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ENDLESS DESIRE  作者: 清水進ノ介
第四章 仮面と指輪
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第四章 仮面と指輪 三

ー 仮面と指輪 三 ー


 マリーと男は全力で大男から逃げるが、予想外に大男の速度が速く、このままでは追いつかれてしまいそうだった。坑道の狭い通路を選ぶことで、体格の大きい大男の動きを制限しながら逃げてはいたのだが、なにか別の手を考えなければならない。

「ねえ、もっと細い道ないの!?」

「そんなもんない!」

「こっちの道に行こう!あそこの通路、かなり細い!」

「ありゃあ通路じゃない、ただの亀裂だ!」

「なんでもいいって!早く!」


 二人は坑道の壁の亀裂に身をねじり込み、大男から逃げきった。大男は細い亀裂に入ってこれず、隙間からじっとマリーを見つめている。マリーはぞくっとした寒気を覚え、亀裂の先へとさらに体をねじ込みながら逃げた。

 亀裂の先には細い通路が延びていて、なんとか普通に歩けるようになった。実際は通路とは呼べず、ただの細い隙間なのだが、マリーと男は引き返すわけにもいかず、キノコで青白く光るその道を、進み続けるしかなかった。


「参ったな、あいつなんで急に襲ってきたんだ?おとなしい奴だと思ってたんだけどなぁ」

「あたしのこと見て襲ってきたよね」

「知り合いじゃないよな?」

「知らない!ていうか、自分達のこと考えた方がよくない?」

「そうするしかないよな。さて、これからどうするか」

「鉱石を見つける!」


 男は呆れた顔でマリーを見た。彼女は坑道内で迷子になっているというのに、外へ出ることよりも鉱石を見つけることを優先している。男は最初、困ったものだと思っていたが、それほど鉱石が欲しい理由がなにかあるのだろうと考え直した。

「おまえ、なんでそんなに鉱石が欲しいんだ?」

「友達を助けるの。街に入ったときに、あたしのせいで、傷つけたから」

「……大変な状況なのか?」

「命に別状はないよ。でも治療するのに必要なの」

「そうか、じゃあ絶対見つけないとな」

「うん」

「その鉱石はな、特殊な力を宿してるんだ。生命力を強化する力を持ってんだよ」


 男は壁に生えていた、青白く光るキノコをちぎると、それをマリーに渡した。

「この辺のキノコ、やたらでかいだろ?鉱石の力でこうなってんだ」

「キノコだけ大きいのはなんで?森の木とかは普通の大きさじゃん」

「鉱石があるのは鉱山の中だけだ。森のキノコは、ここから菌糸が森まで伸びて、そこで成長してるんだ」

「へぇ~。そういう仕組みだったんだ」

「あぁ、あと一つ気になることがあるんだよな」

「なに?」


 男は通路に生えている、邪魔なキノコを次々と手で叩き落としながら、うっとおしそうに言う。

「ここ数日で、坑道のキノコの数がやたら増えてるんだ」

「そうなの?どうしてだろうね」

「そのうちなにかが起きるかもな。でもおまえの目的は、鉱石を持って帰ることだろ?」

「うん!絶対持って帰る!」

「ならそれだけ考えりゃあいい。……余計なこと考えると、身を滅ぼすからな。まっすぐやるべきことだけ考えないとよ」

「……急にどうしたの?」

「いや、いい。気にすんな」


 マリーと男は、どこまで続いているかも分からない道を進み続けた。しばらくすると、また壁に亀裂があり、二人はそこをなんとか通り抜ける。するとその先には小さな泉があり、男は「ここか!」と喜びの声を上げた。

「この泉は何度も来たことがある休憩地点だ。助かったな」

「迷子にはならずに済んだね」

「こいつは湧き水だ。美味いぞ、飲んどけ」

「すごい光ってるけど、飲んでいいの?」

「……おかしいな。泉の中にまでキノコが生えてる。いつの間にこんな……」

「なんかこの辺、やたら明るくない?ちょっとまぶしいくらいだけど」

「……キノコの量、やばいな。なんだよこれ……」


 坑道の奥へと続く道には、足の踏み場を探すのが難しいほどに、キノコが生え一面に広がっていた。鉱石を採るためには、このキノコの絨毯を踏みしめながら先へと進むしかない。男はちらりとマリーの顔を確認し、彼女の顔に迷いが無いことを確かめると、坑道の奥へ足を進めた。


「大したもんだな。こんなの見たら普通は逃げるぞ」

「最後にここに来たのっていつなの?その時はこんなに生えてなかったんでしょ?」

「昨日もここに来たけどな。そのときはこんなキノコまみれじゃなかった」

「たった一日でこんなになったの?やばいじゃん……」

「キノコは張り巡らせた菌糸から、一気に栄養を吸って急激に成長するんだ。それにしたってこれは異常だけどな」


 間違いなくこの鉱山で異常が起きているが、マリーはそんなことは気にしていなかった。目的は鉱石を持って帰ること、それだけだ。マリーは足元のキノコの大群を踏みつけながら、目的地までどれくらいかと男に聞いた。

「鉱石まではまだ長いの?」

「現在地は坑道の半分から少し先ってところだ。ここまで来たらそう遠くない」

「じゃあ早く行こう!なんかここやばい感じだし!」

「そのうちローレンスかノーフェイスに報告しないとな……」

「……ねぇ、なんか聞こえない?」

「……危ない!避けろ!」


 坑道の中に、ゴロゴロと地鳴りが響き、その瞬間天井が崩れ、大きな岩がマリーを目掛け落ちてきた。男はとっさにマリーを前方に突き飛ばしたが、落ちてきた岩が道を塞いでしまい、二人は分断されてしまった。多少隙間があるので声はお互いに届くが、岩をどかして合流することは無理そうだった。


「仕方ねぇ、おまえは先に行ってくれ。おれは別ルートで合流する。確かずっと昔の坑道があったよな……」

「あたしなら、この岩殴って壊せるかも」

「おまえそんな馬鹿力なのか?でもやめとけ、その衝撃でもっと崩落するかもしれねぇ」

「そっか、分かった!」

「その先に五メートルくらいの、でかいキノコがあるはずだ。そこで待っててくれ」

「了解!じゃあ後で!」


 マリーはそう言うと、足元のキノコを蹴り飛ばしながら、坑道の奥へ走った。奥へと進むほどにキノコは多くなり、坑道はまるで真昼の太陽の下にいるかのように、どんどん明るくなっていく。マリーは五分ほど走り続け、男の言っていた、大きなキノコを発見した。この先のルートが分からないし、無暗に進んで迷子になるわけにはいかない。マリーは男がここに来るまで待つしかなかった。

 そしてマリーが一息つこうと大きく深呼吸をした時、彼女はヴゥーンという虫の羽音のような音を聞いた。なにがその音を発したのかと周囲を見回すと、坑道の奥から、なにかがこちらに歩いてくるのが見えた。なにかは「ヴゥーン、ヴゥーン」と低い音を出しながら、ゆっくりとマリーに向け近づいてくる。


 間もなくマリーは、そのなにかの正体が分かった。それは短い手足の生えた、歩く人間大のキノコだった。キノコの笠の部分は青白い光を放ち、その下の軸には小さな二つの目と手足が生えており、のっそりとした動きで歩いている。口がないそのキノコ型の生物は、体全体を振動させることで「ヴゥーン」とくぐもった音を発生させている。この音は”警告音”だろう。相手に対する威嚇であり『こちらに近づくな』という意思表示だ。どうやらこの坑道の奥は、このキノコ型の生物の縄張りとなっているようだった。


「通るなって言ってる?でも無理矢理行くよ!」

「ヴゥーン……」

「こうなったらあの人を待ってるわけにはいかないし。走り抜けてやる!」

「ヴゥーン、ヴゥーン……。ヴゥーン……ヴゥーン……」

「……あれ、おかしいな。音が増えてる気が……」

「ヴゥーン、ヴゥーン、ヴゥーン、ヴゥーン、ヴゥーン、ヴゥーン、ヴゥーン、ヴゥーン、」

「……やば。ちょっとまって!やばいやばい!」


 音が増えているのは、マリーの気のせいなどではなかった。周囲に生えていた無数の小さなキノコが、爆発的に成長し、何十体ものキノコ型の生物となり、マリーはあっという間に、その生物に取り囲まれてしまっていたのだ。マリーは群れを突っ切り、強行突破してやろうと考えていたが、不意にめまいに襲われ足元がふらつき、その場で膝をついてしまった。


「なにこれ、毒……?」

「ヴゥーン、ヴゥーン……」

「……胞子だ。この振動音、ただの警告じゃなかった。笠を振動させて、毒の胞子をばらまいてたんだ……!」

「ヴゥーン、ヴゥーン……」

「あぁ、もう!一時撤退!」


 マリーは立ち上がり、キノコ型の生物を突っ切って、必死に今来た道を引き返した。この生物が坑道奥の縄張りを守るためにここにいるなら、そこから遠ざかっていけば、深追いはしてこないだろうと、彼女は判断したのだ。

 マリーは岩が崩落し、道を塞いだ地点まで戻って来た。戻って来たはいいが、ここからどうするかまでは考えていなかった。そしてしばらく考えた後、天井が崩落するのを覚悟の上で、この巨大な岩を叩き砕くことを決めた。謎の生物に占拠されたこのルートで、坑道の奥へ進むのはあまりに無謀であり、ならば他の道を通り奥へと進むしかない。マリーは鉱石を手に入れることを、全く諦めていなかった。そして岩を砕くため、全身の筋肉を膨張させようとした瞬間、マリーは激しいめまいと痺れに襲われ、その場でうつ伏せに倒れ込み、動けなくなってしまった。


 耳をすますと、かすかにヴゥーン……と振動音が聞こえ、その音はゆっくりと近づいてくる。あの生物は、執念深かった。キノコ型の生物の大群が、ゆっくりとマリーへ迫って来ていた。マリーは体が完全に痺れてしまう前に、渾身の力で「助けて!」と叫んだ。この状況下では、誰かに助けを乞う以外に、もはや彼女に出来ることは無かった。

 その頃マリーと別れた男は、大急ぎで岩の崩落地点へ戻ってきている途中だった。彼はマリーと別れた後、大昔の坑道を使おうと考えていたのだが、その道は菌糸が邪魔をして進めなくなってしまっていた。そして仕方なく道を戻っている最中に、マリーの助けを呼ぶ叫びが聞こえたのだ。


「なにがあった、くそ、あの時別れるべきじゃなかったな……!」

「がああぁあ!」

「は?ありゃあ……」

「どこだ……!どこだ……!!」

「おまえ、おれの言葉分かるか?話せるか?」


 坑道の真ん中に、大男がいた。どのルートを通ってここまでたどり着いたのか、どうやら彼はマリーを探し、坑道をさまよい続けていたようだ。男は彼を連れて行っていいか迷ったが、この状況で助けになりそうなものは、全て活用するべきと考え、大男との対話を試みた。

「どうだ?ちゃん会話出来るか?」」

「教えて、くれ……。助け、ないと……」

「……おまえ、あの女の子を探してるのか?」

「声、聞こえた……!助けて、声……!」

「……分かった、こっちだ!ついて来な!」


 二人の男はマリーを助ける為に、坑道を全力で走った。そして岩の崩落地点へとたどり着き、男はマリーの安否を確認するために大声で叫ぶ、しかしマリーは気を失ったままで、彼女にその声は届いていない。男は岩の隙間から、マリーが倒れているのを発見し、その後ろに無数のキノコ型の生物を捉えた。なんとか道を塞ぐ大岩を破壊し、マリーを助け出さねばならない。


「崩落なんて気にしてられねぇ、全力でこの岩ぶん殴れ!」

「があああ!!」

「くっそ、急げ、少しでもいい、隙間が広がれば引きずり出して……」

「があぁっ!!ぐ、う、ああぁあ!!」

「あ?おまえどうした!?」


 大男の様子がおかしい。彼は岩を殴りつけるのではなく、必死に自身の頭を殴っていた。そして岩に手をついたかと思うと、何度も岩に向って頭を打ち付け始めたのだ。

「なにやってんだ!お前まで倒れちまうだろ!」

「かめ、ん……」

「は!?」

「この、仮面を、壊す……!」

「仮面!?」


 大男は朱色の仮面をかぶっている。なにが理由か分からないが、彼はその仮面を壊そうと、岩に頭突きを繰り返していた。

「この仮面、が、俺の、頭を乱す……!」

「おまえ、正気に戻って……」

「うおおぉお!!」


 大男は全力で岩に頭を打ち付け、その瞬間まばゆい閃光が仮面から放たれた。仮面はボロボロと崩れ落ち、大男の素顔が露になる。大男は頭を押さえ、足元がおぼつかない様子で倒れそうになったが、体勢を立て直すと、岩の隙間からマリーの姿を確認した。

「マリー!!しっかりしろ!!」

「おまえ、大丈夫なのか!?」

「マリー!!」

「マリー?あの女の子のことか……?」


 大男が両手を岩に叩きつけると、岩は重力を無視したかのように宙に浮かび始め、天井へと吸い込まれるようにして、元あった場所へ戻っていく。彼は岩の時間を巻き戻し、崩落する前の状態へとリセットしたのだ。岩が道を開けると同時、大男はキノコ型の生物へと突進した。マリーに最も近づいていた個体が、突進の衝撃により跳ね飛ばされ、さらに大男は雄たけびを上げながら、キノコの群れを次々と殴りつけ砕いていく。


「マリーを運んでくれ!俺はこいつらを殺す!」

「なに言ってんだ、そんなことしてねぇでおまえも来い!」

「こいつらがどこまで追って来るか分からん!ここで全滅させる!」


 大男は圧倒的な暴力をもって、キノコ型の生物を叩き潰していく。毒の胞子も大男にとっては無害と変わらなかった。自身の時間を戻し続ければ、毒をどれだけ浴びようが関係がない。男はそれを見て、自分がやるべきことは、彼に頼まれた通りに、マリーを安全な場所まで運ぶこと、それだけを考えればいいと判断し、マリーを担ぎ上げると坑道を走り、泉のあった場所へと戻った。


「おい、目ぇ覚ませ!おい!」

「……」

「駄目か、どうすりゃいい。なにをされたんだ……!」

「マリーは!?」


 すぐに大男も泉まで走って来て、二人に合流した。彼は非常識を多用したのだろう。ぜぇぜぇと肩で息をしていた。

「意識が戻らねぇ、あのキノコ共は?」

「奥へと逃げて行った。俺がマリーを戻す」

「戻す?」


 大男がマリーの額に左手を当て、三分ほど経つと、マリーの目がぱっと開いた。彼はマリーの時間を、毒を受ける前の状態まで戻したのだ。彼女が真っ先に目にしたのは、心配そうな顔でマリーを見つめる大男であったのだが、仮面が無くなっていたので、彼女はそれが大男だと気付かなかった。


「……マリー、だな?生きているんだな?」

「え?」

「よかった……。無事で、本当に……」

「いや、誰?」

「……俺が分からないのか?」

「えっと、ごめん。初対面のはずだけど」

「でもこいつ、おまえの名前知ってたぞ」

「え?あ、そうだよ!なんであたしがマリーって知ってるの!?」

「地球でお前と一緒に生きてきた。……覚えていないのか?」


 マリーはきょとんとして、顔を左右に振り「知らない」と言った。それを聞いて、大男の顔に寂しさと悲しみが浮かんだ。”覚えていない”ではなく”知らない”とマリーは言った。その言葉が大男の心を締め付けた。

「……俺の名前も分からないのか?」

「……あの、ごめんね?ほんとにキミのこと知らないの。キミ、なんて人?」

「バリー。お前がくれた名前だ」


次回へ続く……

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