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ENDLESS DESIRE  作者: 清水進ノ介
第一章 アリスとクラリス
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第一章 アリスとクラリス 二

ー アリスとクラリス 二 ー

挿絵(By みてみん)


「二人とも、無事でいてよ……!」

 ローレンスは屋根の上をすばやく駆け回り、アリスとクラリスの元へ急いでいた。街に発生したはぐれものは五人いた。今まで五人も同時に、はぐれものが現れたことがなかった為、そのうちの四人は素早く対処できたのだが、一人を逃してしまった。それが鍛冶屋の老人だった。ローレンスはアリスとクラリスに隠れているよう指示した、赤いドアの家の前に着地すると、すぐに異変に気付いた。

「ドアが開いてる……!」

 ローレンスは二人の名を呼びながら、部屋の中に飛び込んだ。そこにいたのは、アリスだけだった。朱色のリボンをつけていたので、彼女がアリスだと分かったのだ。


 彼女は床に倒れ、意識を失っていた。ローレンスは部屋の中を見回してみたが、クラリスの姿が見当たらない。この部屋で起きた惨劇を知らないローレンスは「大変だ、はぐれものに連れ去られたんだ」と考えていた。

「アリス!アリス起きて!」

「……うん?……ローレンス?」

「大変だ、クラリスがいない。この部屋で何があったの?」

「……え?わたしはここにいるよ?」


 ローレンスは一瞬、言葉を失った。彼女は今、なんと言った?わたしは、ここにいる……?

「きみ、クラリス……。なのかい?」

「うん、クラリスだよ。ごめんね、頭がなんだかぼうっとして。何があったんだっけ……」

「……なにがあったのか、思い出せる?」

「わたし……。わたしは、アリスに……。食べられ、た……?」


 クラリスは懸命に記憶を辿り、この部屋でなにが起きたのかをローレンスに話した。アリスに起きた異常、鍛冶屋の老人のこと、そして自分はアリスに食べられてしまったこと。なるべく細かく正確に、自分が覚えていることを彼に伝えた。ローレンスはクラリスの話を聞き終えた後、しばらく彼女の魂の構造をじっと見つめ、一つの答えを導き出した。


「クラリス、アリスの存在を感じるよね?彼女が自分のそばにいるような、そんな感覚があるでしょ?」

「うん、あるよ。不思議な感覚だけど、アリスがすぐそばにいるのが分かるの。でも、アリスはどこにもいない……」

「そこの窓で自分の顔を見てごらん。それが答えだよ」


 クラリスは窓のそばへ行き、反射した自分の顔を覗き込んだ。アリスに食べられたはずの顔が、元通りになっている。クラリスはしばらく自分の顔を凝視していたが、ローレンスに指摘され、頭のリボンの異変に気付いた。自分が結んでいたリボンは黒色だったはずだ。なのに今は、朱色のリボンが結ばれている。


「……この体は、アリスの体ってこと……?」

「信じられないけどね。きみはアリスに食べられて、彼女に吸収された。一体化してしまったんだ」

「……わたし、本当にアリスに食べられたのかな。だってほら、床に血の跡とかなんにもないし」

「デザイアでは血が流れないんだ。意識が肉だとか骨だとかの形を作ってはいても、血液までは再現されないんだよ」

「……そっか。本当にそうなんだね……」


 クラリスの言う通り、床には血の汚れが一切なかった。クラリスは十秒ほど黙って、自分の手をつねってみたり、ほっぺたをつついていた。自分の意思で体を動かせるし、触れている感覚もある。

「クラリス、大丈夫かい?」

「……ローレンス、レストランに行こう」

「……アリスの食欲は、まだ満たされていないんだね?」

「うん、分かるの。今は眠っているけど、まだアリスは満足してない」

「よし、案内するよ。ついてきて」


 クラリスは驚くほど冷静だった。すでに自分の置かれた状況を理解し、受け入れ、次にとるべき行動を考えている。クラリスとローレンスは、レストランを目指し部屋を出た。

「……うふふっ……」

 その時、クラリスが小さく笑みを浮かべたことに、ローレンスは気付いていなかった……。


 クラリスとローレンスは、レストランを目指し大通りを走る。クラリスはレストランに着く前に、アリスの異変について、ローレンスに詳しく聞いておくべきだと考えた。

「ローレンス、アリスに何が起きたの?なんで突然正気を失っちゃったの?」

「詳しい説明は後でするけど、デザイアでは欲求をため込むと、暴走してしまうんだ。アリスは『お腹が空いた』って何度も要求してたけど、まさかこんな短時間で暴走するなんて……」


 クラリスは非常識のことについても、続けてローレンスに聞いてみた。

「アリスの非常識は『なんでも食べること』でいいのかな。日本刀なんて普通は食べられないよ」

「詳しいことはまだ分からないよ。アリス本人なら、感覚で自分の非常識を理解できるだろうけどね」

「アリスが目を覚ましたら、聞いてみるしかないね」

「二人で一つの体を共有するのは大変そうだよ。こんなケースには遭遇したことがないけど、なんとか別々に戻れる方法を探してみるね」

「そんなことしなくていいよ」


 クラリスは、はっきりとした口調でそう言った。その言葉の中には、余計なことをするなという、クラリスの冷たい意志が感じられた。ローレンスはここでようやく、クラリスが走っている間、ずっと笑みを浮かべていたことに気が付いた。

「……詳しい話は、アリスが目覚めたらにしようか。もう店に着いたし」

「ふふ、うふふ……」

「……逸材を、見つけたかもね」

「なあに?」

「ううん、なんでもないよ。早く店に入ろう」


 二人はレストランにたどり着いた。大通りから狭い路地に入ったその奥、人目に触れないような場所に、そのレストランはあった。薄汚れた五階建てアパートの一階部分が、店になっている。こじんまりとした店構えで、決して豪華とはいえない見た目だ。四つある窓にはカーテンがかかっていて、中の様子は分からない。だがオレンジ色のあたたかい光が、窓とカーテンの隙間から漏れ出しているので、営業していることは確かなようだ。看板は店のドアに、小さく英語で「レストラン」とだけ書かれたプレートがぶら下がっていた。どうやら店名すら無いようだ。それとも「レストラン」という店名なのだろうか。クラリスは「こんばんは」と言いながら、店のドアを開けた。


 店内にはカウンター席が五つ。カウンターの裏がそのまま厨房になっている。テーブル席は、丸いテーブルが二つに、それぞれイスが四つづつ。店の外観と同じで、中もこじんまりとしていた。天井からは、フラスコ型のペンダントライトがぶら下がっていて、店内全体を、温かく照らしている。幸い店内は清潔に保たれているようで、テーブルやイス、床や壁はきれいに磨かれ、ライトの明かりがきらきらと反射していた。そしてクラリスが店内をしげしげと眺めていると、厨房から店主がひょこっと顔を出し、野太い声で話しかけてきた。


「……え?お客さんですかい?」

「あ、そうです」

「なんとまあ!」


 店主がぎょっと驚きながら、厨房から出てきた。ぎょっと驚いたのは、クラリスも同じだ。店主には無数の腕が生えていたのだ。腹から、肩から、背から、不規則な本数の腕が、コックコートを突き破り伸びている。全部で十本?いやもっとある。十二本だろうか。店主はクラリスの目をじっと見ながら、信じられないといった様子で、確認を取ってきた。


「ほ、本当にお客さんなんですね?」

「は、はい」

「お、お、お、お客さんだあ!」


 店主はその場でぴょんぴょんと跳ね、歓喜の小躍りを始めた。「さあどうぞ、こちらの席へ!」と満面の笑みでクラリスを奥のテーブル席に座らせると、どたどたと厨房から、メニューを持ってきた。辞典のように分厚いメニュー表だ。クラリスは適当に何枚かのページをめくり、中を確認してみた。料理の写真は一枚もなく、料理名だけが、全てのページの上から下まで、びっしりと書き込まれている。

「ご注文はお決まりですか?」

「え?えっと、あの……」


 たった今メニューを渡されたのだ。この分厚い束から、すぐに注文など決められない。クラリスがどうしようかと慌てていると、ローレンスが彼女の向かいの椅子に飛び乗り、こう注文した。

「全部で」

「え?」

「え?」


 クラリスと店主が、全く同じタイミングで聞き返した。

「この店の料理、全部。きみの作れるもの、全部お願い」

「か、か、か……」

 店主が言葉にならない声を発しながら、ぶるぶると小刻みに震え始めた。クラリスが「ちょっとまって」と言おうとしたが、その瞬間に店主は、力の限り叫んだ。

「かしこまりましたあぁーっ!」


 店主はカウンター席を飛び越え、厨房に頭から突っ込んだ。ドゴッと鈍い音がして、クラリスは顔をしかめたが、ローレンスは「にゃはは」と笑っていた。店主は何事もなかったように立ち上がり、すぐにトントンと包丁を使う音が厨房から聞こえてきた。

「ぜ、全部なんて無理だよ。食べきれないよ。あとお金もないし」

「大丈夫だよ、デザイアに通貨なんてないから。それにきみ達がデザイアに来たときに説明したでしょ?デザイアでは無限に食べ続けられるんだ。食べたものは胃袋に入った後、体に吸収されずに消えてしまうんだよ」

「あ、そっか。そうだったね」

「それに、彼も喜んでるし」

「店主さんのこと?」


 店主は無数の腕を器用に使い、何品もの料理を同時に作っているようだ。相変わらずぴょんぴょんと小躍りを続けており、客が来たことが本当に嬉しいようだ。

「彼がこの世界に来た時、少しだけ過去を話してくれたんだけどね」

「うん」

「彼は世界中を旅しながら、各国の料理を覚えていった、放浪の料理人だったみたいなんだ」

「世界中?すごいね」

「なんだけど、自慢の料理の腕をもっと振るいたかったのに、病気で突然死んでしまったんだって。そしてデザイアに来て、ここでレストランを開いたんだ。料理の”腕をたくさん振るう”ためにね」


 クラリスは店主の姿を再確認し、あの無数の腕が彼の非常識なのだと理解した。クラリスは料理を待ちながら、店内をもう一度見回してみた。あらためて見てみると、清潔な店内だがこれは掃除が行き届いた結果というより、普段使われていないから、汚れていないだけ。クラリスにはそう見えたし、実際お客の姿は二人以外にはない。


「……でも、お客さんいないね」

「はぐれものが事件を起こして以来、みんな外出しなくなっちゃったからねぇ。ここにお客が来るのは、数か月ぶりだと思うよ」

「店主さん、それであんなに嬉しそうなんだね。……あ、そうだ。スプーンとフォークを持っておかないと」

「うん?料理はまだきてないよ?」

「アリスが目覚めたときに、すぐ食べられるようにだよ。……手づかみで食べ始めないように、先に両手に握っておくの」


 ……いい匂いがする。おいしそうな香りだ。私はなにをしていたんだっけ?確か、レストランに向かっていたはず。だけどクラリスと一緒に、赤いドアの家に入った。入って、その後は……?だめだ、意識がぼんやりして思い出せない。

「あ、アリスが起きたみたい」

「……クラリス?」

 クラリスの声が聞こえる。だめだ、まだ意識がはっきりしない。

「アリス、ちゃんと起きて。これ見える?」

「……ローストビーフ?……ローストビーフ!」


 目の前に並べられた料理を認識した瞬間、アリスの意識が完全に覚醒した。目の前のテーブルに、向こうのテーブルに、カウンター席にも、見渡す限りおいしそうな料理が並べられている。

「ふわああぁぁあ……!」


 まだあどけない少女のような声が、アリスの口から漏れ出た。目の前の光景が信じられず、喜びが脳から溢れ出した結果、頭が真っ白になってしまっている。大好きなローストビーフ、パスタ、ピザ、ボルシチ、ペキンダック、トムヤムクン、ナシゴレン、スシ、ほかにも、もっと……。

「アリス、これ全部食べていいんだよ」

「ぜんぶ……?ぜんぶたべていいの……?」

「そうだよ、でも行儀よむぐうぅっ」


 クラリスが言い終える前に、アリスは料理を食べ始めていた。スプーンとフォークをざくざくと料理に突き刺し、次から次へと口に運んでいく。初めて食器を手にした子供のようで、とても行儀がいいとは言えない食べ方だが、手で鷲掴みにしていないだけましだった。アリスは目をとろんと、とろけさせ、幸せに満ちた表情で料理を平らげていく。クラリスは抵抗して、もう少し落ち着いて食べさせようと試みたが、すぐに諦めた。あまりにアリスの力が強く、抵抗できる気がしなかったのだ。

「にゃはは、すごいね、これは。……いやあ、思っていたより、すごいね、はは……」


 アリスの食べっぷりに、ローレンスは引いていた。厨房の店主は、喜びのあまり涙を流している。何本もある腕のうちの一本がハンカチを持ち、涙が料理に入らないよう目をぬぐっていた。

「えーっと、クラリス。返事はしなくていいよ、できないだろうし。ぼくはこれから、きみ達の味方になってくれる人を呼んでくるね。彼が来るまで、ゆっくり食事を楽しんでいてよ。いや、その様子だとゆっくりは無理だね、はは……」


 ローレンスがしっぽを一振りすると、店のドアが勝手に開いた。

「あ、そうだ。呼んでくる彼の名前を伝えておくね。彼の名前は、ノーフェイス。名前のままの男だから、見ればすぐに分かるよ」


 ローレンスが店を出てから、六時間ほど経った後。真っ黒な紳士服に身を包んだ男が、レストランの前に立っていた。外見の年齢は二十台半ばから後半くらい。身長は百七十五センチほどの、中肉中背だ。彼は黒いシルクハットを軽く整え、朱色のネクタイをきゅっと締め直すと、レストランのドアを開いた。彼の目にまず飛び込んできたのは、店内のあらゆるところに積み上げられた皿の山。そしてとてつもない勢いで、デザートを平らげていくアリスだった。

「ずいぶん待たせてしまってすまない、初めまして」


 男はシルクハットを脱ぎ、二人に挨拶した。アリスは意に介さず食事を続けていたが、クラリスは目線だけを男に向け、その姿を確認した。今も体はアリスに支配されているが、彼女の食欲はだいぶ満たされてきたのだろう。クラリスの意志で、目線を動かすくらいは出来るようになっていた。クラリスは店に入ってきた男の顔を見て、すぐにそれがノーフェイスだと分かった。ローレンスは言っていた。「名前のままの男」だと。


 ノーフェイス。NO FACE(顔の無い人)。男には、顔が無かった。眉、目、鼻、口、全てが無い。だが髪は生えていて、肩にかからない程度の長さの黒髪を、オールバックにしていた。

「大雑把にだが、ローレンスから事情は聞いているよ。君達は一体化して……」

「むしゃむしゃ。がつがつ」

「……まだ食事中だね。僕は終わるまでまっているよ」


 ノーフェイスはシルクハットを被り直し、腕を組み壁に寄りかかった。ずいぶん落ち着きのある人だな、というのがクラリスの、彼への第一印象だった。ローレンスから事前に教えられていたとしても、この店内の状況を見れば、大抵の人は驚くだろう。しかしノーフェイスはさほど気にも留めず、平然としていた。するとそこに、店主がプディングの乗った皿を持って、アリスの元へやってきた。

「こちらが、当店最後のメニューです……!」


 小さな皿が、アリスの前に置かれた。カラメルソースをかけただけの、シンプルなプディングだ。アリスは皿を持ち上げ、一口で口の中に流し込んでしまおうとしたが、途中で考え直したのか、皿をテーブルに置きなおし、スプーンでゆっくりとプディングをすくい、一口づつ、味わって食べ始めた。店主はその様子を黙って見つめていた。アリスはプディングを食べ終え、静かにスプーンを皿に置いた。


「……私ね、昔から食べるのが大好きだったの。それしか楽しみがなかったし」

「……はい」

「住んでいた屋敷には専属のシェフがいてね。頼めばなんでも作ってくれたわ」

「……はい」

「そのシェフには本当に感謝しているのよ。でも味が薄くて……。私達の健康は徹底的に管理されてたから、仕方なかったけれど」

「……はい」

「つまり何が言いたいかって、ここで食べた料理が、今までの人生で一番おいしかった」

「!」

「ありがとう」


 店主は泣き崩れ、床に突っ伏した。豪快に泣き崩れたものだから、その振動でテーブルに積んであった皿の山が崩れそうになってしまった。アリスは急いで両手を伸ばし、皿の山が崩れるのを防いだ。だが、次は店主の背後に積み重ねられていた皿がバランスを崩し、雪崩のように彼に襲い掛かろうとしていた。

 その時、アリスとクラリスは不思議な光景を見た。壁に寄りかかっていたノーフェイスが、一瞬で店主の後方へ転移し、皿を抑え崩壊を止めたのだ。瞬間移動。どうやらそれが、ノーフェイスの非常識のようだ。

「危ないね。この皿は早く片付けたほうがいい」


 店主は涙をぬぐいながらゆっくりと立ち上がり、周囲に積まれた皿をせっせと片付け始める。すでに正気を取り戻していたアリスは、きょろきょろと周囲の様子を確認すると、ノーフェイスに話しかけた。

「あなた誰?……というか、ここはどこかしら?レストランよね?」

「よかった、アリス。正気に戻ったんだね……」

「……クラリス?どこにいるの?」


 アリスは不思議そうに、クラリスを探した。確かに声が聞こえたはずなのだが、その姿が見当たらない。クラリスの声は自分の口から出ているのだが、アリスはそれに気付いていないようだ。

「えーっと、アリスの中……」

「……なんですって?」

「あのね、アリス。落ち着いて聞いてね」


 どうやらアリスは、赤いドアの家に入ったあたりから記憶がないらしく、クラリスは事のあらましをアリスに説明した。そしてクラリスの話を聞き終えた後、アリスは肩を抱いて震え始めた。

「……私が、あなたを、食べた……?」

「うん、信じられないだろうけど。わたしがアリスの中にいるのが証拠だよ」


 アリスはがくがくと全身を震わせている。ノーフェイスはその様子を見て「無理もない。ショックを受けてしばらくは泣き続けるだろう」と予想していたが、アリスが体を震わせていたのは、全く別の理由だった。

「……あはっ、あははは……」

「……ふふっ、うふふふ……」

「あはははは!」

「うふふふふ!」


 アリスとクラリスは、天を仰いで高笑いを始めた。アリスが震えていたのは、恐怖からではない。絶望からでもない。それは、歓喜だった。天にも昇るような高揚感が、アリスの全身を震え上がらせていたのだ。

「夢が叶った……!やったわクラリス!」

「信じられないよ!本当に一つになれるなんて!」

「……君達、何を言っているんだ……?」

「私達、一つになりたかったのよ!絶対に離れられないように!ずっと一緒にいられるように!」

「子供の時からずーっと!二人で話してたの!生まれ変われたなら、一人の人間になりたいねって!」


 二人は笑い続けた。狂ったように笑い続けた。厨房にいる店主は、何事かと様子をうかがっていたが、顔を引っ込め厨房の奥へ隠れた。笑い続ける二人を見ていると、だんだん恐ろしくなってきたのだ。ノーフェイスはカウンター席に座ると、二人の様子を横目に見ながらこう言った。


「……君達を見て久しぶりに、師匠の言葉を思い出したよ」

 ”その世界は、あらゆる欲求を、あらゆる非常識を受け入れる”

 ”誰もが平等に、自分だけの欲求を、追求できる世界”

「ようこそ、アリスとクラリス。【欲求の世界デザイア】へ」


第一章 アリスとクラリス 終

次回『第二章 母と子』へ続く……

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