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奪ったように奪われて  作者: メジロ
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キャサリンの住む部屋はアパートの二階の角に位置していて、二ベッドルームにキッチンダイニングとささやかなリビングがある。バスルームはそれぞれの部屋についている。職場までは地下鉄を使わないといけない距離だが、駅とアパートは五分もかからない距離にある。

NNCの家賃はそれなりに高い。スタジオタイプであっても馬鹿みたいに高くて、そのくせなかなか空きがないのだから、数年前にキャサリンが友人と一緒に無理のない賃料でこの部屋を借りられたのはかなり運が良かった。


そのうち、友人は多忙を理由に自らの職場の近くに引っ越してしまい、キャサリンは長らく一人暮らしになった。友人がいなくなったあとは本当に寂しかった。大家の飼っている猫を預かったり、アパート前に捨てられていた子犬を引き取ったりするうちにその気も紛れたと思っていたが、やはり人恋しさは消えなかったのだろうか。キャサリンはつい半年ほど前には人間を拾ってしまったのだった。


キャサリンがキッチンダイニングに行くとその同居人が朝食を作ってくれていた。


「おはよう、アル!」

「おはようキャシー。よく眠れたか?」

「ぐっすりね」


彼はコンロから振り返ってキャサリンに挨拶をした。


チャコールグレーの巻き毛、分厚いレンズの向こうにあるヘーゼル色の瞳、肌はバター色で象牙のように滑らかだ。キャサリンより背は高いはずだが、いつも猫背でいるせいで正確なところはよくわからない。コーカソイドの骨格の中にどこかアジアンの雰囲気がある男だ。

名前はアル。アルとしか聞いていない。半年と少し前、彼は市内にある美術館に勤めていたが突然の閉館によって解雇されてしまったらしい。家賃が払えなくなって住んでいたアパートを追い出され、路頭に迷っていたところをキャサリンが拾った。

友人が出て行ったあとで一部屋余ってたし、キャサリンは人恋しかったこともありアルを部屋に住まわせることにした。


そのことを友人に話したらすごい勢いで説教を食らった。曰くその気もない(・・・)のに異性とルームシェアするんじゃないとか、そもそも他人を簡単に信用するなとか、そのようなことをチクチクと言われたのだった。


「いーい? アンタのそのお花畑な脳ミソによぅく叩きこんで置きなさい! 誰もがアンタみたいに善人じゃないのよ!」

「お花畑ぇ? ひどいにも程があるんじゃない!?」


キャサリンだって馬鹿じゃない。見ず知らずの人をすぐに信用していけないことくらいわかってるし、普段は警戒心を持って生活している。もちろん異性とルームシェアなんて以ての外だ。

けれど、キャサリンの勘が告げていたのだ。アルは悪人じゃない、むしろ彼を助けた方がいいと。

そしてキャサリンのそういう勘は当たるのだ。


「ねぇ聞いて、きっと大丈夫だよ。わかるんだって」

「……もう、この頑固者。後悔するのはアンタよ、アタシは止めたからね」

「心配いらないって」


キャサリンの言った通り、今のところ友人の心配は杞憂だ。


まぁでも、始めの頃、アルはツンケンしていてあんまり感じがよくなかった。それに加えて、しばらく一緒に暮らすうちに彼に浪費癖や過集中の気があることもわかり、彼を保護したのは間違いだったかもしれないと何度か後悔したものだ。半年の間に色々あったが、なんだかんだ今はうまくやっている。


今後はもっとうまくやっていけるだろうと思っていたのに、昨晩、アルは再就職先を見つけられそうだと話をしてきた。

就職したら彼はこの部屋を出て行ってしまうんだろうか、とキャサリンは寂しく思う。


(でも、それは当たり前のことだよね、彼はお金と住むところに困っていたからこの部屋にいるだけんだもの。友達なら住み続けるかもしれないけど……でも、あたしってばアルのフルネームすら知らないんだわ。これじゃ友達とはいえないよね)


話したくないなら無理には聞かないと、初日に約束したのはキャサリンの方だ。彼がプライベートを知られたくないと思っているなら暴いてはいけないし、この部屋を出ていくと決めているならキャサリンには止められない。キャサリンのわがままを押付けてはいけないのだ。


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