2話 デカい女性から話されるデカい話
「西暦3378年!?いつ?!」
「西暦3378年は34世紀よ」
「西暦3378年は西暦3378年で?」
「さっきから言ってるじゃない……」
先程まで戦闘があった吹き抜け、橋が交差しているエリアの隣で下ろされた私は同じ言葉を繰り返してしまった。とにかく頭に入ってこない、というかもう声が出しにくい。私の疲労が声色から伝わり始めたのか、アンジェラ氏は私を適当なブロック構造物に横たわせるように置いた。そこでようやく話が始まってくる。
「血糖値を上げましょう。こちらの食糧をお食べください。といってもその服装では食べにくいでしょうから、アンジェラに頼みます」
「そう?まぁいいけど……天然ものじゃない。これもここで栽培しているの?」
「えぇもちろん。そこまでは踏み込ませていませんから全て終わればアンジェラもどうぞ」
「私はこれがあるからいいわ」
浮遊体であるプリムがその体から差し出してきた食べ物。それは……りんご。りんごと、バナナ。遠足でおやつに含まれないと言われそうなラインナップだ。それをアンジェラが受け取ると私の顔に近づけてくるが、ヘルメットのバイザーが下りていることに気づいたのだろう。プリムが頷くとバイザーが上がり、私の頭は解放された。
「こ、ここまでしてもらえれば自分で食べられますよ」
「そう?皮剥けるの?バナナの方?」
「……お願いします」
両手を差し出し、握ったり開いたりするが宇宙服を着用してしまってはバナナの皮を剥くことが出来ない。慣れたらできるのだろうが訓練を受けていないため全くできないのだ、りんごはもう丸かじりでいいのだろうが。出来ないなら言わなければいいのに、というため息の後にバナナを手早く剥いたアンジェラは私の口に突っ込んでくる。
そこまでしてもらえればば後はできる、と両手でバナナを抱えて食べ始めればアンジェラも休息を取りたいのだろう。ため息のような一息と共に、フルフェイスのヘルメットが解放されて彼女の顔が解放された。重力のある空間なのか纏められていただろう髪の毛が反動で広がった。
「……あげないわよ」
「あ、あぁうん……はい。大丈夫です」
「ナンブ様は消化できませんから、我慢してください」
私の目線が彼女の顔をずっと見ているのが不可思議なのだろう。彼女が口にしている固形物が欲しいのか、と思われてしまった。だが私の目線は彼女の顔に釘付けになる。そして、彼女のシルエット。背が高く、整った体系。豊かな部分はあるが、それだけが見えていた所に開放された顔。これも美しく、梳かずとも流れるような茶の髪が美貌を示していた。まるで作り物のような……そう、等身大で作られたキャラクター・フィギュアのような美があった。
「消化できないって、どういうこと?オレンジみたいな匂いがしているから食べ物なんだろう?」
「オレンジ・フレーバーのハイPFC(プロテイン、ファット、カロリー)・バーよ。これ1本で2000キロカロリーはある。あなたが食べたらお腹壊すわよ」
「えっじゃぁアンジェラさんは大丈夫なので!?」
人間離れした整った顔立ちに、クールな雰囲気であるアンジェラ氏。私に向ける顔が些か変わる。先程まで仕方なくペットの世話をしている程度の顔に、冷たい目線が生まれていくのだ。こちらを射抜き……内側から凍らせるような威圧感が滲み出ている視線が。
「……あなたは私が何に見える?」
「何って……地球の人間だよね?人間の、女性……私よりずっと若い?まさか12歳とか!?」
「違うわ。21世紀の人間からして2000キロカロリーのエナジーバーを摂取する女、人間かは怪しいでしょ」
「1日に1000キロカロリーの食事を6回取る人はいるっちゃいるから34世紀なら普通なのかなと」
彼女の体を見ると身長は私よりかなり高い。足元を見ればわかったがヒールを装着しているのもあるからだろう。それを抜きにしても2mほどの身長があるのではないか。それが戦士とくればそれぐらい食べるのも普通だと思うのだが。
「ナンブ様、アンジェラは地球帝国でプロダクトされた生体サイボーグです」
「生体……サイボーグ?」
「遺伝子改造された地球人類種、その中でもマスプロダクトが可能になってる戦闘用の人類よ」
はぁと小さいため息の後にアンジェラが茶飲みの話のように語るのは、遥か遠い地球の歴史だった。
21世紀に地球に突如襲来した怪物の侵略者。敵性異星体ともエイリアン・モンスターとも呼ばれる宇宙怪獣のようなもの。それにより地球は壊滅的打撃を受けた。しかし滅びるより前にそこから遠く離れたこの宇宙の銀河連邦の組織軍が救援に現れた。
それは本隊より前に降り立った先遣隊であったので、本格的に殲滅することは出来なかったのだが彼らにより遺伝子改造をされた人類の兵士たちや兵器によりギリギリ抵抗が出来たのだという。その先に本隊が現れて撃退は成功したのだが、地球圏はとても人が住める場所ではなくなってしまった。
「お陰で地球人類は銀河連邦の手引きされて、地球に近い環境の惑星に移住をしたの。それが1300年前の話」
「私はその時から継続して行われている、戦闘用の強化人間。わかった?ちょっとした補給で2000キロカロリーを取るような存在が食べるものとあなたが食べるものは同じじゃないの」
「そして地球に宇宙怪獣が迫っているので助けて欲しい、と銀河連邦に下されたのが我らが創世者ザ・マスター。その後継者があなたであり再生者なのです」
「ははぁ大変なことになっているんだなぁ」
りんごを齧って咀嚼していく。酸味が少ないタイプのりんごだ。食べた覚えがあるな、この赤いりんご。青森のあたりの品種だろうか……とバナナに続いて咀嚼していくと頭が徐々に働いてくる。糖が胃から体、脳に回ってきたのかどんどん意識と考える力がハッキリとしてくる。ちょっとまってくれ、おかしくないか話が。
「地球が滅んでいるぅ!?何、どういうこと?!ここドコなの!?」
「地球は宇宙怪獣によってとっくに滅んでる。今は34世紀。西暦でいえば3378年。ここはザ・マスターの遺跡。あなたはここで1000年以上眠っていたの」
「地球から遠く離れたこの宇宙の創世者であるザ・マスターの後継者であるあなたが眠っていた場所です」
「それは聞いたって!」
「聞いたことを答えているのだけれど……」
「血糖値が上がったことで心拍と脈拍も正常値に戻っているからでしょう、意識が明瞭になってきたのではないですか」
「自我がしっかりしてきたようね。なら今の状況を整理するからよく聞いて」
アンジェラ氏とプリム氏が語るところを思い出せば、私はいつのまにかとんでもない存在にされてしまったようだ。地球とは別のではあるが、この宇宙の人類文明を作ったような存在の後継者に指名された私。宇宙がどの程度荒廃しているかはわからないが、それを再生できる資格を与えられたという。
と、なると……自分のことは何1つわからないが話がわかってくる。
「つまりアンジェラさん達は地球の再生のため私を助けに来た」
「概ね正解。そして海賊ギルドの連中はそんな存在を狙ってここを大艦隊で襲撃しているの」
「ナンブ様が眠っていたこの構造体はあなたの生命維持だけではなく、採取保管されていた地球の動植物等のデータが保管され管理育成されています。それも狙われていると見ていいでしょう」
「海賊ギルド、宇宙犯罪シンジケートの密輸部門幹部デリガット・バフム。宇宙にある希少生物を集めるコレクター、その悪党が率いる艦隊ね」
「構造体にある防衛機構を狙ってというのもあるかと。ザ・マスターの遺産、現在の時代でも十分脅威レベルはありますから」
そういえば自動翻訳みたいなことをしてくれたんだよな、何かすごくなっていたからこういう事も出来るのではないかと考え時計を見る姿勢をとった。そう……今一度、スマートウォッチのあるあたりを見る。バナナ1本とりんご1本分の糖分が回ってきた頭脳を働かせて考えていくと……求めるものを意識したからだろうか。すぐさまこの構造体の立体投影マップが映しだされる。構造体内部には敵……つまり海賊ギルドの兵士たちを表す赤い点が四方八方に蠢くだけではない。
外にも飛んでいる赤井光点はこの構造体の周囲を回っている。一方で青い点もいくつかあり、大きいのが2つに小さいのもまたこの構造体の外にある。アンジェラ氏はそれをみて、舌打ちしながら答える。二隻の船に航空隊が出ているが戦況はよろしくないと。
「起きてすぐで悪いけどここで改めて決めて。私達があなたを助ける、だから私達を助けてほしいの」
「助けるたってどうやって、私は戦士じゃないし戦ったことはないんだけど……」
「先程のガーディアンもですが、中枢のコントロール・ルームに至れば防衛機構を全て行使可能です。不敬な敵勢力殲滅は十分可能です。現段階であっても人類用の兵装を方々から出すこともできますので、施設内相当は十分可能かと思われますが」
「ここの技術を使ってフルの兵装管理と隔壁操作すれば完全制圧なんてすぐよ、準備のために承認して」
「今一度申しますがナンブ様のご承認あってこそ我々は動けますので、私からはこれ以上申し上げることはありません。拒否するも承認するもお任せします。選択権の遵守ですから」
そこで思い出される先程の光景。殲滅……そうだ、殲滅だ。わ、私はあの……あれ、ゴリラみたいなのロボットに命令して人を殺めている。しかもアンジェラ氏、彼女に武器を供与すればそうしたことが……これからも起きていくのではないか。そんなに急いで決めないといけないのか、任せたり……命令して、海賊といえど殺していいのだろうか?
「わ、私には人をあやめる力をどうこうするなんてつもりは……」
「海賊ギルドだけではなく宇宙海賊に対しては自衛権が認められている。銀河連邦法の強行規範に反する行為に対しての自衛権としてね。社会側が責任を持つの、だから深く背負い込む必要はない」
「社会が責任を持つといっても私が命令したのには変わらないじゃないか、私は……わけもわからず」
わけもわからないまま、武力を供与し浮力行使を許した。34世紀でもそんなことは許されるのだろうか。海賊ギルドとは悪党であるのだろうが、アンジェラ氏が言うような存在であればこれからも戦うことになるのだろうか?その度に私は彼女らに武器を与え、命令し……私は本当にそれでよいのか?
どうすればいい、とアンジェラ氏を見れば眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。だが、明るい瞳が一度閉じられてまた開かれればそれもすぐに解かれる。
「簡単に考えて」
右手の指を一本、私の目の前に差し出して問う。単純に考えるべきことは1つだけだと指し示すように。
「宇宙犯罪シンジケートの海賊ギルドに取っ捕まって手足もぎ取られて珍品扱いされるか」
立体投影のマップの赤い点を指さす。そしてその次。彼女は青い点を指差し、そして人差し指を収めて親指を立ててから自身の胸元へ指す。
「私達と来て地球を再生する、同じく宇宙を再生するかを選ぶだけ」
最後は手を開きこちらに手招きをするように、差し出す。手を取って欲しいという意志を伝えるように。ブロック構造に背を預けてへたり込む私の前に立つ偉丈夫な彼女は、私を掴むわけでもなく選ぶように頼んでいる。ハッキリ言って状況は全く飲み込めない。混乱している中で彼女は自分達に有利に話を進めているのかもしれない。
だがそれでも彼女は私に頼んでいる……強制するわけではなく。海賊ギルドの兵士のような物騒な物言いではなく、だ。ならばと思い手をゆっくりあげて、その手の平を掴む。右手と右手同士が掴み合い、組み合う。彼女は私の手を掴む手へしっかり力を込めて、立たせるように引き上げた。
「あなたと行きます。正直なところ、宇宙の再生なんて話がデカすぎて実感がないんだ。でも地球の再生のためなら……まずやってみようって思える。悪党の悪趣味な陳列棚に並べられるよりも」
「どっちもスケールが大きい話よ。今はいいけど惑わされないで」
「宇宙の再生も地球の再生もどちらも大事、ということでは?宇宙の再生、地球の再生もどちらも同じ先にあります」
どっちもかなぁ?確かにどっちも大きい話だなぁ?と改めて首を傾げる私だったがその暇もないらしい。アンジェラは左手で私の肩を叩き、意識を切り替えることを頼み促してくる。
「あんまり時間があるとは思えないから急いで。まず私が使うための兵装補充の許可とガーディアンの出撃、あと通信装置の展開」
「プリム、どう?どのあたりまで出来る?」
「全て可能です。サブコントロール・システムをナンブ様に同期、権利を完全に移行。パッケージの選択はアンジェラと選んでください」
「レールガンに、これはバトルライフルね。電磁榴弾投射装置と併用したいところだけれど、どこからでも出せるなら問題ないか。ルート上に来るように選択して」
アンジェラのデバイスか何かにもマップを同期させることが可能になったのだろう。彼女が指示する中央管制室、コントロール・ルームまでのルートを確認しながら補給ルートを作っていく。これで十分だろう、というところでプリムが水のボトルを差し出してくれたので私も一息してさぁいくぞというところで新たな声が聞こえてきた。
「守護天使、聞こえる?繋がったのはどういうこと?再生者とは無事接触できたのか、答えて!そろそろアークⅡが限界!自爆させるかもしれないって向うの艦長から来てる!巡洋艦搭載のリアクターが爆発すれば通信障害の影響が出るのは間違いない、最悪これが最後の通信になりそうよ!答えて!」
新たに聞こえてきた女性の声は物騒な状況を報せてきた。
tips
ハイPBCエナジーバー:地球帝国の生体サイボーグ兵用の戦闘糧食。1本1~2000キロカロリーある。オレンジ、チョコ、抹茶などのフレーバーがある。パキサク。