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奪ったように奪われて  作者: メジロ
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オフィスのドアには『特殊捜査部・強盗合同捜査隊・CAT窃盗事件特別対策室』と書いてあるプレートが掛かっている。現在、キャサリンが勤務するオフィスだ。


警察官になって四年目のキャサリンの実力は、はっきり言ってやっと新人から抜け出した程度だ。エリート街道を駆け抜けるような特別な才能があるわけではない彼女は、未だに階級はPolice Officer Ⅲ(巡査)、つまりは制服警官のままであり、私服勤務すら許されていない刑事未満の下っ端だった。

そんな彼女がすでに本署に勤めているのは、彼女が特殊事件の捜査員として大抜擢されたからだ。


キャサリンが加わっているのは、CAT窃盗事件特別対策室、通称キャット捕獲チームだ。

CATというのは略称で、初期の事件を担当した刑事が彼の手口を『caper and trespass』と表現したことからそう呼ばれている。犯人の身のこなしがまるで猫のように見えることも要因の一つではある。


「おはようございます!」


キャサリンがオフィスに入るとすでに数人が集まっていた。

ボスのディートリヒ・シラー、キャシーの先輩で捜査の相棒でもあるタミー・スウィフト、それと現場の警官を指揮する管轄地区の分隊長がいた。


「モーニン、キャシー」


キャサリンの挨拶に一番に返事をしたのはタミー・スウィフト、キャサリンの相棒バディ兼教育担当の刑事だ。三十二歳の働き盛りで、カーリーなブロンドヘアーに黒曜石のような真っ黒な瞳を持つ女性だ。州外からやってきたキャサリンとは違い、NNC生まれのNNC育ちという生粋の都会っ子である。

面倒見が良く、突然押付けられた新人警官の世話もしっかりこなしてくれる優しさがある。

実力も申し分ない。刑事としてのレベルを表すDetectiveは十段階中Ⅶの資格を持っている。さらに若くしてLieutenant Ⅱ(リーテナント・ツー、上級警部補)の階級にいて、同世代たちの中では間違いなく一番の警察官だ。

キャサリンはタミーのことが大好きだ。タミーは実力の割りに驕ったところが無い気さくな性格だからだ。


タミーはキャサリンに向かって手招きをした。


「早速で悪いけどこれ見てくれる? 分署の刑事が送ってくれた写しよ」

「はい、えーっと……オリジナルは今どこに?」

「オリジナルは科学捜査班のところ。午後になったら素材の分析結果が出るって」

「わかりました」


キャサリンはタミーから渡された専用端末でコピーの犯行予告状を詳しく見ていく。キャットの特徴と照らし合わせて本物の予告状かどうかを判別するのは彼女の仕事だ。キャットのプロファイルデータを作成したのはキャサリンだからだ。


初めて彼の事件に関わった時、キャサリンは彼を目の前で捕り逃がすという失態を犯してしまった。自分の情けなさにいてもたってもいられず、また、どうにか失敗を挽回したくて、三日三晩寝食も忘れて制作した。

キャサリンは大学でも警察学校でも犯人のプロファイリングに関しては常にトップの成績を取っていたので、彼女の作り上げたデータはキャット事件の対策に大いに役立つこととなった。

事件の報告書と共に提出したそのプロファイルデータが上層部に認められて、このチームにスカウトされて今に至る。それから彼が事件を起こすたびにプロファイルはキャサリンによってアップデートされ続けている。


キャットは犯行前に必ず予告状を出す。彼が怪盗と呼ばれるのはその為だ。事前に盗み出す品物を挙げておいて警察に警戒させ、そのうえで鮮やかな手腕で警察官たちをからかうように盗んでいく。警察は面目丸つぶれである。キャットのせいで市民からの信頼は右肩下がりだ。だからみんなキャットの逮捕には意地になっている。


キャットの予告状を見分けるのは簡単だ。毎回統一された規格で作られていて本人だとわかりやすいし、偽物との判別も簡単だ。

今回の内容は次の通りだ。


――Την πιο σύντομη νύχτα, λάβετε τον θησαυρό σας, τη λαμπερή ασημένια τιάρα. κλέφτης γάτα――

夜が一番短い晩、汝の宝、銀色に輝くティアラを頂戴いたす。盗人キャット


『κλέφτης γάτα』という署名はキャットの三回目の犯行予告から使われ始めた。二回目の犯行の後に世間でキャットという呼び名が広まったのを受けてのことだ。


予告状は手書きのギリシャ語で書いてある。頭文字のΤは独自の飾り文字で、βとθは初回の手紙から一貫して同じ位置にインクのカスレがある。全体的に、流れるような筆跡はとても優雅で美しい。

キャサリンはこの筆跡を見るたびに、骨ばった手を持つ男を思い浮かべる。男は古びた飴色の机に覆いかぶさり、古い本に囲まれ古臭いオイルランプの光に照らされながらこの手紙を書いている。きっと男はアンティークデザインの眼鏡を掛けている。年老いてはいないが古いものが似合う。キャットはそういう男な気がする。

実際のキャットは若い男、ということくらいしかわからない。遭遇するときは毎回黒い手袋をしているから骨ばっているかどうかなんてわかりっこない。


科学班の分析によると、紙もインクも特注品のものが使われており既製品ではないそうだ。紙の下部には独特な透かし模様が入っている。このことはメディア向けに発表する情報には載せていないので、模倣犯は大抵真っ白の紙に書く。


キャサリンが真剣に予告状を分析している間、シラー警部とタミーが捜査の準備を進めていく。


ディートリヒ・シラーは特別対策室の室長で、Captain Ⅲ(警部)の階級である。

規則に厳しい性格で、刑事資格Detectiveを持たないキャサリンをチームに入れることに最後まで反対していた。キャサリンはDetectiveの資格試験を受けられるようにすらなっていない経験不足の警官で、そういう者をチームに加えたとしてもせいぜいチームの足を引っ張ることしか出来ない、というのが彼の主張だった。

(シラーの主張は今のところ間違っている、というのが上層部の見解だ。キャサリンはキャットのプロファイルに関しては文句なしだし、予告状の分析にも貢献しているのだから)


シラーは上司としても刑事としても優秀で、彼の率いるチームの検挙率は署内トップを誇る。シラーの部下になりたい者はたくさんいるが、要求されるハードルは高く、それに応えられる者はそうはいない。

キャサリンは今のところシラーにも嫌われているし彼を崇める信奉者たちにも嫌われている立場にある。


「他のメンバーはまだか? トビーは?」

「ポールとクラリスは今こっちに向かってます。トビーは別の事件の対応をしてからブラウン邸に直行するそうです」

「現在わかってる情報をチームに共有しておけ。遅いぞ」

「ラジャー」


チームに所属している刑事たちは他にも事件を抱えているので、オフィスへの集合はどうしても遅くなる。中には非番の者もいる。キャサリンのようにすぐに来られることが稀なのだ。

タミーが朝早くからオフィスにいるのは、他の事件で署に泊まりだったからだ。


「予告状を出されたブラウン氏はどうなってる?」

中央センター管区の自宅にいます。すでに管轄の分署から警邏隊員が派遣されています」


二人が会話を続ける中、キャサリンは予告状の分析を終えた。キャサリンは予告状が本物であることを確信してから上司に声を掛けた。


「警部、分析が終わりました。間違いなくキャットの予告状です。筆跡、スペルミス、言い回し、どれも特徴と一致します」


シラーはキャサリンを見ることなくタミーに指示を出した。


「タミー、予告されたターゲットを見てくるんだ。それとブラウン宅の設計図を知りたい。トビーと合流して当日の警備のために敷地内の検分もしてこい」

「ラジャー」


シラーはそれっきりで、二人から離れてボスのデスクに行ってしまった。

今日もキャサリンは直接の指示をもらえなかった。だからと言って、シラーを恨むのは筋違いだ。チームに参加するのに経験も実力も伴っていないことはキャサリンが一番よくわかっているし、別に嫌われていても構わなかった。キャサリンの目的は一つ、キャットを逮捕することだ。幸いにしてそれはチームの目的と一致しているから、仲が悪くても邪魔しあうことなく仕事が出来ている。


タミーはキャサリンの肩を叩いて励ました。


「気を落としちゃダメよ、キャシー」

「はい」


タミーとキャサリンは連れだってオフィスを出る準備をした。といっても、出勤したばかりのキャサリンにまとめるものはそれほどない。自分のデスクの上に置いてあるラップトップをひっつかむくらいだ。

徹夜明けのタミーがデスクに広げた仕事道具をまとめるのを待った。

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