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ENDLESS DESIRE  作者: 清水進ノ介
第二章 母と子
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第二章 母と子 二

ー 母と子 二 ー

挿絵(By みてみん)

 地下鉄の乗り心地は、意外と悪くなかった。不思議と揺れは少なく、「えっさぁ!ほいさぁ!」という掛け声が常に聞こえてはいるが、耳障りというほどでもない。少年は少し離れた席に座り、黙ってうつむいていて、やはり母親のことが心配なのだろう。アリスとクラリス、そしてノーフェイスは、アリスの非常識について、話をしていた。


「あらためて聞いておくが、君の非常識は『どんなものでも食べる力』でいいのかい?」

「そうね、感覚でそういうものだと理解できているわ」

「それだけの力なのかい?食べたものを吸収できる感覚は?」

「それはないわね」


 ノーフェイスはあごに手をやって「うーむ」とうなった。アリスの説明に、どうにも納得が出来ていないようだ。

「しかしそれだと、どうして君達は一つになったのか、説明がつかない」

「双子だからじゃない?双子って二人で一つみたいなものよ」

「いや、そこは関係ないはずだ。ちなみにクラリスの方は、まだ非常識を発現していないね?」

「うん」

「……意味が分からないね。二つの魂が、一つの体を共有するなんて、前代未聞だ」

「私達は大歓迎だし、原因の解明なんて興味ないわ。調べたいなら勝手にどうぞ」


 ノーフェイスは納得できていない様子だったが、現状深く原因を探ることもできないため、この話は切り上げた。十分ほどで地下鉄は目的の場所へ到着し、一行は外へと出た。クラリスは地図を開き、現在地と店の場所を確認する。店はここから歩いて、十五分ほどで着けそうだ。一行は店に向かいながら、他に商店や飲食店がないかと探してみたが、それらしい建物は一つも見当たらない。どこもかしこも二階建ての、鉄筋コンクリートのアパートばかりが立ち並んでいて、街は無機質な威圧感を醸し出していた。


「なんだかこの辺りは怖いね……。コンクリートで街全体が、灰色に染められてるみたい。同じ見た目の建物ばっかりだよ」

「この街は方角によって、雰囲気が変わるんだ。北へ行くほど高層建築物が増え近代的に。南は自然が増え原始的に。東はデザイン重視の個性的な建物が並び、僕達が今いる西は、機能性重視の無機質な建物が多いんだ」

「……あの、あそこに派手な見た目の建物がありますけど」


 少年が指差した先には、赤い三角屋根の平屋があった。真っ白な壁には、様々な動物のイラストがカラフルに描かれており、周囲の無機質な建物と比べて見てみると、そこだけ異世界にでも繋がっているのかと思わせるような外観だった。

「この辺りは、無機質な建物が多いんじゃなかったかしら?」

「そのはずなんだがね……」

「あ、あれだよ。飴細工職人さんのお店」


 四人が地図で確認してみると、クラリスの言った通り、あの三角屋根の平屋が、飴細工職人の店で間違いないようだ。店の正面にあるドアには、『魂糖果』と書かれた看板が下げられていた。

「私、漢字は覚えてないのよ。どういう意味かしら?」

「ええっとね。魂の飴、でいいのかな。わたしもそんなに詳しくないけど」

「あの、早く入りたいんですけど……」

「あっ、ごめんなさいね。そうよね、急がないと」


 四人がドアを開け店内に入ると、ふわっと甘い香りが辺りに漂った。アリスは店内に、色とりどりのおいしそうな飴が並べられていることを期待したのだが、ショーケースの中はどれも空っぽで、飴は一つも置かれていなかった。よく見てみると、店内にはうっすらとほこりが積もっていて、この店はしばらく前から使われていないようだ。


「そんな……。ここにも食べ物は無いんですか……?」

「諦めるのは早いわよ。厨房とか倉庫を探してみましょう。まだ甘い香りが残ってるし、一か月くらい前までは、営業してたんじゃないかしら?」

「材料とか在庫が残ってるかもしれないもんね。ちょっと泥棒みたいになっちゃうけど、探してみよう」

「……いや、まちたまえ。なにか聞こえないかい?」


 四人が耳をすませると、しくしくと、子供のすすり泣く声が聞こえてきた。その声は店の奥から聞こえてくる。四人が慎重に声のする方へ行ってみると、そこは十二畳ほどの、小さな厨房だった。ステンレス鍋や、木べらが並べられているほかに、見たことのない器具がたくさんある。おそらく飴作りに使う道具なのだろう。泣き声の主はどこかと探してみると、厨房のすみに、一人の少女が座り込んでいるのを見つけた。まだ十才くらいの女の子で、真っ黒なワンピースを着ているのだが、サイズがぶかぶかで、全く体の大きさに合っていない。大人用の服を、子供が無理矢理着ているようだった。


 アリスは少女に寄り添って、優しく背中を撫でた。少女は驚き、顔を上げてアリスを見ると、小さな悲鳴を上げたが、ノーフェイスがいることに気付き、自分を助けに来てくれたのだと、安堵の表情を浮かべた。

「あなたどうしたの?こんな所で、なんで泣いているのよ?」

「あたし、ここで飴を作ってたの。だけどもう作れないの。作れなくなっちゃったの……」

「……まさかあなたが、飴細工職人なの?ここはあなたの店?」

「うん、あたしのお店……」

「作れなくなったというのは、どういうことだい?」

「あたし、子供にされちゃったの……。大人だったのに、今は子供になっちゃったの……」

「……子供にされたですって?」


 四人は顔を見合わせた。少女にはなにか事情があるようなのだが、こちらにも食べ物を探しにきたという事情がある。悠長に人助けをしている場合でもないのだ。少年が「ここにはもう、一つも飴が無いんですか?」と少女に聞くと、彼女は「一つもないよ。もうなんにもない……」と答えた。少年は諦めずに「なにか材料だけでも、砂糖だけでもないですか?」と聞いたのだが、少女は顔を横に振って「あたしの飴は、砂糖で作ってないよ。あたしの非常識の力で作ってたの」と答えた。この店にはもう、なにも食べ物はないようだが、簡単に諦めるわけにはいかない。四人はひとまず、少女から事情を聞いてみることにした。


「状況を整理させてくれ。君は元々大人で、非常識を使って飴を作っていたのだね?」

「うん。でも知らない男の人に子供にされて、非常識が弱くなっちゃったの。見てて」


 少女は近くにあった鍋に向って、両手をかざした。すると鍋の中に、きらきらした白い砂のようなものが湧き出てきた。少女が「これが飴の材料。でももう……」と言うと、白い砂は蒸発するように消え、跡形もなくなってしまった。

「ほらね、飴を作ろうとしても消えちゃうの。子供の姿にされてから、非常識をうまく使えなくなっちゃった……」

「じゃああなたを大人に戻せば、また飴を作れるってことよね?」

「たぶん……。でも、そんなこと出来るの?」

「君の話を聞いて判断するよ。君を子供にした男のことを、できるだけ詳細に教えてくれ」


 少女は自分が、子供にされてしまった日の事を話し始めた。その日はいつもと変わらない、静かで穏やかな日だったという。まだ大人の姿をしていた飴細工職人の彼女は、一人で厨房にこもり、新商品の開発をしていた。新しい種類の飴を作ろうと、試行錯誤を繰り返す。しかしなかなかアイデアが浮かばず、彼女はいったん気分転換をしようと店を出た。


 店の外に広がるのは、いつも通りの光景。夕暮れの空、無機質な街並み、なんの音も聞こえない静かな世界。彼女は元々街の東側に住んでいたのだが、飴作りに集中するために、静かな西側へと引っ越してきていた。彼女は背を伸ばし、体を左右にひねり、軽くストレッチをした。その時一人の大男が、ふらふらと向かいの通りを歩いているのを彼女は見つけた。


 その大男は百九十センチを超える長身で、がっちりと筋肉のついた、がたいのいい体型をしている。恰好はぼさぼさとした黒髪に、真っ黒なシャツとボトムス。全身黒づくめの大男が、うなだれて、地面をにらみつけるようにして歩いていたのだ。彼女はすぐに店の中に戻った。もしもあの大男がはぐれものなら、見つかればただでは済まないだろう。ただの住人かもしれないが、用心に越したことはない。

 しかし彼女は店に入り、ドアを閉めようとしたその瞬間、大男と目が合ってしまったのだ。その大男は、仮面をつけていた。顔全体を覆う、朱色の仮面。仮面には鼻や口を出す穴は開いておらず、両目の部分にだけ穴が開いていた。その穴の奥から、濁った黒い瞳が彼女を凝視していた。彼女はその不気味な眼差しに震えあがり、急いでドアを閉め鍵をかけた。


「だけどあの大男は、店の中に入ってきたの……」

「どうやって?この店に入るとき、ドアは壊れていなかった。鍵はちゃんとかけたのだろう?」

「どうやったのか分からないけど、外から鍵を開けて入ってきたの……」

「……合鍵を持ってたわけないわよね?」

「うん、あの大男は何も持ってなかった……」

「ふむ……。とりあえず、その先のことを教えてくれ」


 少女は大男が店内に入ってきてからのことを話し始めた。店の中には、たくさんの動物達が駆け回っていた。様々な品種の動物達が、全部で三十匹。犬・猫・鳥・ネズミ・空を飛ぶ魚もいた。この動物達は全て、飴細工によって作られたものだ。生きている飴細工を作ること、それが彼女の非常識だった。動物達は最初、店に入ってきた大男を客だと思いすり寄っていったのだが、すぐにその異様な雰囲気に気付いたのだろう。犬と猫は威嚇を始め、残りの動物は彼女の後ろに隠れ怯えていた。大男は動物達のことなど全く意に介さず、真っすぐ彼女をみつめていた。そしてじりじりと、少しづつ彼女に近づいていく。彼女は恐怖のあまり、足がすくんでその場から動けなくなってしまった。


 彼女の目前まで来た大男は、立ったまま黙って彼女を見下ろしている。いつ襲われるかと震えていた彼女だが、大男は棒立ちになったままで、何もしてこない。彼女は恐る恐る大男の顔を見上げてみると、彼の目から涙が流れていることに気付いた。その悲しみの込められた目に、彼女は大男への警戒を解いた。仮面の奥の濁った目から、大粒の涙が溢れ出し、仮面を伝い床へ落ちる。この大男は、なにか事情があり、たまたま見かけた自分に、助けを求めてきただけだ。そう思った彼女は「どうしたの?なにか困ってるの?」と大男に話しかけてみた。すると大男は突如、彼女を抱きしめてきたのだ。そして「助けてやれなくて、すまない……」と大男の声が聞こえたかと思うと、彼女の体が縮み始めた。突然の出来事に呆気にとられていると、あっという間に彼女は子供の姿になってしまっていたのだ。


「……なるほど。彼は完全に正気を失っているタイプのはぐれものか」

「タイプ?はぐれものには種類があるの?」

「はぐれものは二種類いてね。ある程度正気を保っているが、暴力的になるタイプ。君達を襲った鍛冶屋がこれだ」

「もう一つのタイプは?」

「完全に正気を失っているタイプだ。大男はこのタイプだろう。良くも悪くも理性が働いていない。大人しくしていたかと思えば、突然暴れ始めたりもする厄介なタイプだ」

「はぐれものって街の外に出せば、正気に戻るのよね?さっさと見つけて外に出して、彼女を子供から大人に戻すように頼めないかしら?」


 ノーフェイスはその発言を受けて、残念そうに首を横に振った。

「完全に正気を失っているタイプのはぐれものは、街の外に出しても、すぐには正気に戻らないんだ。時間がかかってしまう」

「じゃあ頼んだところで無駄なわけね……」

「……あたし、もう元には戻れないの?」

「いや、君を大人に戻す別の方法がある。それには結局、大男を見つけないといけないがね。ちなみにその大男はその後どこへ?」

「そのまま黙って店を出て行ったの。すぐに追いかければよかったけど、頭が真っ白になっちゃって、その後は分かんない……」

「ふむ……。その大男を探したいが、手掛かりが何もない。どうしたものか……」


 その時厨房の外からコツコツと、なにかを叩く音が聞こえてきた。一行はなんの音かと思い、厨房からホールへ出てみると、一匹の空飛ぶ金魚が、窓の外から尾ひれをぶつけ、コツコツとノックをするように叩いていた。少女が「まだ生きてる子がいたの!」と驚き窓を開けると、金魚は彼女に甘えるように、胸へと飛び込んできた。金魚は小型犬ほどの大きさがあり、少女は少し重そうに、笑顔で金魚を抱きかかえた。

「この子、あたしの飴細工。みんな消えちゃったと思ってたけど、まだ生きてる子がいたんだ」

「……その子、どこかに案内しようとしてるみたいだよ?」


 飴細工の金魚は、少女のワンピースをくわえて引っ張り、どこかに行きたそうにしている。 

「その子、大男をつけていたんじゃないの?ついていきましょう」

「あ、あの、まってください!」

「なによ、どうしたの?」

「その金魚、飴、なんですよね……?」


 アリスは二、三秒ほど少年のその発言の意味を考えた後「あっ……」と小さく声を漏らした。小型犬ほどもある、大きな飴。これがあれば、食料を確保できたと言えるだろう。

「だ、だめ!この子は食べちゃだめなの!」

「でも、早くしないと母さんが……」

「ちがうの、この子達は食べるために作った飴じゃないから、食べたら大変なことになるの!」

「大変なことってなんですか?」

「お腹の中から、体を食い破って出てきちゃうの……」

「……それ、大変どころの騒ぎじゃないわよ」

「大男さんを追いかけるしかなさそうだね」


 少女は金魚と一緒に店の外に出て行こうとしたが、ノーフェイスはそれを止めた。話を聞く限り、大男は危険な人物に思える。そんなところに、子供達を連れていくわけにはいかなかった。

「全員で行くのはやめておこう。子供達にはここで待っていてもらうよ」

「ボクも行きます!早く手掛かりを見つけないと!」

「いや、ここで待っていたまえ。保険として君はここに残るんだ」

「で、でも……。ここでじっとしているのは……」

「今日中に僕達が戻ってこなければ、君は一人でレストランへ行き、食べ物を持って母親の所へ行くんだ。大事な役割だ、いいね?」

「……分かりました」

「これを君達に渡しておくよ。守護の指輪だ」


 ノーフェイスはそう言うと、ポケットの中から銀の指輪を二つ取り出して少年と少女に渡した。指輪は大人用のサイズで、二人の指には大きいかと思われたが、指にはめてみると、きゅっとサイズが小さくなり、二人の指にぴったりとはまった。

「はぐれものに襲われても、これが結界を張って君達を守ってくれる」

「ちょっと、私達にも渡しなさいよ」

「これが力を発揮するには条件がある。『デザイアで人に危害を加えたことがない』ことだ。万が一はぐれものに奪われても、悪用されないようにね」


 ノーフェイスは試しに着けてみようと、アリスに指輪を渡した。アリスが指輪をはめると、銀の指輪は輝きを失い、真っ黒な見た目に変わってしまった。

「私がしたことは意図的じゃなかったけど、それもダメなの?」

「残念だがね」

「ねえ金魚ちゃん。わたし達を案内してくれる?」

 金魚は少女の方を見て、口をぱくぱくとさせている。彼女からの指示を待っているようだ。

「この人達を案内してあげて。その後は、ちゃんとここに戻ってきてね」


 飴細工の金魚の後を追い、三人は街を走っていた。街のさらに北西側へと大男は移動したようで、金魚はヒュンヒュンと空中を飛び、彼の元へと三人を導いている。しばらく走っても、同じ見た目の二階建てのアパートがずっと続いたが、北へ進むにしたがい、十階建てを超える、背の高いアパートが現れ始めた。

 それにしても、もう十分以上は走り続けているのだが、全く息が切れてこないし、汗もかかない。死後の世界なので当然かもしれないが、クラリスは一つの疑問を感じた。


「ノーフェイス、わたし達はずっと走ってても疲れないのに、地下鉄さんは死にそうになってたよ。なんでかな?」

「彼は非常識の力で走っているからだよ。非常識は欲求のエネルギーで発現させているんだ。だから使いすぎると、激しく体力を消耗する。エネルギー不足になってしまうわけさ」

「疲れないだけじゃなくて、汗もかかないわよ。濡れて気持ち悪くならないから便利ね」

「デザイアでは生理的な肉体反応は起きないが、感情が作用した肉体反応は起こる。走っても汗はかかないが、緊張や恐怖で冷や汗をかくことはあるよ。あとはそうだね、極限までリラックスすると、気の緩みから尿意をもよおすこともある」

「あくびをしても涙は出ないけど、感動とか悲しみでは涙が出る、みたいな感じかな」

「ご名答」

「着いたんじゃない?金魚が止まったわよ」


 金魚が動きを止めたのは、十三階建ての、アパートの前だった。なんのデザイン性も感じられない、灰色で巨大な立方体。アパートというよりは、コンクリートで作られた、巨大な墓石とでも言った方がしっくりくる。このアパートのどこかに、少女の話した大男がいるのだ。とはいえ、どの部屋に大男がいるのかも分からないし、カギをかけられていたのなら、そこにいることが分かったとしても、入ることができない。アリスが「どうするの?とりあえず一部屋ずつ調べる?」と言うと、金魚がつんつんと、アリスの顔を口でつついた。そして金魚はそのままアパートの屋上へと向かって、空高く飛んでいった。


「屋上にいるみたいね。探す手間が省けて好都合だわ」

「それで、見つけた後どうするの?職人さんを戻す方法があるんだよね?」

「ただし彼の様子を見てからだ。僕達に攻撃を仕掛けてくるかもしれない」

「臨機応変にってやつよ。まずは行ってみないと始まらないわ」

 そう言ってアリスはアパートに入ろうとしたのだが、ノーフェイスが彼女の前に立ち、それを止めた。

「まちたまえ。事前準備は必要だ。様々なパターンに備え、ミーティングをしてからの方がいいだろう」

「面倒な人ね、なにが起きるかなんて全く分からないでしょ。ミーティングなんて無駄よ」


 アリスはノーフェイスの腕に肩をぶつけながら、乱暴に彼の横を通り過ぎた。そしてアパートのエントランスに入り、素早くエレベーターに乗ると、ノーフェイスを乗せないまま最上階へのボタンを押し、エレベーターのドアを閉めてしまった。

「ノーフェイスが苦手なの?」

「なんだか気に食わないのよ。人間らしく感じられないというか」

「そうかな、顔が無いけど人間離れした感じはしないし、私はけっこう好きだよ。落ち着いて話ができる人だし」

「あなた、男に興味があったの?」

「ちがうよ、友人としてってこと。わたしは女の子が好きなんだから。知ってるのにからかわないでよ」


 二人がそこまで話したところで、エレベーターは最上階に到着した。そしてエレベーターのドアが開くと、目の前に腕を組んだノーフェイスが立っていた。アリスは「下へ参りまーす」と言ってエレベーターのドアを閉めようとしたが、「参らせないよ」とノーフェイスにドアを止められ、しぶしぶエレベーターから出てきた。


「なんでいるのよ。なんでというかどうやって?」

「瞬間移動で屋上へ行った。その後ここで君達を待っていただけだよ」

「そうだったわ……。あなたの非常識をレストランで見たのに忘れてたわ……」

「大男さんは屋上にいたの?」

「あぁ、いたよ。君達を止めようとしても無駄なようだし、仕方がない。屋上への階段はこっちだよ」


 アリスとクラリスはノーフェイスについていき、屋上への階段を上がった。屋上へのドアは開けっ放しになっており、ノーフェイスが「さあ、どうぞ」とアリスとクラリスに先に行くよう促し、二人は屋上へと出た。屋上にはフェンスや給水塔がなく、広さはテニスコート六面分ほど。そしてそこには、少女の話していた大男がいた。全身黒づくめの男、彼で間違いないだろう。大男は三人に背を向け、屋上の端に立っていた。あと一歩でも進めば、アパートの下へ転落してしまうであろうぎりぎりの位置だ。


 アリスとクラリスが大男に近づこうとしたとき、金魚が飛んできて、二人の顔をつんつんと口でつついた。アリスが「案内ありがとう。主人の所へ帰りなさい」と言うと、金魚は店のあった方向へと飛んで行った。アリスとクラリスは慎重に大男に近づいていく。そして彼まであと十メートルほどの距離になった時、二人は足を止めた。


 かすかに大男の嗚咽が聞こえてくる。「すまない、助けられなかった、すまない……」大男はそう繰り返し、泣き続けている。そしてアリスが大男に声をかけようとした、その時だった。大男の体が、前方に傾き、彼は屋上から、身を投げた。

「え……?」

「ちょっと、噓でしょ!?」


 アリスとクラリスは大急ぎでアパートの下を覗き込み、彼が落下した先を確認した。そこには、地面に打ち付けられ、無残な姿となった、大男の体があった……。


次回へ続く……

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