイボーグなのは覚えている?アークⅣの人間も大体そう。そうした出自は参政権を与えられていない、政治参加もね。だから独立してるの。人間扱いされていないから」
「だからってなんで私が……」
「21世紀の市民権を持っている地球人類、そして創世者の後継者という資格もある。これ以上ないほど適材」
アンジェラの言う事はどれも筋は通っている。私がそんな経験も、やりたいかと言われると絶対ノーであるところ以外は。
つまり彼女らは私に壊滅した地球、他にも荒廃した惑星もある。それらを復興だったり再生できる力を振るう資格を受け継いでる。のでやってほしい。さらに独立惑星国家の人々には人間として彼女らをまとめ上げる政治家であったり神輿をやって欲しいと言っているのだ。話がデカすぎないだろうか?確かに2mを超える彼女からすれば私を担ぐのなんて楽だろうけどさ。それにしたって私34世紀の参政権あるのだろうか。
「もっと簡単に考えていただけませんか、ナンブ様。たった一言宇宙の支配者になると言っていただければ騎士としてあなたのために一切合切平定してみせます」
「その危険な騎士の話に耳を傾けないで、教導院の考えではなく一等やばい騎士のお願いだから」
「ネロ、落ち着いたからといってあまり再生者様の前で不和のようなものを見せてしまうのは」
「クラウディアも管制で見てたでしょうけど、こいつは一人で海賊ギルドの攻撃母艦の1つを潰してから構造体に乗り込んで来たヤツよ。こいつがヤバくなくて何がやばくないっていうのよ」
「いいですか。ナンブ様、我が主!あなたが望むならばどのようなことだって出来るのです!宇宙を統一することも不可能ではありません!」
「話を混乱させないで!教導院から招集に関しての話を反故にするつもり!?」
「独立惑星国家側もそのつもりで教導院呼び込んだと見られてもおかしくない発言ですよ、何を考えているんですか!」
「クラウディア、あなたまさか私達がそのつもりで教導院の招集に応じたと!」
「そう見ている者もいるというだけです!現にこうなっているのですから、反論の余地はないでしょう!」
ヒートアップした彼女らがもう軍用簡易テーブルをどけて私の目の前で半ば取っ組み合いみたいになってしまっている。目の前の脅威が落ち着いたものだから気が緩んだのか。何か各々噴出してはいけないものが噴出し始めている気がしてくる、これはまずい。
「まってください、まって、ステイ!ステイ!座ってください、座って!!」
これはまずいと勢いだけで恐竜映画で小型恐竜を止めるような姿勢でストップをかけてしまった。図らずも今、私は映画の主役の彼のような気分を体感している。これで止められなかったら……2m以上ある女性陣に潰されてしまうかもしれない予感。それに立ち向かう気迫や気概、それを奮い立たせなければ止められないのだろうなという謎の実感。興奮して立ち上がった席からとにかく座るように頼みこまねば、話が進まないどころかここで戦い始まりかねない剣呑さがあったのだから。
「みなさんの強い期待はわかりました、わかりましたから一度落ち着いて状況を整理させてください!」