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ENDLESS DESIRE  作者: 清水進ノ介
第四章 仮面と指輪
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第四章 仮面と指輪 二

ー 仮面と指輪 二 ー


 魂が麻痺したアリスとクラリスは、アパートで待機することになった。非常識を使えないだけならまだしも、万が一はぐれものに遭遇した際、とっさの判断で危険を回避することが難しい。人形工房へは、ノーフェイス・マリー・ミューズの三人で向かうこととなり、アリスは手を振ってそれを見送った。


「どうせはぐれものが出てくるわ。気を付けてちょうだいね」

「不吉なことを言わないでくれ」

「行ってきます」

「またねー!」


 ノーフェイス達は地下鉄に乗り、街の北西へ向かう。マリーとミューズはずっと楽し気に会話しており、こうしていると、とてもマリーがはぐれものだとは思えない。ミューズはマリーに、ふと気になったことを質問してみた。

「そういえば、マリーはどうして街に入ってきたのですか?」

「えっとねぇ」

「はい」

「……」

「……マリー?」

「分かんない!」

「え?」


 マリーは顔を左右に揺らしながら、不思議そうに、なぜ自分が街に侵入してきたのかを話した。

「なんでか分かんないけど、強いて言えば、入ってきたくなったから!」

「なんとなく、ということでしょうか」

「うん!なんとなく!」

「これがはぐれものの、よく分からない点でね。全員が同じことを言うんだ。なぜ街に入ったか分からないとね」

「街の外は、暮らしづらい場所ではないのですか?」

「全然そんなことないよ!街の中よりは不便だけど、みんなで楽しく暮らしてるよ!」

「不思議な話ですね……」

「そろそろ到着だ。下りる準備をしよう」


 三人は街の北西へと到着した。辺りには三十階を超える高層ビルがひしめき合い、それらは碁盤の目のように規則正しい間隔で並んでいる。ミューズが人形工房の場所を思い出そうとしていると、ノーフェイスが「こっちだよ」と先導した。マリーは目線を高く上げ、きょろきょろと高層ビルを眺めながら歩いている。


「あたしが街に居た頃は、東側に住んでたんだよ。この辺の建物は大っきいね!」

「最上階から景色を眺めてみたいですね」

「高いところ好き!登ってみようよ!」

「残念だが工房は地下にある。登るどころか下りることになるね」

「え~、そうなのぉ~?」

「……わたくしは、どれくらい湖で眠っていたのでしょう」

「職人に聞けば覚えているだろう。さぁ、このビルの地下だ」


 三人はとあるビルの中へ入り、エレベーターを使わずに、階段で地下へと降りて行った。人形工房はエレベーターでは行くことが出来ない、隠された場所にあるからだ。階段を百八段降りたところで、左手側の壁を注意深く探ってみると、実は押戸になっていて壁の先へと進むことが出来る。工房へと続く、蛍光灯に照らされた真っすぐな廊下を進みながら、ミューズは、はぐれものについての疑問を口にした。


「わたくしがデザイアに来た頃は、はぐれものなんていませんでした。なにかきっかけがあって、現れるようになったのですか?」

「はぐれものは何故発生するのか、なにも分かっていないんだ。昨日まで穏やかだった人間が、突然暴力を振るう。一年ほど前から起き始めた、謎の現象なんだ」

「あたしだって昔は美人に嫉妬しても、ひっぱたきたいなんて思ってなかった!」

「街の外に出されたはぐれものは、元の穏やかな人格へ戻る。街に入ってきた瞬間、凶暴性をまた発揮するようになるんだ」

「この街が、なにか悪い影響を与えているのでしょうか」

「現時点ではなにも分からない。さぁ、ここが工房だ」

 

 一行は人形工房へと到着した。鉄製の扉に、おそらく筆で書いたのであろう”道”という一文字がある。ノーフェイスはノックせずに扉を開け、工房へと入った。工房の中は薄暗く、天井の蛍光灯は消されている。その代わりに大きな提灯が下げられており、これが唯一の光源になっていた。そして壁一面に、高さ二メートルほどのショーケースが設置され、その中には無数の人形が飾られている。西洋人形、日本人形、どこかの部族で使われていた儀式用の人形だろうか、大小様々、多種多様な人形が、ショーケースの中で、きれいに整列していた。


「以前来た時よりも人形が増えている。見る人によっては不気味な空間だろうね」

「不気味に思わない人がいるのでしょうか」

「すっごーい!かわいいお人形さんがいっぱい!」

「いましたね」

「……ノーフェイスか。久しぶりじゃねぇか」


 工房の奥から、小柄な老人がのそのそと現れた。真っ黒な着物を着て、頭髪は無いが、首が隠れるほどにあごひげを伸ばしている。顔つきは太い眉の下に、しっかりとした力強さのある大きな目があり、良く言うならば職人気質を、悪く言うなら気難しさを感じさせる顔だった。職人はノーフェイスの後ろにいるミューズに気付くと、一瞬その顔が嬉しそうにほころんだが、すぐに険しい顔つきになった。


「お前、腕をどうした?」

「すみません、欠損してしまいました」

「そんなもん見りゃわかる。方法を聞いてんだ」

「わたくしの非常識が暴走しまして」

「それで両腕が吹っ飛んだのか?とんでもねぇな」


 ノーフェイスはポケットの中から、包み紙にくるまれた飴玉を取り出し、人形職人に渡した。職人はその飴玉を誰が作ったのかすぐに察し「あいつは元気にしてんのか?」とノーフェイスに聞いた。

「亭主と仲良くやっているよ」

「で、まさか飴玉だけか?酒はねぇのか?」

「飲みたいなら店に来てくれと、伝言を頼まれた」

「ま、気が向いたらそのうちな。ほら、腕を見せてみろ」

「せっかく作っていただいたのに、申し訳ございません」

「いや、怒っちゃいねぇよ。しかし馬鹿力を発揮したもんだな。かすり傷をつけるだけですら、難しい体なのによ」


 職人がぱちんと指を鳴らすと、工房の奥から、身長十センチほどの、小さな人形がわらわらと集まってきた。何十体もいるものだから、正確な数は分からない。職人が「イスを持ってこい。二脚でいい」と命令すると、人形達は工房の奥へと一斉に走り、力を合わせてイスを二脚運んできた。


「座れ、嬢ちゃん。十年ぶりに会ったと思えば、こんな姿で現れやがって」

「十年も経っていたのですか」

「魂が人形に定着するまで、ひたすら安静にしとけと言ったが、どこで何してた?」

「ずっと湖の底で眠っていました」

「……そこまでしなくてよかったんだぞ。安静にとは言ったがよ」


 ミューズはにこりと笑い「そこまでしてよかったですよ」と言った。

「そのおかげで素晴らしい人に出会えましたから」

「そうか、そりゃよかったな。記憶障害は起きてねぇか?」

「昨日まで記憶喪失でしたが、もう大丈夫です」

「なら魂は人形に定着してるな。……味覚と嗅覚は、やっぱり駄目か?」

「はい」

「……そうか」


 職人は会話をしながら、ミューズの腕の切断面や、他に傷を受けた部位は無いかを調べた。そして腕の他にダメージを受けていないことを確認すると、腕を組み、眉間にしわを寄せて話を続けた。

「お前の体は特別製だ。簡単には直せねぇぞ」

「時間がかかりますか?」

「まず材料が足りねぇ。街の外でしか採れねぇ、特殊な鉱石が必要だ。お前の魂は欲求はしっかりしてるが、生命力が弱めだ。鉱石がそれを補ってくれるわけだ」

「一応聞いておくが、予備は無いのだね?」

「腕が無くなるなんて、考えてなかったからな。採ってくるしかねぇぞ」


 ノーフェイスはさてどうするかと考えた。今このタイミングで街の外に出るのは、都合が悪い。

「困ったね。結界を超えて外に行けるのは、僕とローレンスだけだが……」

「ローレンス様はどこかへ行ってしまいましたね」

「僕が外に行ったら、はぐれものが現れたと情報が入っても、対処できる者がいなくなる。アリス達は動けない状態だしね」

「わたくしは急ぎませんので、今日は帰りましょうか」

「あたしが鉱石を採って来るよ!」


 マリーが右手を上げて、元気よくその場で飛び跳ねた。職人はマリーをちらりと見ると、ノーフェイスに「そういや、こいつは誰だ?」と尋ねた。

「細かい事情は省くが、協力者だ」

「あたしが行くよ。あたしが原因だし、早く直してもらわないと申し訳ないし……」

「……気にしないでと、言っていますのに」

「とは言うがよ、どうやって結界を超えるつもりだ?」

「強制退去でいいじゃん!」

「だが戻って来る時は、どうするつもりだい?」

「なんとかなるでしょ!どうせ結界なんて、また消えるし!その隙に入ってくるもんね!」


 ミューズは椅子から立つと「彼女と話があります」と言って、工房の外へ出た。その口調には少々苛立ちが含まれており、マリーはおどおどした様子でミューズについていった。

「マリー、わたくしの腕のことは、本当にもう気にしなくていいです」

「でもぉ……」

「あなたが本当は悪い人でないことは、もう分かっています。そんな態度でいられると、かえってこちらが気を遣います」

「うん……」

「ローレンス様が戻ったら、執政官様のどちらかに鉱石を頼みましょう」


 マリーはしばらく気まずそうに顔を伏せていたが、このままではいけないと決意し、顔を上げた。マリーは真面目な顔で、じっとミューズの顔を見て言った。

「だめ。あたしが行く。鉱石を採って来る」

「……」

「そうじゃないと、自分を許せないから」

「……自分を、許せない」

「うん」

「……分かりました。腕が直ったら、思い切りひっぱたかせてもらいます」

「うん!約束!」


 工房へ戻った二人は、職人に鉱石の採れるという鉱山の場所を聞き、その近辺へとマリーを強制退去してもらうことにした。ノーフェイスの使う強制退去は、大まかな転移場所は選べるが、細かい座標まで指定できるほどの精度は無い。鉱山から多少離れる心配はあったが、転移後のことはマリーに任せるしかなかった。


「では転移するよ」

「かかってきんしゃい!」

「無理はなさらないでくださいよ」

「だいじょーぶ!」

「転移」


 薄暗い工房が一瞬光に包まれ、マリーは街の外へと転移した。ふっと意識が途切れたかと思うと、マリーは街の外、見知らぬ森の中にいた。この森には特殊なところがあり、木や草の大きさは普通なのに、生えているキノコだけが異様に大きい。マリーの周囲には、彼女の背丈をはるかに超える、大きなキノコがたくさん生えていた。人形職人が言うには、まだ街に結界が貼られていなかった頃、この森はちょっとした観光名所になっており、街の中からここまで旅行に来る者もそれなりにいて、通称「巨人キノコの森」と呼ばれていたのだという。


 この大きなキノコは、上から下まで真っ白で、広げた傘の形状をしている。そして不思議な青白い光を放っていて、夜の森を歩くのに困らない程度に、周囲を柔らかく照らしていた。マリーは人形職人から「鉱山の頂上にはでっかいキノコが生えてる、それを探しな」と聞いていたので、周囲を確認するため、ぐーっと背伸びをし、そのままぐんぐんと背を伸ばし続けた。マリーは最高で十五メートルまで身長を伸ばすことが出来る。そして周囲のキノコよりも高く伸び、お目当ての鉱山の場所を発見した。

「山のてっぺんに、大っきなキノコが一本!あそこだ!」


 鉱山の頂には、高さ二十メートルはある、巨大なキノコが生えていた。もちろんそのキノコも青白い光を放っていて、マリーは月が二つに増えたのかと、一瞬錯覚を起こしそうになった。マリーは身長を元に戻すと、鉱山に向って駆け出した。しかし走り始めた瞬間に、上の方から「おい!」と誰かに呼びかけられ、その足を止めた。マリーが声の聞こえた方向を見てみると、高さ八メートルほどのキノコの上に、一人の男が立っていた。


「おまえ今、強制退去されてきたか?新入りのはぐれものか?」

「ちがうよ!出戻り!」

「はあ?街に入ってまた戻って来たのか?」

 男はキノコを階段代わりにし、マリーの元まで降りてくると、マリーの体を興味深そうに見ながら話しかけてきた。

「おまえさっき、めっちゃ長くなってたな。足を伸ばす非常識か?」

「そんなことより誰?なんか用?」

「良ければ協力して欲しいんだ。人を探しててよ」

 

 男はマリーよりも一回りは年上で、おそらく三十代半ばだろう。身長百八十センチほど、細身のひょろっとした、短髪の黒人だ。彼は人の好さそうな笑顔を見せると、マリーに右手を出し握手を要求してきた。マリーはそれに応えると「この辺に集落があるの?」と男に尋ねた。

「あるよ、歩いて十分くらいかな。でもおれはあの鉱山で、指輪を作って暮らしてるんだ」

「指輪職人?わざわざ鉱山で暮らしてるの?」

「基本は鉱山にこもってるな。あそこで採れる、特殊な鉱石が必要でよ」

「それ!それ欲しい!」


 マリーは飛び跳ねて、それをちょうだいとアピールした。欲しいと言われても、日ごろそれを持ち運んでいるわけではない。男が今は鉱石を持っていないと伝えると、マリーは露骨にがっかりした顔になった。

「まぁ、鉱山の奥にならゴロゴロあるけどよ」

「採れる場所教えて!」

「その代わり人探しを手伝ってくれ。おまえはおれと違って、高いところから周りを見渡せるんだろ」

「どんな人を探してるの?」

「全身真っ黒の服で、朱色の仮面をつけてる大男だ」


 その大男とは、数日前にアリス達が遭遇した、時間を戻す非常識を使うその人だった。彼は強制退去によって、この近辺に飛ばされてきていたのだ。マリーは再び身長を伸ばすと、周囲を見渡し、大男を探した。しかしそれらしい人影は見当たらない。マリーは元の身長に戻ると、その大男について、詳しく話を聞いてみることにした。


「なんかもっと、特徴とかないの?」

「いや、さっき言った以外の特徴はないな」

「その人って知り合い?それとも新入りのはぐれもの?」

「新入りだな。三日位前に、指輪作りの道具を調達に、集落に行ったんだ。そのとき聞いた話だと、その大男は強制退去で、集落の近くに飛ばされてきたんだと。集落のみんなは彼を迎え入れようとしたわけだけど、うまくいかなかったみたいでよ」


 男とマリーは鉱山に向け歩きながら、彼が探している大男についての話を続けた。

「大男はこっちに来ても、正気を失ったままだったんだ。たま~に街の外に出ても、すぐには正気に戻らないタイプのはぐれものがいるだろ?あいつはずっと独り言をつぶやきながら、集落を徘徊してたんだ」

「それを押し付けられたってこと?大変だね!」

「ちがうって。みんなで話し合って、鉱山で一人きりにすることにしたんだ。あそこは静かで落ち着けるから。おれはそれを見守る係になったってこと。元々鉱山で暮らしてるわけだしな。あいつは暴れたりするわけでもないし、素直におれについてきたよ」

「だけど、どっか行っちゃったんだ」

「そうなんだよ、いつの間にか姿を消してたんだ。ずっと大人しくしてたのに、どこ行っちまったかね……」


 はぐれもの達は強制退去された後、街の外で複数の集落を形成し暮らしていた。彼らは街の中では狂暴化してしまうだけで、外では落ち着きを取り戻し、正常に他人とコミュニケーションを取ることができる。そして彼らは強制退去された後、自責の念に駆られることになる。自分が他人に暴力を振るい、傷つけてしまった事実を突きつけられるのだ。狂暴化し正常な思考を失っていたとはいえ、人を傷つけてしまったことは事実であり、彼らはその負い目を感じながら、生きていかなくてはいけなくなる。強制退去とは、街の中の住人を守るためだけのものではない。本来は人を傷つけるような人間ではないはぐれものも、同時に守るための方法だった。彼らがなるべく人を傷つけずに済むように、早急に街の外へと出すことも、目的の一つだったのだ。


 二人はしばらく会話を続け、話題はマリーのことに移った。

「そういや、出戻りしてきたって言ってたな。街に吸い込まれるってのは、ありゃあ本当なのか?」

「本当だよ!はぐれものはみんな、街に近づこうとしないでしょ?また自分が狂暴化するのが怖いから!」

「らしいな」

「でもね、突然街に行かないといけないなって気持ちになるの。理由は分かんない。なんでか急に、街に入りたくなるの!」

「でも結界があるから、普通は入れないだろ?どうやったんだ?」

「それがびっくりでね!あたしが街に入ろうとした瞬間!タイミングを計ってたのかって思うくらい、丁度結界が消えたの!」


 男はそれを聞くと、神妙な顔つきで「お前もかよ」と言った。マリーがどういう意味かと聞くと、男は頭をかきながら答えた。

「出戻りしてきた奴をもう一人知ってるんだ。集落にいる鍛冶屋の爺さんなんだがな、彼も同じこと言ってたぞ」

「え、そうなの?」

「目の前で急に結界が消えたってな。まるで入ってくれって言ってるみたいによ」

「……怖っ……」

「もしかすると、本当に誰かの意志で、はぐれものを、街の中に招き入れてるのかもな」

「やめてよ!ホラーじゃん!」 


 二人はそのまま大男を探しながらしばらく歩き、鉱山の入り口に着いた。トンネルのように、山に横穴が彫られており、ここをずっと進んでいった先に、目当ての鉱物があるのだという。男は大男がもしかしたら戻っているかもしれないと考え、「おーい!」と大きな声で、坑道に向かって呼びかけたが、返事は聞こえなかった。


「心配だな。一人でどこに行っちまったのかねぇ」

「そのうち正気に戻るんだから大丈夫だって。鉱石のとこまで案内よろしく!」

「分かってるって。この中は迷路みたいだから、はぐれるなよ」

「はぐれものだけに?」

「……」

「黙らないでよ!一番恥ずかしいやつじゃん!」


 二人は坑道の中を進んでいった。そこには人間の顔ほどの大きさのキノコが、ちらほらと生えていて、それらが青白い光を放ち、坑道内を明るく照らしていた。坑道は道幅が広くなったり狭くなったりで、広さが安定しておらず、それはこの坑道が人の手で全て掘られたものではなく、自然にできた洞窟を利用しているためだった。


「そういや、さっきのジョークだがな」

「ジョーク?」

「はぐれものだけにってやつ」

「やめて!恥ずかしい!」

「実は『はぐれもの』って名称を考えたの、おれなんだ」


 マリーはぽかんと口を開け、それが冗談なのか、本当のことを言っているのか判別がついていなかった。しかし男は真顔のままで、マリーはそれが後者であると察知した途端、驚きの声を上げた。

「えぇ!?」

「おまえらは自分の意志で道を踏み外したわけじゃない。気が付いたら間違った方向に進んでたんだろ?」

「うん、まぁ……」

「そんなの遭難と同じだろ。だから『はぐれもの』って個人的に呼んでたんだ。みんなのいる場所から、はぐれてしまった人達って意味で」

「なんでそれが広まったの?」

「執政官にそれを聞かれて、じゃあそう呼ぼうって話になっちまった。猫の方の執政官な」 

 

 マリーはそんな裏話をここで聞くことになるとは思っておらず、興味深げにその話を聞いていた。だがふとあることに気付き、男にそれを質問した。

「なんか、さっきから変な言い方してない?自分は違うみたいな。はぐれものじゃない、みたいな」

「……デザイアに来てすぐの頃から、おれはずっと街の外にいたんだ。外を転々として、鉱山に住むようになったのは、三年くらい前だったかな」

「やっぱりはぐれものじゃないんだ!」

「そういうこと。……ただのクソ野郎だよ、おれは」

「え?」

「……まちな、問題発生だ」


 道が四つに分かれた場所で、男は歩みを止めた。その道の内の一つに、なにやら真っ白な糸のようなものが張り巡らされ、先に進めなくなってしまっている。

「キノコの菌糸で道が埋まっちまってる。これめちゃめちゃ頑丈でよ、破いて進むのは無理だな」

「この道じゃないと駄目なの?」

「いや、別ルートでも行けるぜ。でもあっちのルートだと遠いんだよなぁ。それに引き返さないとならねぇ」

「仕方なくない?戻るしかないでしょ」

「だな。引き返すか」


 マリーと男が道を引き返そうと振り返ると同時、二人は言葉を失った。

「……すまない。助けてやれなくて、すまない……」


 二人の前方、十メートルほどの位置に、大男が立っていた。いつから二人の後ろを歩いていたのか分からない。全く足音が聞こえなかった。そして大男は虚ろな目つきで、マリーを視界に入れた。そのときだった。大男の目の色が変わり、彼は突然大声を発し、マリーに突進してきたのだ。マリーは恐怖に身を凍らせ、すぐに逃げることが出来なかった。しかし隣にいた男がマリーの腕を掴み「走れ!」と叱責し、マリーは進む方向も分からず、がむしゃらに坑道の中を男と共に駆けた。


「足を止めるな、とにかく逃げるぞ!」

「う、うん!」


次回へ続く……

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