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苦手な方はご注意ください。

きもだめし

作者: ねぎつば

挿絵(By みてみん)

 中学三年、陽光の照りつける春の日。今日も授業が始まった。

 僕には小学生のころからずっと同じクラスの光輝という親友がいる。住んでいる場所が田舎で、一学年二十人で一クラスしかなかったから、ずっと同じクラスなのは当然だ。小学一年生最初の隣の席が光輝で、たくさん話しかけてきたから自然と仲良くなっていった。

 その光輝が今も隣の席。

「ん?」

 僕の視線に気づくと、光輝は顔をニヤッとさせてピースサインを送ってくる。

「何だよ、それ」

「シャッターチャンス的な」

 今は授業中。しまいには果敢にもピースサインを額に合わせて「ビーム」と、小声のつもりで言い放った。「おい、影山。授業中だぞ」という先生の怒鳴り声が当然飛んでくる。

 昼休みになって席でいつものように光輝と話していると男子が近づいてくる。

「お前らっていつも一緒だよな。付き合ってるみたい」

「男と男が付き合うわけないだろ」

 僕は彼の意味不明な発言にそう言い返した。そのときだった。光輝がぼそっと、「……ふるっ」と言葉をこぼした。小声で呟くなんて光輝らしくない。その言葉の意味はわからなかったが、不機嫌になったのはわかった。話題を変えた方が良いと確信した。

「そういえば、光輝は高校受けるところ決まった?」

「実は……」

 なぜかもったいぶっているのが滑稽で仕方がない。

「蓮と同じ高校を受けようかなって」

「あー、……マジ!?」

 いつもの冗談かと思ったが、顔を見るからに本気だった。僕が受けようと思っているのは偏差値五十後半の高校だが、光輝の先月の模試の偏差値は四十弱だ。無理がある。

「そんな驚くことか?」

「勉強してないじゃん」

「めっちゃ勉強する」

「あと九か月だぞ。県内の高校の方がいいんじゃない? てかなんで?」

「えーと、あー、そこサッカー強豪だし」

 何か言い淀んでいるような気がするが、確かにサッカーが好きだからそうなのだろう。


 それから光輝の勉強漬けの日々が始まる。

 休み時間も放課後も休みの日もほとんど一緒に勉強した。光輝の家で勉強しているときに、突然「俺、スマホ封印する!」と涙ながらに手を握り締め、母親のもとに突撃したのには笑わざるをえなかった。模試の成績もどんどん上がるから、どうやら文字通り「やればできる子」のようだ。

 受験勉強の日々はあっという間に過ぎ、試験当日を迎えた。試験場所はまさに受験する高校だった。片道二時間の高校までの道のりを光輝と一緒に歩む。最寄り駅までの電車の中、しだいに緊張で喉が張り裂けそうになる。かなり前から準備している自分がこれなら、いったい光輝は……、秒で終わる杞憂だった。光輝の目は地上を照りつける太陽のように輝いていた。炎のマークが見えてしまいそうなほどに燃えているのを感じた。

「緊張してないの?」

「興奮してる」

「変態じゃん」

「蓮と今まで一緒に勉強してきたんだから、受からないわけないじゃん」

 光輝の言葉に僕の緊張もどこかに飛んでいく。受かる気しかしない。


 合格発表の日。オンラインで合否が発表されるから、自分の部屋に光輝を呼んで、一緒にパソコンで見ることにした。床に隣り合って座り、背の低いテーブルにパソコンを開いた。

「腹いてー」

 迫りくる発表の時間に光輝は嘆きをこぼすが、どこかニヤニヤしている。

「十六時だ。僕から見るね」

 この高校の合格発表はホームページに合格者の受験番号が列挙される形で行われる。受験番号は名前の順だ。表の一列の番号の並び具合から、自分の受験番号の位置の目星がついた。光輝は

「ゆっくりいこうな」

 と言ってきたが、僕は構わず画面をスクロールさせ、瞬時に受験番号を見つけ出した。心の中でガッツポーズをとった。

「見つけるの早っ! てか、反応薄っ! まあ、とにかくおめでとう!」

「次は光輝の番だよ。早く見つけて」

「そう急かすなって。こういうのは緊張感をもってやるもんなんだよなー」

 光輝には妙なこだわりがあるらしい。光輝は画面の表示倍率を、画面に一つの受験番号しか見えなくなるまでに拡大した。そして、分速五受験番号ぐらいの速さでスクロールしていく。

「いくらなんでも遅すぎない?」

「いやいや、俺影山だから最初の方なんだよ。いきなり来たらどうするん? 蓮は松雪だから、俺みたいにやると一時間ぐらいかかっただろうけどね」

「はあ」

 何でもかんでもおもしろおかしくしないと気が済まない性格が駄々洩れしている。呆れるけれど、このひと時がすごく楽しい気もする。

「やべー、ここ一気に進んだ! 俺の番号の一個手前じゃん!」

 スクロールの速さは分速〇・一受験番号ぐらいに後退した。あまりに遅かったから光輝の指を押そうかと思ったが、やっぱりやめた。

「黒い線が見えてきた。くっ、進まなければならないのか」

 まるで一人で劇の芝居をしているかのようだ。

「おっ、これは。ん? いや……、きーたー!」

 画面には光輝の受験番号がいっぱいに映し出されていた。部屋中の物が揺れてしまいそうなほどの大声を上げながら、立ち上がって両腕を高らかに振り上げ、歓喜を全身で表現する。その勢いのまま、僕に肩を合わせてきた。

「これからも一緒だな!」

 思わず「へへっ」と声が漏れてしまった。口角もちょっと上がった気がする。



 起きてるかー

 六時三十分に駅集合な


 僕たちの朝は早い。光輝からの確認のメッセージに、僕は「了解」のスタンプを返した。家から高校まで二時間ぐらいかかるから仕方ない。

 朝ごはんを済ませ、自転車を早々と漕いで駅に急ぐ。待ち合わせの時間より五分早く着いて改札を過ぎたが、光輝はすでに待っていた。イケメンで長身だから制服姿が映えている。

「よっ! 蓮、制服似合ってるじゃん。惚れた」

「お世辞はいいから」

「いや、これマジ」

 高校生になっても光輝は相変わらずだ。

 一時間半電車に揺られ、高校に着いた。今までに見たことのない人で溢れかえっていて少し引いたが、光輝はなんてことなさそうだ。

 校舎の入り口の近くに名前と所属クラスが貼り出されていた。

「俺は……、八組だな。蓮は何組?」

「ちょっと待って。ええっと、五組みたい」

「やっぱり別のクラスかー。まあ仕方ないか」

 この高校は一学年八クラスあるから、別々のクラスになることは容易に想像できた。入試の成績順にクラスが決まっているという話も聞く。

「蓮ならもっと上のクラスでもおかしくないのにな。模試とか志望者内で上位じゃなかった?」

「まあ模試だし。結構レベルが高いのかもね」

 一年生は一号館で、クラスも同じ階だったから、僕のクラスの教室まで一緒に向かう。教室の前に着くと、「じゃあ帰りに迎えに来るわ」と光輝はニコニコして言って、自分の教室に向かっていった。

 僕は教室の扉を開ける。まだ教室内の生徒はまばらだ。黒板には席が貼り出されている。窓際の一番後ろの席だった。自分の席に座る。その瞬間、光輝がいないという事実が現実感として襲ってきた。僕は不意にまだ誰もいない隣の席を見てしまった。


「おーい、蓮! 帰るぞ」

 入学式とホームルームが終わると、教室の扉の方から、毎日のように聞く馴染みの大声が聞こえてきた。よくそんなにも大きな声を出せるなと感心したが、同時に視線を集めているような恥ずかしさがある。実際、周りからは「あの子、めっちゃイケメンじゃない?」みたいな言葉が聞こえてくる。

「ちょっと待って」

 教室で最初に自発的に出したのは、クラス外の光輝への言葉。けれど、声が小さすぎて聞こえているかはわからない。僕はすぐに帰る準備をして、光輝のもとに駆け足で向かった。

「友達できた?」

「いや、まだ」

「俺も」

 何だかとても安心した。けれど、この安心が何に対しての安心なのかはわからない。


 翌日の放課後から部活の見学が始まった。昨日の帰り道で光輝と巡ることを約束していた。自分の教室の前で待っていると、光輝がニコニコしながらやってきた。

「よっ! どこから見てく?」

「光輝は入りたい部活とかあるの?」

「サッカー部に入ろうかなって思ってる」

「じゃあサッカー部から見ていこう」

 僕たちはサッカー部に向かっていった。高校には校舎の隣の第一グラウンドと校舎から少し離れた第二グラウンドがあるが、サッカー部は第一だった。

「蓮、歩くのいつもより遅くない?」

「気のせいだよ」

 しかし、歩くのが遅くなっているのを確かに自分でも感じた。

「そういえば、蓮はどの部活に入るの?」

「サッカー部に入ろうかな」

「やめとけって。体弱いんだから。てか、蓮が冗談言うなんて珍しいな」

 事実だから仕方ないが、その言い方は少し傷つく。運動ができれば入りたい。僕は病気がちで体力がなく、少し走るだけで息切れしてしまう。

 光輝と話しているうちに第一グラウンドに着いた。それから二十分ほど見学したが、部員の人たちのレベルが高いことは素人目にもはっきりとわかった。光輝は運動神経抜群だが、本格的にサッカーを練習したことはなかったから、「俺大会に絶対出場するわ。そしたら絶対に見に来いよな」と経験者たちに負けないように一段と張り切っていた。この高校はサッカーで全国大会に出場したことがあることを部員の人が説明していた。ということは並みの人では到底ベンチ入りすら叶わないことを意味する。

 その後ひとしきり部活を見て回り、帰るのに良い時間になってきた。

「明日から仮入部しようと思うから、夜まで練習するかも。夜はあまり一緒に帰れなくなるけど、朝は一緒に行こうな!」

「うん。頑張ってね」

 サッカー部は強豪校らしく毎日のように夜遅くまで練習がある。一緒に同じ時間に帰れなくなる現実は飲み込むしかない。朝は一緒に行けるのだから。


 今日も部活?

 そーなんだよ。また八時まで。最近一緒に帰れなくてごめんな


 学校生活にも慣れてきた五月の雨の日。光輝と一緒に帰れない日は続くが、学校に向かうときはいつも駅に集まった。今日も往路の電車を共にしていた。

「あのさ、俺寮生活することに決めた」

 突然の話に「え?」という言葉しか出なかった。電車の揺れがいつもより大きく感じた。

「これまで通学時間的に朝練に行けてなかったんだけど、上手くなるためには朝練もしないとって思った。それで寮なら朝練にも出られるから」

 今までに見たことのないほどに真剣な表情だった。

「そうなんだ」

 真っ先に出てきた言葉はそれだった。光輝の夢の邪魔はしたくないけれど、どんどん遠くの存在になってしまうような嫌な予感。胸の奥に何かがつっかえるような感覚。

「頑張って。応援してる」

「意外にあっさりだなー。てっきり泣き喚くと思ったのに」

 そうやっていつもみたいにニヤニヤと揶揄う。僕が言いたい言葉は本当にそれだったのだろうか。灰に侵されているのに雨を降らさない雲のように、あやふやな自分への不信感。

それからほどなく光輝はうとうとし始める。

「ちょっと眠くなってきたから寝てもいい?」

「いいけど」

 そう答えると、光輝は

「肩借りる」

 と言って、僕にもたれかかる。一分足らずで呼吸の色が変わった。さっきまでの真剣な空気が嘘のようだ。



 今日学校で夜まで勉強していくから部活終わったら連絡して。

 久しぶりに一緒に帰ろう。

 僕は六時間目の授業終わりに光輝にメッセージを送った。光輝が寮生活することを決めてから数週間、その寮生活がもうすぐ始まる。一緒に帰りたくなった。教室は十八時には閉まるから、高校の近くのカフェで時間をつぶすことにした。けれど、いっこうに既読がつかない。スマホの画面とのにらめっこが続く。生徒の完全下校時間の二十時近くになってもつかない。

もう独りで帰るか。

 カフェは駅から反対方向にあったから、帰りには高校の前を通ることになった。校門の手前に差し掛かったとき、部活終わりのサッカー部員らしき人たちが出てきた。その中に光輝もいた。僕は足を止め、向こうから見えない位置に身を移した。とっさの行動でなぜ隠れてしまったのかはわからない。

「光輝、お疲れー」

「お疲れー。じゃあ今日も一緒に途中までみんなで帰るか!」

 光輝たちは楽しそうに話しながら歩道に出ていく。光輝の顔には笑みが湛えている。なんだか胸が苦しくなった。メッセージを見てくれないことに対してだろうか。いや、それだけじゃない。けど、わからない。わからない。僕は胸を押さえる。この気持ちって何なんだ……。

 僕は光輝たちに気づかれない程度の距離をとって駅に向かった。電車には、光輝たちが乗り込む号車から四つ分離れた号車に乗った。

 家の最寄りまでの時間はいつも以上に長く感じた。

「お! 蓮じゃん!」

 電車を降りた瞬間、光輝は僕に気づいたようだった。光輝は駆け寄ってくる。

「同じ電車乗ってたんか! けど、なんでこんな夜遅くに?」

「メッセージ見てないの?」

「ごめん! 俺今日スマホ忘れたんだ!」

 スマホを忘れていたのか。けどそれを信じきれない自分がいるのが怖い。

「光輝明日から寮じゃん? だから一緒に帰ろうと思って」

「マジごめん!」

 光輝は焦っている。

「スマホなかったんなら大丈夫だよ」

「ほんと優しいな、蓮って。俺そういうとこ好き」

 光輝はいつものようにヘラヘラしている。それから家までの道を共にした。



 光輝の寮生活が始まって一か月ほど経った夏の日。光輝と久しぶりに学校から帰る。土日がオフになるから一緒に帰ろうと光輝が数日前に誘ってきた。

 僕はあの日からずっと光輝と一緒に帰れる日を待っていた。その日は奇しくも七夕の日となった。けれど、神様は僕たちを歓迎してくれてはいないのだろうか、土砂降りの雨。その雨音は周りの音をかき消すほどだった。

 僕たちは早足で駅に向かった。駅に入ると、そこにはたくさんの短冊がかかった竹が置いてある。ふと目についた短冊には「好きな人と付き合えますように」と書かれてあった。

「親には内緒で帰ろうと思ってるんだよねー。サプライズ的な」

 電車の到着を待つさなか、僕は時間を考えても、天候を考えても見えるはずのない、星合いの空を眺める。雨が降っていなければ、美しい星たちを薄っすらとは見られたのだろうか。

「そんなに空見てどうしたん? UFOとか?」

「いや」

「そこは突っ込めよー」

 電車が着いて乗り込むが、いつもより空いていたから二人で隣り合って座れた。光輝は今にも眠りそうな顔をしている。

「ねえ、四駅先の篠盛駅で降りない?」

「なんでだよー。雨で風邪ひいた?」

 光輝はいつもの調子だ。ここは素直に聞いてほしい。

「きもだめししようよ。駅の近くに良い場所があるんだ」

「肝試し? いきなりだなー。まあ蓮と久しぶりに一緒に帰れてるし付き合うよ」

「ありがとう」

 そう話しているうちに目的の駅に着いた。僕たちは改札を出て、駅の近く、木々が鬱蒼と生えた場所に向かう。そこには字が所々掠れた看板が立っている。

「げっ。ここ私有地で立ち入り禁止じゃん。蓮、どうする?」

「行こう」

「まあそういうスリルも楽しみか」

 立ち入り禁止を訴える文字を横目に僕たちは足を踏み入れる。中は何年も手入れされていなさそうな様子で、木々や草で溢れかえっている。その木々をものともせず貫いてくる激しい雨。

 十五分ぐらい経ったぐらいだろうか。いや、もっと経っているかもしれない。肝試しを終え、看板のある入り口を出た。何だかすごく疲れていて、何かを忘れているかのように頭がくらくらする。直前の記憶が曖昧だ。

 すぐに駅に向かって、電車の端の席に座って休んだ。そこから眠ってしまったようで、目が覚めた時にはいつもの駅だった。席を立ったとき、尋常ではない吐き気がして真っ先にトイレに駆け込んだ。そこから何とか自転車を漕いで、家に帰ることができた。


 朝の目覚ましが鳴って起きるが、まだ気持ちが悪い。今日が休日で良かった。スマホを見ると光輝からメッセージが届いていた。


 ま、、て??るれ。。。ん


 何を言っているのかが全くわからない。光輝も体調を崩しているのか。いや、光輝のことだからビビらせようとしているのだろう。

 

 翌日、体調は回復した。朝ご飯を食べていると電話が鳴った。いつもより音が大きく感じた。お母さんが出ると、徐々に深刻な表情になっていく。

「蓮、光輝くんのお母さんなんだけど」

「どうしたの?」

「光輝くんが行方不明らしいの」

「え……?」

「光輝くん、土曜には欠かさずお母さんに連絡してるそうなんだけど、それがないって。それで寮に連絡したら、光輝くんは帰省してるんじゃないですかって」

 手が震え出した。右手に持っていた箸が落ちてしまう。同時に動悸が起きる。僕は何かを忘れている。大切な何かを……。

「あ……」

 あの日の情景が蘇ってくる……


**

 立ち入り禁止を訴える文字を横目に僕たちは足を踏み入れる。土砂降りの雨と生い茂る木々が相まってまるで夜のように薄暗い。

「まだ日沈んでないのに夜みたいだな。蓮怖くない?」

「全然」

「実は俺も怖くない」

 少し歩いていくと、周りを見渡しても外が見えない所にたどり着く。

「ねえ、光輝」

「ん? どうした?」

「僕のことどう思ってる?」

「何だよ急にー」

「そうやっていつもヘラヘラして……」

 僕は俯いて草に覆われて土の見えない地面を見る。

「本当にどうしたんだよ、蓮。何かあったんか?」

「僕のことなんていつも気にも留めてないんだろ! 学校にいるときなんてほかの人たちとばっかり話してる。それに寮に行っちゃって一緒に帰れない」

「蓮……」

 僕は今までため込んできた思いを吐き出す。

「教室でいつも誰かに囲まれてる。どうせ彼女だっているんだろ! 離れていくのが怖い。どうして」

「彼女なんているわけないだろ! だって……」

 光輝は言い淀んだ。図星をつかれたのだろう。

「嫌だ。嫌。離れたくない。誰かのものになってほしくない」

「……俺、蓮のこと」

「言い訳は聞きたくないんだ。僕とずっと一緒にいてくれればそれで……」

 僕は光輝の言葉を待たずにそう言って歩み寄った。ポケットに忍ばせた折り畳み式のナイフを手に。

「え? 蓮……。そうか……」

 僕は光輝の腹部にナイフを刺し、近くの木にまで光輝を押し付ける。

「蓮……。ごめんな……」

 僕はナイフから手を離した。光輝の服は赤色に染まっていく。

 僕の周りを木々を貫いた雨が打ち付ける。熱く火照った心に冷たい雨が沁みてゆく。心が冷静さを取り戻してゆく。

「あ……」

 目の前の現実に怖くなった僕はその場から駆け出し、駅に向かう。

**


「僕は殺しちゃったんだ」

「え?」

 僕のぼそっと言った言葉にお母さんが反応した。

「お母さん、行ってくる」

 僕は自分が犯した過ちと、そして心の奥底に眠っていた――いや、気づかなかっただけか――気持ちに気づく。

 僕は家を飛び出し、いつもは自転車で通る道を走って駅に向かう。場違いな夏の陽光が照り付ける。

 電車の到着と同時に駅に着き、電車に駆け込む。それから篠盛駅までの時間は異常に長かった。それでも手はずっと震え続けていた。外とは真逆に周りが闇のように暗い。朝のはず、人もいるはずなのに。怖い。光輝、助けて……。

「次は篠森駅」

 アナウンスの言葉が呪いの言葉のように聞こえた。扉が開くと同時に僕は駆け出した。周りはやはり闇だった。けど、進むべき道には光が当たっている。

 無我夢中に走り、いつの間にか目の前には光輝がいた。一本の木の前にもたれかかって座る光輝の姿。顔は正面を向き、目は開いている。その目に光はない。涙が湛えていたその痕跡だけが残っている。

 光輝の姿だけが僕の目には映っている。

 僕は一緒にいたいから光輝を殺した。それなのに怖くなって独りにして置いていった。一日の間、誰もいない闇の中でどんなに心細かっただろう。僕は最低だ。

 僕は光輝に刺さったナイフを優しく、ゆっくりと引き抜く。そして、光輝の隣に座り、光輝にもたれかかる。



****

 僕は駅のホームにいる。目の前には電車が止まっている。行き先は霞んでよく見えない。何も音を立てないその電車に近づくと、扉が開く。重い足取りで電車の中に入る。座席の真ん中に光輝が座っている。ピースサインで、そしていつもみたいに笑顔で僕を見る。

「よっ! 蓮」

「光輝……」

 僕はすでに涙ぐんでいた。光輝は両手を首の後ろに持ってきて、

「ったく、きもだめしから今までどこ行ってたんだよ。めっちゃ寂しかったんだぞ」

 と、呆れた声色で、けれど優しい表情で言う。

「車掌さんに『もう少しだけ待って』って頼みまくったんだからな」

「僕は……僕は……」

「気にすんなよ。これからはずっと一緒だろ?」

 命を奪った相手にそんな言葉をかけられる人なんているのだろうか。光輝は僕のことを本当はどう思っているのだろう。あのとき、ずっと話を遮って聞こうとしなかった光輝の本音。それを僕は知りたい。

「ねえ、光輝は僕のことどう思ってる?」

 光輝は少し躊躇い、赤みを帯びていく頬を指でかく。しかし、すぐに何か決心が着いたかのように両手で頬を叩き、大声で叫ぶ。

「蓮のことが大好きだ!」

 そして、落ち着きを取り戻しながら、続けて言葉を紡ぐ。

「俺さ、ずっと言えなかったんだけど、中三のとき蓮が男同士が付き合うのはあり得ないって言ったから、もう叶わない恋なのかなって。それでずっと黙ってた。あくまで親友としていなきゃいけないって」

「僕はずっと自分の気持ちに気づけないでいた。離れたくないって思ってたのに」

「じゃあ、蓮も俺のこ」

「まもなく電車が発車します。ご注意ください」

 僕たちの会話を遮るようにアナウンスが流れる。

「ねえ、この電車ってどこ行きなの?」

「地獄らしいよ」

「え?」

「まあ、蓮俺のこと殺しちゃったし」

「いや、そうじゃない! なんで光輝が乗ってるんだよ!」

 このまま一緒に乗っていたら光輝も地獄に行ってしまう。何の罪も犯してない光輝が地獄に行くのはおかしい。

「これからずっと一緒って言っただろ?」

「けど!」

「けども何もないんだよ!」

 光輝は声を荒げて、さっと立ち上がった。殴られることを覚悟して、僕は目を瞑る。しかし、次の瞬間光輝は僕のことを抱きしめてきた。僕たちは死んでいるはずなのに、光輝の温もりが伝わってくるのを感じる。

「ここまで来たんだ。蓮を独りになんてさせない」

「光輝……」

 僕はもう涙を抑えることができなかった。

 そうだ。僕はまた逃げようとしていたんだ。また勝手に逃げて、光輝を独りにさせようとしていた。

「今まで独りにしてごめん」

 僕も光輝を強く抱きしめる。

「大好きだよ、光輝」

 僕は今まで気づかなかった気持ちを言葉に紡いだ。

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