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皿の上を半分ほど片付けた頃合いでキャサリンはテレビのリモコンを手に取った。朝のニュースが始まる時間だからだ。
「テレビつけていい?」
「どうぞ」
テレビをつけると、タイミングよくニュースキャスターが世間を騒がす怪盗キャットのニュースを読み上げていた。
『昨日、チェスト管区イーストサイドの住宅街で、強盗事件が発生しました。被害に遭ったのはXX企業のCEOであるレミントン氏で、ニューヨーク郊外にある自宅に押し入られ、総額50万ドル相当の被害が出ているということです。新聞社のインタビューに対して、氏は怪盗キャットの予告状を受け取ったと答えていますが、市警はこの事件は模倣犯によるもので、キャットの事件ではないとしています』
テレビ画面はNNC郊外の高級住宅街を映していた。一軒ごとに広い庭と、車を三台は停めておけそうな大きなガレージがついている。芝生は青々としていて、雑草が生い茂ってる家は一軒もない。家と家の間には趣味のいいフェンスや手入れの行き届いた木々があってプライベート空間がしっかり保たれている。通りの装飾もいい。洒落た石畳で舗装された歩道には街路樹が等間隔に並んでいる。車道のアスファルトにひび割れたところは見当たらないし、雨水を流す排水溝にも落ち葉が詰まっている様子はない。
「ずいぶん奇麗な住宅街だな」
「チェスト・イーストだもん、お金持ちしか住めないようなところだよ。コミュニティに参加するのには一定の年収ラインを越えていないといけないんだって。町会費は高いけど、その分清掃会社に惜しみなく払ってるみたい」
「やけに詳しいな?」
「きのう捜査でそこに行ったから。もう一つ奥のブロックにはプール付きの家があるのよ」
「へぇ、それはそれは」
街の中でもより一層豪華な邸宅にズームアップする。レミントン氏の住まいである。敷地の境界にはイエローテープが張り巡らされていて、警察官も立ち並んでいるなど物々しい雰囲気がでている。
「これだけ窃盗事件だなんだって騒がれているのに、レミントンは警備を強化していなかったのか?」
「そーね。キャットが出没するのは主にビーク管区かセンター管区だから油断してたみたい」
画面は一転して街頭インタビューで市民が話す。若い学生風の二人組でしたり顔で頷いている。
『キャットの仕業じゃないって信じてた。彼はこんなちんけな盗みはしないわ』
『きっと模倣犯はすぐ捕まるんじゃないかな。彼ほど賢い泥棒はそうはいないからね』
インタビューを聞いてキャサリンは顔をしかめた。犯罪者を持ち上げるコメントは好きじゃない。
キャットは数々の窃盗犯罪を犯しているにも関わらず、どういうわけだか世間からの評判は妙にいい。それはきっと彼が並々ならぬ容姿の持ち主だからだろうとキャサリンは睨んでいる。
キャットは盗み始めの当初こそ正体不明で目撃情報もごくわずかだったが、最近では予告現場に押しかけてくるメディアやパパラッチに激写されることも珍しくない。
顔の半分を覆う仮面越しでもわかる端正な顔立ち。泥棒業用の地味な衣装はバランスの取れた手足と鍛えらえた見事な肉体を全く隠せていない。
『きっといい香りがするに違いないわ』
夢を見ているような瞳で女性は言った。キャサリンは間近で接したことがあるから知っているが、彼は全くの無臭だ。
(警察犬も煙に巻くんだから……嫌になっちゃう!)
キャサリンの苛立ちを他所に、ミーハーな市民たちの無責任なインタビュータイムは終わり画面は再びスタジオのニュースキャスターを映した。
「それにしてもこの女性キャスター、本当に美人よね。どうやったらあんなプラチナブロンドを維持できるんだろ」
「きっと染めてるんだろう」
「ウソ、なんでわかるの?」
「根元が不自然に暗い色だからさ。まぁ、来週には明るくなってると思うよ」
確かに、言われてみれば頭頂部の辺りは毛先より暗い色をしている気がする。毎日注意して見てみよう、何日ごとに染め直してるんだろう。
「よく見てるねぇ。本当、アルって奇麗な物が好きね」
アルは肩をすくめた。