7話 デカい構造体のデカいコントロール・ルーム
「正式な資格者が目の前に来たのです。危険がなければ扉が開かれるのも当然でございます」
「そうかな……そうかも……」
「状況が改善されていないのは変わっていないのだから早く入ってくれないかしら」
「まず再生者であるナンブ様に入っていただきませんと、我々としても箸を踏み入れるわけには……」
巨大遺跡構造体の中枢であるコントロール・ルーム。そこの手前のエントランス・ホールでは先程まで海賊ギルドの兵隊、その精鋭らしき軍団との戦いが行われていた。いた、というのは過去形でアンジェラとソニアにより大方排除された。加えてその頭とも呼べそうなバトルアックスを振り回す巨漢の兵士は構造体の移動を使った落とし穴で宇宙の彼方に飛んで行ったし、リアクター爆弾と呼ばれるとんでもないものもどっかに飛んで行った。
つまり安全になったのだから、目的地に入らなければならない。巨大構造体のすべての機能を掌握し、いまだに襲い掛かる海賊ギルドの軍勢を押しのけるにはこの施設の力が必要なのだ。それを行使できる資格者である私が踏み込むことで、まず全てが始まるのだろうが……扉の先がこれまた暗い。うすぼんやりとした明りは見えるのだが、はよ行けと急かされても足踏みしてしまいそうな暗闇があると気が引けてしまう。
「守護天使、アンジェラ!聞こえる!そろそろ格納庫が機能しなくなる、まだならタイタンを外に放り出すしかないのだけど!」
「アークⅣ管制ネロ、聞こえている。今コントロール・ルームよ。艦長や航空隊にも繋いで、もう終わるわ」
「了解、みんな!聞こえているわね!あと少し、直掩と迎撃に集中して!」
「よし、行こう!はやく制御を完全にしないと!もう一隻の船があぶない!」
「えぇその通りです。牽引ロープは掴んだままで構いませんから、承認を受けるために入出してください」
ちょうど入ってきたアークⅣ……あの巡洋艦アークⅡと同じ形式の艦船だろうか。そこの管制からの切羽つまった連絡で背中を押されたことでようやく踏み込む意志が固まってくれた。いくぞ、と足を踏み入れるが心細さの無意識な現れなのか明りが欲しいからなのかはなんとも。プリムと繋がったままの牽引ロープを掴みながら足を進めた。
なんで怖気づいたかといえば、進む先が真っ暗にも近いものであるからである。駆け込むようなことは出来ないという警戒心があったからだ。暗い所が怖いわけではない。ヘルメットに映し出される映像は、暗闇の中に確かにフレーム・シルエットがあるのだからどこに何がありそうなのはわかるのだ。それでもぶつからないぜ、という自身がなかったのが情けない。結構に配置物があったり、段差がそこかしこにあるのだ。本当にコントロール・ルームなんてところなのか?そういわけで宇宙服を着用して1日も過ごしていない私は、転んで頭を打つ可能性が大いになるのだ。
「サブコントロール・ルームからのでナンブ様から継承の承認は既に得ています。これから再起動をかけますので、ご準備を」
「ネロ、聞こえる?これから再起動をかけるようだから注意。防壁や防衛装置の起動はまだよ」
「再起動します」
■巨大構造体コントロール・ルーム
ブゥーンという音がなったかは定かではないが、そう聞こえてもおかしくはないヴィジュアルが見えた。薄暗い空間にフレームだけ浮いていたヘルメットの映像視覚にも緩やかに明りが灯されていく。方々で順繰りに、だが床面である下から順に広がる様に明るくなっていく。壁面はただの壁と思いきや、ここを中心とするためか構造体の周囲を写すようなモニターと化していく。
全周囲を映し出したそれには、単独で戦いつつも航空機を繰り出している巡洋艦が見えた。海賊ギルドの航空機や、砲撃を行う艦船も。すると静寂に包まれていたコントロール・ルームに音声がやたらめったら入ってくる。アンジェラやプリムを通してではなくここを中央とする司令部になったように。
「こちらアークⅡ管制。戦術情報処理領域が拡大しました。アークⅣの援護が可能と出ているのですが」
「こちらアンジェラ、申し訳ないけどここの機能を把握している時間はないわ。補助はこっちでやるから、そっちはそっちで進めて。ネロそっちはどう?」
「航空隊の受け入れ可能ってどういうことなの?今までの戦闘記録の共有をして欲しいのだけれど」
「ソニアです。構造体の一部を任意に構築してこちらのサポートに回していただけるようです」
「ナンブ様こちらへ、こちらのほうがわかりやすいでしょう」
何某かの機械を内蔵したテーブル、管制室のデスクのようなところに手をついて答えていくアンジェラやソニアを見ていたがプリムから別にやることがあると話されて振り向けばずいぶんと大きい光源があった。いや光源ではなく巨大な立体投影マップだ。スマートウォッチに映し出されていたものよりずっと大きい。これの縮小版を私は見ていたのだろう。
これこそがコントロール・ルームで表示される情報の中心ともいえるぐらいに存在感を放っていた。その周囲には赤い光点がまだ散在していたり、内包されているアークⅡの青い光点や外にでて戦っているアークⅣの光点も見える。
「構造体や宙域のポイントを指示し構造体を動かすことで物理的な支援が可能です。もちろんバリアーを展開することも可能ですが、現在の戦術状況から考えると味方航空隊に被害を出しかねません」
「それじゃ内部の掃討が終わっているのだから、内部にアークⅣと航空隊を招いてバリアーを展開するのがいいのか」
「はい。アークⅡに隣接したエリアに巡洋艦ドックのスペースを空けてそちらに招くのがよろしいかと」
「聞こえたアークⅣ?進路予定座標が転送されるからそちらに従って。航空隊もアークⅣを完全に収容した後に再展開するかは決める」
「了解、ようやくね。現在出ている航空隊はすべてアークⅣの直掩へ。航路は巨大構造体の巡洋艦ドック!」
「アークⅡ、援護の砲撃を開始します。航空隊は着艦に危険があるので管制指示は引き続きアークⅣに従ってください」
「こちらパープル中隊、飛べないやつはどこに降りればいい?構造体に降りれないか」
「緊急要請としてドック上部のスペースを開放します。また構造体の一部を物理防壁として展開、注意を」
立体投影のエリアマップに追加で表示される航路予定のライン。それらに間に合うように構造体の口を開けるように頼むと、滑らかな立体パズルのように開かられて……巡洋艦を迎え入れる準備が出来ていく。一方でそれらを目指せばいいというわかりやすさと、それを目指すだろう巡洋艦という目標を狙って海賊ギルドの航空隊が攻撃を仕掛けていくがアークⅡの砲撃がそれを阻まんと熾烈な抵抗を続けているのが見えた。
巡洋艦2隻の対空砲火だけではなく、こちらから知らされている防壁用構造体がせり出す軌道という障害物もある。有志連合の航空隊はそれらの展開を知らされているのでギリギリで回避起機動が取れるのだが、追跡していた海賊ギルドの航空機は避けられず衝突して爆発していく。その光景を見て思い出すのは決戦として航空部隊で宇宙要塞に攻め込む映画。
あの要塞攻略戦で進路上に物体が阻むように銃座等があるが、それがなくとも湧いて出てくる障害物が動くとすれば、相当な腕前でないと生き残れないのだろう。投影マップのデータではどんどん航空隊が数的な有利になり、離れようとする海賊ギルドの航空機は対空砲火にハチの巣にされたりで宇宙に散っていく。
巡洋艦であるアークⅡの収容等はあったが、構造体を自由に出来る状況になった今だからこそだろう。防衛拠点の装備を行使できるという大きな味方がついたからか、戦況が一変したように見えた。敵勢力の数を大きくそぎ落としていく様子を眺めていくと巨大な立体投影マップにまたラインが増えた。
構造体を囲うようなラインがちょうど十字に中心部を切るように、だ。補足するように点滅するバリアー範囲という文字が読めたもので、そろそろ展開してほしいところなのだろう。巡洋艦がドックに入るかどうかというところでアンジェラが私を名前を呼ぶものでタイミングが今なのだろう、指示の声を出した。
「バリアー、展開!」
「バリアー展開。航空機着陸用エリアの構築も完了を確認。管制を有志連合艦隊に譲渡」
「こちらアークⅡ、着陸が必要な航空機はこちらで誘導します。パープル中隊から着陸を」
「アークⅣ、受け入れに感謝する。こちらでもバリアーの展開を確認している。敵航空機の破壊も!」
「見てください、展開内部の脱出しようとする航空隊がバリアーに挟まれて爆発しています」
「あとはコレクターだけ、といっても引き上げるでしょうねこのままなら」
バリアーが展開されたのを味方はすべて確認できたのだろう。展開内部の残敵排除や構造体で構築された着陸エリア、滑走路のようなスペースに降り立っていく。巡洋艦のアークⅡは既に管制のみに集中しているのか周囲への警戒をという声が聞こえている。アークⅣは巡洋艦ドックへの進路を進みつつ、バリアー展開範囲外の残る敵の観測を続けているようだ。
といっても範囲外に残るのは少量、アンジェラからの話では3隻の航空母艦と11隻の巡洋艦。その中でも趣味の悪いムラサキとモスグリーンの巡洋艦はデリガットの船だとのことだ。海賊ギルドの密輸部門の幹部、デリガットの船。顔を合わせることはなかったがこの戦いで敵対していた相手の頭であり切っ掛け。このまま無事逃げられるというのはあまりよく思えなかったがどうすることもできないだろう。ここまでしてくる相手……逃がしてしまってはこの後に何度も艦隊を派遣されるかもしれないというのは不安が残る。
「既に跳躍機動を取りつつあるわね。再起動した直後では巡洋艦相手に攻撃は不可能?」
「構造体の機能を使っての攻撃は現時点では不可能です。対艦艇攻撃用にあまり現実的な手段ではありませんね」
「そう……わかった。今回は諦めるけど次回はあの首に掛けられた賞金をいただきましょう」
「ご安心ください。今回は敵勢力が宙域にまで広がっていたが故の、です。我々がいれば勝ちます。教導院の騎士として……あの首のない頭を切り取ってかならずやナンブ様の前に」
「いやそこまではしなくても……とにかく脅威は去った、ということでいいのかな」
「えぇ、最良の結果です。襲撃の首謀者である存在も排除できるでしょうから」
うん?攻撃できないのでは?という私の返事に同意するようにアンジェラもソニアも怪訝な顔をしたその瞬間。モニターに映し出される落ち着き始めていた宇宙の暗闇に、一等まばゆい光が花開いたのだ。
■海賊ギルド密輸部門招集艦隊旗艦
そのほんの少し前。ナンブらが観測した紫と深い緑のカラーリングを施された巨大イモムシのような巡洋艦。そのブリッジに蠢くのもまた巨大イモムシのような地球外の異星人。潰れた巨体でありながら海賊ギルドの密輸部門幹部であるデリガット・バフムは幾本もある短足を蠢かせ側仕えのドロイドに撤退の指示をしていた。
「わかっております。今回の責任はえぇ、はい。もちろんあの兵隊どもですとも。次は必ず、はい」
「ギルド内でも対応が固まるでしょう。次回の遠征までには時間が空いてしまう問題は最もです」
「ですからデリガット様は速さを尊ばれたというのにせっかくのチャンスを無駄にするとは、いやはや」
「撤退信号出しました。空母含め跳躍のための軌道に乗せます」
「よろしい、丁寧にやりなさい。デリガット様の船をお預かりしていることを忘れるでないぞ」
側仕えのドロイドが偉そうに指示を行い、艦隊の撤収準備を整える。デリガットがその場で用意できる財や預けてあるものですらチラつかせて集めた軍勢であったが急場で構築したのがよくなかった。海賊ギルドの兵隊部門お得意の強襲的な作戦は土壇場で足並みが揃わず崩されてしまった。
宇宙の創世者であるザ・マスターの後継者を確保できなかったのはあまりに口惜しいが、あの巨大遺跡構造体の管理権限が完全に継承されたをバリアー展開という状況で見てしまった。今までに見ないバリアー障壁の密度と波長から現段階の戦力や……果てはギルドの大首領親衛隊の戦力でも突破は難しいことが観測予想として出ている。
「各艦に通達せよ、跳躍先は中継惑星。そこで残りの報奨金を支払う!当初の目的を果たせはしなかったが満額を支払うデリガット様の恩情に感謝するがいい」
海賊ギルドは宇宙の犯罪シンジケートである。そのため面子や体面というのが非常に重視される。失敗したから前金だけな、というよりも失敗しても満額払うし団体に所属してるなら補償金ぐらいは出すぞと語るほうが気前もいいし立場もよくなる。
何よりも他の幹部を出し抜いてでも確保に向かうのならばそれぐらいの出費は必要になるのだ。また自分はこうして金を積めるだけ積んで人を呼び求め、それでも阻まれたというような存在。あの再生者の価値はこの戦いが怒ったという事実だけでも海賊ギルド内部で跳ね上がる。いつか自分がこの手に収められる日の価値はいかほどになるか、考えただけでもこの後の財産管理の気だるさが吹き飛ぶ。
「デリガット様!浮遊物が一定の速度で接近しています!熱量なし!これは!」
「騒がしいですよ、騒がしいのは何よりよろしくない!先に捕獲した獲物が怖がって暴れるから常々やめろと」
飛来物がごん、と当たる音を聞いた艦橋のクルーとドロイドは言葉が出なかった。その飛来物が当たったのは艦橋に開かれた監視用の窓。そこから見えたもののシルエットが何か、ここにいる者は皆知っていた。なぜなら兵隊長の頼みでこの巡洋艦にある在庫を細工してから運び込ませたものだから。
「リアクター爆弾!」
■
「敵旗艦の消滅、合図をみたのか空母3隻と巡洋艦10隻も離脱していきます」
「やるわね。これも構造体の軌道計算処理性能を見せるため?」
「えぇもちろんですとも。ナンブ様からリアクター爆弾を最良のルートで射出しろと指示を受けましたので」
「船が消滅するの!あれで!?あんなものがここの前に置かれていたの!?」
望遠映像に映し出されたまばゆい光。そこの中心点にあった巡洋艦は消え去っており、いっとう輝く光が残っている。まるで暗闇を照らす照明弾のよう。何が起きたか判断に迷ったのだろうが、続々と残存戦力の空母らは消えていった。完全に撤退したのだろう。バリアー内の敵も殲滅されたという連絡が入ってきているし。
「あ、あんなのを内側で爆発させても無傷でいられるって予想は……本当なの?」
「教導院の調査でも過去にそういった破壊兵器を使った強行的な墓暴きがあったと聞きますが、成功はしなかったと聞いています。無論そのような者達は異端として破門されましたが……」
「ですがナンブ様やアンジェラ達、有志連合は違います。被害を受ける可能性は十分ありましたので。そのためこのように敵排除に活用させていただきました。承認いただきありがとうございます」
「そりゃ承認したのは私だけどこうなるとは……」
「終わったことはさておいて、これからのことを話しましょう。我々は勝ったの」
「聞こえているわよアンジェラ。こちらアークⅣ管制、とっとと勝利宣言してくれないと落ち着かないわ」
「アークⅡ管制。負傷者の収容と航空隊の着陸が全て終わりました。現段階の状況の判断と共有とお願いします」
「ほらナンブ、言ってあげて。プリムもそれでいいでしょう」
「再生者様のお言葉、是非ちょうだいしたく」
投影マップには赤い点はない。全て青い点しか残らず、完全に制圧が終わり防衛は成功。勝利したと言ってもいいのだろう。ならこの中でアンジェラが一番にそれらしいのだから彼女が言えばいいのだろう、と思ったら先に言われてしまった。私がここの一番の管理権限を持っているらしい、のは微妙にわかりくいのでさておいても凶悪そうな海賊ギルドから守ってもらったのだ。そうしたことのお礼とも合わせて言えば十分状況の区切りとなるのだろうか。
「再生者と呼ばれているナンブです。みなさんのおかげで海賊ギルドからこの身とこの場所を守ることが出来ました。今はただ感謝の言葉を、ありがとう!」
コントロール・ルームで方々のネットワークが繋がっているが故だろう。どこからも、どこの部署からもわからないが歓声が聞こえてきた。喜びの言葉、涙声まで聞こえる。いいシーンだ、感動的だ!万歳!と言っていいのかわからないまま宣言したがこれでよかったのだろうか。アンジェラはまぁまぁねという具合で頷いているが、プリムやソニアは深く感銘を受けたように頷いている。なぜだろうか。
それが明らかになったのは……この少し後、有志連合の艦隊からクルーを呼び込んだ時だった。