4話 宇宙の騎士はデカい女性だった
「銀河教導院からあなたをお迎えに来ました、ソニアと申します」
「は、はぁ……それはどうも」
「クラウディア、聞こえる?トラッカーからもわかるでしょうけどエリア内の掃討は完了したわ。宙域側の迎撃に注力して」
「見えています守護天使。ただアークⅡの航空隊はアークⅣの直掩に向かわせていますが、まだ状況が改善されているわけではありません」
「わかっている。このままソニアと共にコントロール・ルームを目指すわ。車両を1台でもいいから下ろしてくれない?」
静まり返った空間。メタリックなヒールの音をゆっくり鳴らしてこちらに歩み寄ってきた女性。これまた長身でアンジェラよりも頭1つ分背が高いのではないだろうか。34世紀では女性のデカさがインフレを始めているのか?そんな彼女が先程まで振り回していた光る剣を収め、目の前にまで来れば恭しくこちらに一礼し挨拶をしてきた。
彼女にそれはどうも、なんて腑抜けた返事しか出ないのも無理はないのではないか。全長1kmほどある宇宙戦艦を収容するために開けられたエリア。巨大構造体の一部のエリアでは海賊ギルドという宇宙犯罪シンジケートの悪党が接弦してきたアークⅡを破壊するため集まってきた上に、対艦艇用だかの砲台を並べていたのだ。
我々……2mほど背のある女性兵士アンジェラと、この遺跡のガーディアン・ユニットを率いて掃討していたところに現れたのが彼女。巡洋艦を目印にすれば艦首側、我々がいる艦尾側の反対にいきなり航空機で乗り付けてきて光る剣を振り回していた。一方的に振るわれる光る剣という閃光の暴風により、艦首側に配置されていた砲台も海賊も綺麗に始末されてしまったのだ。前門の虎、後門の龍ともいえる挟まれ具合についぞ海賊ギルドの兵士たちは一人の殺らず殲滅されてしまった。あっという間にだ。
「アークⅡで現在提供できるのでしたら銃座が付いているものがあります。車両輸送ドローンでハンガーから出しますので、受け取ってください」
「それで充分よ。このエリアの護衛には……プリム、ガーディアン・ユニットの展開は?」
「ここは弄りすぎたので、ここから出すのは不自由します。戦力が十分であればコング・チームを置いていくのが最適でしょう。ナンブ様、如何でしょう彼らにここの迎撃行動を任せては」
となると私と紐で繋がっているプリムはさておき。アンジェラとソニアの二人だけでコントロール・ルームの奪還は可能なのだろうか?アンジェラの反応を伺おうとすると……そんな不安な顔をバイザー越しに見せてしまったからだろう。横合いからソニアが申し出てくる。そんな心配はないと。
「私一人でも問題ないぐらいです。そこにアンジェラもいるのであれば、この構造体の制圧などそう時間はかからないでしょう」
「まぁそれもそうね。ガーディアン・ユニットはいいとして武器弾薬の補給は問題ない?」
「マップを見れば大丈夫そうだ。そこのブロック構造体から呼び出せそう」
ちょうどソニアの隣あたりだろう。ここでヨシ、と指を差すを床からウェポン・クローゼットがせり上がってくる。その中にはアンジェラの希望しているだろうバトルライフルとその弾薬、ピストルが収められていた。慣れたようにそれらを受け取るアンジェラの一方で、ソニアは近くに出てきたから驚いたのだろう。ここではこういうものが出来るのか、と頷きながら眺めていた。
「巡洋艦ドックを構築して掃討したのだから小休止しておきましょう」
「こんなことをしている場合か、と言われそうだけどずっと話していたから喉が渇いて……」
「では水のボトルを出しましょう。パウチタイプは経験がないのではありませんか」
りんごとバナナを食べていた時のように小休止を挟むようだ、と適当なブロック構造に腰掛けるとプリムがまたしても浮遊体のボディから水のボトルをするっと出してきた。どういうわけかエリアの減圧やら空気の補充というものが終わっているのだろう。ヘルメットのバイザーを上げる許可が出たもので、私はもう驚かないぞと受け取って開けようとした。
したが宇宙服の手では開けられないもので空転させていたところ、ソニアが私の手をとりボトルを掴む。彼女もまたピッチリとしたスペース・スーツであるがためか手先がうまく動かせないことはない。むしろ親指を滑らせるだけでボトルの口を開けると、私の口につけて飲むように促してくる。傍から見るとヤギに乳を与える飼育員のように映るかもしれない。どうなんだこれは、とアンジェラを見ようにもアンジェラはアークⅡから出てきた輸送ドローンの誘導を行っている。
「アークⅡ、補給と小休止が終わり次第コントロール・ルームに向かう。コング・チームについて説明は必要?」
「いいえ、話は聞いていました。現在管理権限者から許可が下りたことを確認。スペックは今同期させ確認していますが……完全自立しているので、迎撃行動と任せればそれで充分のようですね」
「これでだいぶ余裕が出来るはず。あとは任せて、こんなのすぐよ」
誘導が終わったのだろうか。あの両翼を可変させるヘリみたいな、ティルトローター方式のような輸送ドローンが降りてくるとそのまますとんと軍用車両を下ろしてきた。機関銃の銃座が付いている、オープントップの四輪駆動のようなヤツだ。横目で追っていて、おぉと驚いたためか……ソニアから注がれる水が鼻に入って咽てしまったのは私の不注意。
■
「無線のみで失礼、アークⅡの艦長であるカタリナです。再生者様にはここへの接弦許可と防衛していただきました。まず感謝を、最悪この艦を自爆させてでも海賊ギルドを吹き飛ばすつもりでしたから」
「私は許可を出しただけです。実際に動いてくれたのは構造体を変形させてくれたプリム、迎撃してくれたアンジェラさんやソニアさん達のお陰です。あとコング・チームでしょうか」
「クルー一同命を繋げられました。それに応えたいところですが、車両1両のみ供出となってしまったのは……」
「十分よカタリナ艦長。それよりアークⅣの戦術処理サポートを、ネロだけでは厳しいでしょ」
情けないことに水びしゃびしゃになった顔をソニアに拭いてもらった私筆頭……筆頭でいいのか?4人は軍用車両に集合。それぞれの位置はここだよって具合に機関銃の銃座にアンジェラ。助手席にソニア、運転席に私が座らせられている。えっ運転は俺がやるの?って具合に横を見るとヘルメット越しにでもわかる笑顔でソニアはこちらを見ている。アンジェラはどうだ、と思えば機関銃をガチャガチャ弄っている。プリムは?車外の隣に浮いている。何かいってほしい。
「クラウディア?聞こえる?こちらアークⅣ管制のネロ。話の通り、聞こえていたなら戦術情報の処理を繋げて!アークⅡは巡洋空母だからいいんでしょうけどこっちはタイタン搭載型なのよ!扱う航空隊が想定より多いの!減らしたいわけじゃないでしょ!?」
「遅れましたアークⅣ管制。構造体を中継させる許可をもらいましたので再構築処理に時間がかかっていました。連携させます。バーミリオン中隊が攻撃機対処に専念させます」
「こちらバーミリオン中隊了解!数は減っているのは確認できている、終わりが見えてきたな!」
この車両、左ハンドルなのは確認できたがマニュアル車ではないんだよな?とかクラッチはないけどブレーキとアクセルはこの辺りでシフトレバーはここか?とかメーター確認とかミラー確認やカーオーディオの位置を確認してると、真上にあるリア位置のバーフレームがバンバン叩かれる。とっとと出せということかな?ご無体な……
「聞こえているでしょうけど、状況は優勢に傾いているけど余裕はない。このまま構造体に侵入してきた海賊ギルドの兵士を車両で移動しながら排除する必要があるわ」
「う、運転を私がやるのは無謀じゃないか。確かに私は免許持っていたけど34世紀の車両を運転したことは」
「みなさんご安心ください。ナンブ様は21世紀で優良ドライバーの証拠、ゴールド免許の保持者です」
これまた水のボトルと同じ。プリムが私の運転免許証を出すとダッシュボードにぬるっと置いた。右隣にいるソニアはおぉと驚くがわかっているのだろうか?外車の運転の経験なんてないんですよ。軍用車両のアクセルの踏み具合や遊びも全然違う乗り慣れない車で運転をしろなんて無茶を……とアンジェラを見上げようとしたが、彼女は彼女で銃座から降りるつもりはないとばかりにまたバーを叩く。わかった、わかりましたよとハンドルの10時と2時のあたりを握るしかなかった。もういい、この車のハンドルを握るのは俺だ!
「ぶつけても知りませんからね!もう!プリム、ナビを頼む!」
「了解しました。では指示の通りに走らせてください」
シフトレバーをドライブに入れ、アクセルペダルを踏みこみ軍用車両を発進させた。そこでびっくりしたのは視界に写る表示。ヘルメットのヘッドアップディスプレイ、つまりインターフェイスに速度と指示方向が表示されているじゃないか!これなら運転は楽勝!目的地まで安心安全運転で行ける!
そう思えたのは発進直後までだった。
■
「音楽は如何なさいますか?」
「音楽?!う~ん、シティ・ポップがいいけど34世紀にあるかな?」
「ナンブ様の所持品であるスマートフォンから抽出したものがあります。おかけしましょうか?」
「おぉお願い。ドライブの気分が出てくる、それぐらいは許して」
そんなので気が紛れてくれるのはいいのだけれど、とため息交じりなアンジェラの声が聞こえてきた。これぐらいは大目に見て欲しい。彼女はナビ通りに進む私と違って何やらマップを確認しているので考えることが多いようだ。かといって私に出来ることは運転のみ、彼女が考えるようなことに口を出したり提案するような知識も経験もない。プリムから流れる7~80年代のシティ・ポップを聞きながらハンドルを握っていると、右隣から私の右太腿の辺りに手が伸びてくる。
「運転がお上手ですね、結構な年数を運転されていたのか習熟の慣れを感じます」
「ソ、ソニアさんその……手を、どけていただけませんと運転に支障が……」
「ソニアとお呼びください。あなたは我々銀河教導院が崇めるザ・マスターの後継者であるなら、我が主なのですから」
「そういう方向性の意味ではソニアと私は志を同じくするものでしょう」
21世紀では女性とのそれらしい付き合いが一向になかった私にとって、軍用車両といえど隣の助手席に女性が座っている状態で運転するのは初といっていい。しかもその女性が私の太腿に手を置いている。だがいくら女性的なシルエットを見せるスーツの女性を見ているからといって、私は切羽詰まったこの状況でやましい気持ちを湧き出せるほど下劣ではない。しかし免疫のなさが情けないことに変な緊張を発生させてしまうのだ。
さておいて隣でソニアが語るのは彼女が所属する銀河教導院という組織。宗教組織であり、銀河連邦宇宙にいる人々を誕生させてから導いた宇宙のゴッドな存在。そのとんでもない遺産を恐れ敬っている人たちらしい。彼らの中でも騎士と呼ばれる戦士たちは惑星国家紛争での調停に出たり、このような遺跡を狙うものたちと戦うような存在だとか。
なもので後継者とされる私が目覚めた時に銀河連邦の有志連合結成の中心勢力にもなり、彼女……ソニアが単身派遣されたのだという。彼女が私を敬う理由が(実感と納得はないものの)わかったが故に頷くしかないが、この手はどういうことなのだろうか。まさか宗教組織が女性を使って篭絡しようとしているという方向なのだろうか。
「あ、あのソニアさん。私はその女性と過ごす時間の経験がなかったものでこの手を」
「プリム、ルート提案についてはこの方法が最良だと考えているのだけれど」
「私もそう考えていました。なるほどそれでナンブ様に運転を、えぇ、ではこのままお願いします」
「ソニアもしっかり助手席でサポートして、近いわよ」
「はい、承知していましたので。警戒についてはお任せください」
「えっ何が近いの?ルートこのままでいいのに?減速した方がいい?」
「そのままよ、口はしっかり閉じて」
私の右太ももに置かれたソニアの手のことが少し、忘れてしまうぐらいの話が入ってくる。何が何だろうか、そろそろ敵のいる場所なら逐次戦うので下ろすために減速するべきではないのだろうか。そう聞こうとしたら口閉じろと言われるもので何とも不可解であるし仲間外れにされている気分もでる。まぁ音楽流して遠足気分だったのは空気を緩め過ぎている、そいつに話すことはないと言われても反論はできないが。
その時、構造体の中の構造物が何かズレたような音がした。先の巡洋艦ドックエリアを作った時に近い音が。すると進路上にゴロリと転がってくる物体がある。物体?いやあれは……海賊ギルドの兵士!それが4人ほど道路の上から振ってきたのだ!
「うわっ!なんだ!」
「人間!?」
「まて!避けろ!やめて!」
「ブ、ブレーキ!」
「そのままですよ、そのまま」
アクセルペダルに乗せていた右足をブレーキペダルに動かそうとしても動かない。驚いて足を見るとソニアの手が強く置かれている。彼女のその手がアクセルを踏み込むように強く押し込まれていたのだ。あぁと思った時にはもう遅い。フロントを見ると4人の海賊兵士を引いた衝撃が伝わった!
「ひ、人を轢いてしまった!」
「まず最初のを始末出来たわね。続けていくわよ、ルートそのまま」
「続けて?続けるって?ルートってまさか!?」
「えぇ、構造体を移動させ私達の進路上に敵を転がす、そして車両で轢いていく……移動と敵排除を両立させた戦術よ」
「そんな連続ひき逃げ、戦術っていわないのでは!?ソニア、ソニアさん手をどけて!人身事故が今!」
「まだまだ始まったばかりですよ、さぁどんどん速度を上げていきましょう!」
どうして私なのか、銃座にいるアンジェラ氏ではなくソニア氏が手が空いているのになぜ私に海賊ギルドの兵士を轢かせるのか。その答えはコントロール・ルーム前のエリアに着いたところまで説明はされなかった。その頃には構造体内部、立体投影マップに写る赤い光点がほぼ消滅していたのだったが。
「ゴールド免許が!失効しちゃうよッ!!!」
「そんなもの、とっくに失効してるわよ」
tips
バトルライフル:歩兵用小銃の中で口径が比較的大きいものを参考にしている。構造体製。
21世紀に所持していたゴールド免許:当然34世紀には失効している。