3話 デカい宇宙の船
「ネロ?こちら守護天使、聞こえているわ。通信ネットワークの構築が始まっているようだし、アークⅡと繋ぎ状況を教えて」
「ちょっと途中を省かないでちゃんと応えて、管理者とは接触できたの?データ転送は続けるけどセキュリティは大丈夫なのよね、暗号コードは変換中なのだけれど」
「管理者並びに再生者の確保は完了、ただサブコントロール・ルームでの受領だった。完全に管理権限を習得できていない状況ってところよ」
「海賊ギルドの連中さえ出てこなければこんな面倒なことには……」
どういう話だろうか、とアンジェラの顔を伺うとプリムがスマートウォッチの立体投影マップを確認するように促してくる。巨大ジャングルジムのような姿のフレーム・マップ、その外からこの音声は入ってきているようだ。よく見ると青い点、アンジェラやプリムからみて味方の勢力……有志連合の船だ。
大きな光点が2つ、そのうちのアークⅣと書かれているものからこの音声が。そしてもう一方、注視するように明滅する光点はアークⅡと出ている。この……艦船が危険なことを示しているようだ。私を助けにきた船であるのだ、どうにかできないのかとプリムを見れば同時にアンジェラも投影マップを見てくる。そしてアークⅡという艦船を表す光点の先にある構造体のエリアを指さすのだ。
「プリム、構造体に巡洋艦1隻を接弦させるスペースを作ることは可能?変形機能の一部を使えばできそうじゃない?」
「構造を一部変形させて仮設ドックをつくりましょう。今から開きますので、誘導を行いますか」
「聞こえたでしょうネロ。アークⅡの管制と艦長に伝えて、強制接弦して格納したほうがいい。このまま海賊ギルドの航空隊に寄ってたかって餌にされるよりは防衛に切り替えたほうが勝算はある」
「ちょっと待って、構造体内部見取り図の同期が出来たけど……まだ連中こんなにいるじゃない。大丈夫なの!?」
「問題ないわ、周囲を掃除しつつ受け入れ中も迎撃する」
どこまでマップの同期とやらをしているのかはわからない。だがアンジェラがマップを指でなぞっていくと道筋のようなものが描かれていく。それも通信相手……ネロと呼ばれる女性の伝わっているのだろうか。接弦予定場所の周囲の赤い点を塗りつぶす様に移動予定図が作られていく。
もう片方の手ではそろそろ出発するから仲間を呼んでくれ、というようにゴリラみたいなガーディアン・ユニットを指さす。私は返事もそこそこに両手を上げて手を振り、こちらに来るように伝えると了承したのかどすどすと重量感のある足音を響かせてやってきてくれた。呼べば来てくれるゴリラロボット、頼もしい。
「補給の面も解決したことを伝えるわ、十分に武器弾薬を用意できるから出来ることなの。再生者の承認は得ている、そうよね」
「はい。こちらの権限で可能な限りになってしまうようですが、アンジェラさんと共に接弦予定地周辺の安全を確保します。その後にメインのコントロール・ルームを目指そうかと」
「え、えぇ?そうね。それじゃ急いで。メインの方の確保を急いでほしいところ……ここでアークⅡが沈むのは避けたいの。アンジェラをサポートしてあげて……えぇと」
「ナンブです、ナンブ=ケンゴです。よろしくネロさん」
「わかった、わかりました。アークⅡとの管制と艦長に繋ぐから、あとはお願い。わかっていると思うけどアークⅡが接弦するとアークⅣへの攻撃が強くなる。接弦後はなるべく早くメインに到達して、防衛機能を掌握して」
頷くとガーディアン・ユニットらが補給物資である武装を抱えて歩き始める。アンジェラを先頭にし、この巨大構造体を掌握せんとする海賊ギルドの兵士たちを排除するために出撃するのだ。
私は当然後ろから、安全な位置で彼らと共にいくわけだ。
頭でっかちの船外活動服でえっちらおっちらと。
それにしても後ろから見るとわかるのだが、ゴリラのガーディアン・ユニットらと同じくらいの背丈であるアンジェラの大きさはどういうことなのだろうか?生体サイボーグってみんな大きいのか?
■
「うおおおおおお無理ぃいいいい!!!!」
「糖分回って元気になったらなったでやかましいわね……クラウディア管制、聞こえてる?」
「アークⅡ管制クラウディア、聞こえています。誘導に沿って侵入する、気を付けて」
「承知の上、掃除することより接弦することだけに注意して!」
ブロック構造体に身を隠す私の隣でアンジェラがレールガンを撃ち放つ。狙撃ではない、砲撃なのだ。対艦にも使えるというその火砲の火力でエネルギー・シールドを貼って防衛拠点を構築しようとしていた海賊ギルドの兵隊らを吹っ飛ばしていく。だがそれでも相手の数がただただ多い。四方八方とはいわないが、視界に写る場所すべてから何かが飛んでくる。
「コ、コング1にコング2!引き続き防御を厚めで!今はアンジェラのサポートを!」
「コング3と4は火力支援!肩の機関砲で弾幕を貼って前線を押し上げて!」
ピポーンという音でも鳴ったようにも見えるビジュアル。ツインアイのゴリラっぽいガーディアン・ユニットのうち2体が巨大な物理質量シールドを構えてアンジェラと共に前進していく。左方では宇宙戦艦だろうアークⅡを迎えるための場所を作るため、この構造体の一部が振動を放ちながら変形し宇宙空間へ口を開けていく。その口から吐き出されるように、海賊ギルドの兵士のいくつかは飛んでいってしまう。
ここは宇宙艦船アークⅡの接弦予定地。私は21世紀でスーパー・ソルジャーではない一般市民だったもので戦争の経験はない。だが映像作品でもここまで過激な戦場は見なかったはずだ。予算の都合があるから早々あるわけない?そんなことはわからない。とにかくそこかしこからくる攻撃をゴリラのガーディアンをコングと呼び事態解決のために指示していく。
指示といっても大まかな作戦概要などアンジェラが考えていくれるので、それに沿った行動をとればいいだけなのだが。それはコングらだけの移動や攻撃指示だけではなく、アンジェラ達が遮蔽物として活用するための遺跡の変形機構を使ってブロック構造体を床や壁から呼び出したりなのだが……こうも攻撃が多ければ軍人さんでもない私はパニックを起こしてもおかしくないのだ。助けて欲しい。これやったけど次はどうすればいい、あれはこうだったがどうすればいいとアンジェラとプリムに逐次聞くぐらいに困惑していた。
「落ち着いてコング・チームの指揮と補給品に壁を出すことに専念して。敵はすべて排除できる、こんだけいるんだからどこに撃ったってあたるのよ?」
「慣れているんですかこんなこと、そこら中こっちに光線ぶっぱなしてくる連中だらけじゃないか!」
「いつものことよ、プラズマネット・グレネードの予備を!」
「うっそだぁ~!」
プリムと共にいくつかの機能承認をしたためだろう。巨大構造体内部の状況を把握できるようになったが故か。このだだっ広いエリアになりつつある空間内部の詳細がくっきりと伝わるようになってきた。ヘルメットに表示もされてくる位置情報、相手がどこにいるかがわかりさえすればアンジェラやコング・チームでの対処も容易くなっていく……のだろうが赤い光点は広さに十分な程に多い。
投影ディスプレイを見ずとも、もう必要だろうとアンジェラの頼んだプラズマネットとやらのグレネード……手りゅう弾の要請を承認すれば、床からせり上がってきたワインセラーのような棚に鎮座された筒を彼女が手に取って投擲。空中で電撃のようなエネルギーが放射され、こちらに向かって来たバレーボールぐらいの大きさの光球が弾けた。なんとも火力がありそうなものが飛んできている。
「ナンブ、気を付けて。マップに投影されていると思うけどそろそろアークⅡが進入コースに入ってくる。コング1でも2でもいいから牽引ロープぐらい装着したほうがいい」
「何かやばい感じ!?船が入って来るだけだよね?」
「マップ見てもわかりにくいけど全長1km程度の戦艦よ、余波で吹っ飛ぶ事態は避けて」
物騒なワインセラーからまたグレネードを引っこ抜いたアンジェラはまた投擲。すると今度は空中ではなく、相手の防衛陣地の1つの中に落ちる。だが何かを防ぐために放射されるわけではなく、陣地を侵略するために投射されたものだ、プラズマ・エネルギーが広がると何かの動力と結びついたのだろう。大爆発を起こす。
「前進!側面の敵は私が叩く!コング・チームを前に出して!」
「コング1と2前進、3と4も前方へ火力集中!あと牽引ロープだして!プリム、結んで!」
「えっちょっとまって艦船の全長が1km!?デカすぎる!だからこんな広くなっているの!?」
「旧式巡洋艦としては普通よ、一々わめかないで!」
「牽引ロープの装着完了。アークⅡのデータに触れましたが地球帝国軍の1世代前の巡洋艦のようです」
「アークⅡの管制クラウディア、十全に用意できたものがこれなのです、お許しください」
「ごめんなさい!世代の話ではなくて大きさの話をしているんです!」
「違いましたか、アークⅡ接弦します!」
うそぉ!と声を出す暇もない。プリムとロープで繋がった私は声がしただろう方向を見ればソリッドなシルエットを持つ艦船がこちらに向かって突き進んでくる。所々煙を吐いているのが不安になるが、それより遠くから確認しても結構大きなサイズのものがこちらに向かって来る恐怖感が焦燥感と混ざり合い吐き出してしまう。
「大丈夫なの、これは!ぶつかる寸前じゃないの!」
「ぶつけながら止める予定なの、プリムは誘導と構造体による保護準備を。ちょっと落ち着いて!落ち着いてコングのオシリにでもしがみ付いて!」
プリムとロープで繋がったままの私はなんとかコング1の尻のあたりにしがみ付くと轟音と衝撃が伝わってくる。先程からそうだったが宇宙で音声が伝わらない、ということはまだ見られない。今は今で全長1kmほどの艦船が強行的に突入してきた衝撃で凄まじい音が鳴り響き、伝わっていくのだから。
構造体パーツの一部が艦船と接触したためだろう。それらが飛ばされ、跳ね返って周辺に暴力として振りまかれていく。こちらに向かって来たのはコング1と2が弾いてくれたが、海賊ギルドの兵士らはそうではない。エネルギー・シールドごとぶち抜くような物理エネルギー、それを一方的に受けてピンボールのように跳ねていったのが見える。暴力の嵐……少々の時間と共に静寂が訪れたかのように思えたが。
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「収まった?だいぶ片付いた?」
「まだよ、残党と敵航空部隊の攻撃が続いている」
「あちらを。対艦船用の砲台を輸送しています。おそらく隔壁を破壊するために運び込んだのでしょう」
「あんなものまで持ち込んで!アークⅡ聞こえる?対空砲座を指定の場所へ向けて!」
「守護天使、無理だ。そちらに届くのは潰されている。そちらから攻撃はできないか」
「やってみるけど期待しないで!数がそれなりにある!」
ヘルメットのバイザーに映し出される映像の一部、そこにはアンジェラの視界やデータと共有されているところがあるようだ。視線をそちらに向けると砲台らしきものを4つ、海賊ギルドの兵士が運び込んでいる姿が見えた。アンジェラがアークⅡへ危機を伝えるような代物だろう。排除するために何か手伝えるものがあるだろうか?コングチームの機関砲でも怪しいし、いまだ残る兵士の相手で手一杯だ。
「レールガンの射程ギリギリ、届くと言えば届くけど数が多い!」
「何か他に有効な武器はないの?プリム、リストは」
「歩兵用は現在提供できるものがありません。それよりこちらに向かって来る航空機が危険です」
「まずい!相手も強襲を仕掛けるつもり!コングチームの迎撃ではまだ間に合わない!」
航空機?と視線を戦艦であるアークⅡの方へ向けるとそうでない影がこのエリアに続々と入り込んできた。ドラム缶に羽が生えたようなものから、飲料カップ容器に推進器を付けたようなのまである。それらが軟着陸なんて甘いものではない、床や壁に激突し転がっていく。転がっていくが、その中からまたも海賊ギルドの手下がまたこれでもか出てくる!
「巡洋艦は動けない!登場口をこじ開けろ!航空隊はこちらにやってくる!砲塔を向けろ!叩きこめ!」
「あの地球人兵士はこちらで叩く!その後はリアクターを使って自爆させるぞ!」
「許可は得ているのか!」
「デリガットの旦那の指示だ!爆発の影響を使ってコントロール・ルームまでぶち抜くんだとさ!」
「キリがない、宙域側の対空網を抜けてきているのね……ネロ、航空隊の支援は!」
「まって援護に向かえそうなのがいないか……いや、大丈夫!もうソニアが向かっ……どうやって?」
「ソニアが?こちらへ……まずい、ナンブ!もう一度伏せて!」
返事をする間もない。また海賊ギルドの航空機が突っ込んできたと思ったら、それはそこらにぶつけて着陸するのではなく。巡洋艦アークⅡに向けられていたあの4門の砲塔のうち1門にぶつけられていた。航空機と砲台が爆発するけたたましい音が響くと、爆炎の中から何かが飛び出した。
「な、なに……あれ……」
飛び出した影はマントを靡かせて、宙を舞い。光る剣を振り回し、砲台の砲身ごと兵士の首を跳ね飛ばした。その光る剣を持つ……彼女、彼女だろう。ちらりと見えた女性的なシルエットの戦士はまたも飛びすさび、砲台を切り裂いて兵士もなます切りにしていく。宇宙で光る剣を振ります戦士のイメージの通り、兵士らの放つ光線を光る剣ではじき返しては打ち据え、砲台と兵士を手あたり次第切り裂いていくのだ。
「銀河教導院から来た宇宙の騎士、ソニアよ」
彼女は爆炎を背に、マントを流してそのまま光る剣で戦場を歩き始めた……
tips
旧地球帝国宇宙海軍巡洋艦アーク級:全長1kmほどある平均的な巡洋艦。4隻が計画変更で再建計画となり組み立てられアークⅡとアークⅣが間に合った。アーク1とアークⅢは人員がおらず別の惑星で組み立て待機中。
アークⅡは航空巡洋艦、アークⅣはタイタン搭載の航空巡洋艦