ep2
「ニール! 遊びに来たわ!」
転生して一週間後のことだ。庭から女の子の声が聞こえてきた。屋敷のどこにいても聞こえそうな程に大きな声を上げる主を窓から眺める。大きな麦わら帽子を被った白いワンピースを着た女の子だ。
「あ!」
俺が見ていたのに気づくと、彼女は屋敷の入口へ向かって駆け出した。おそらくこの部屋を目指して走っているのだろう。読みかけのつまらない本にしおりをはさみ、テーブルの上に置いた。そして間もなく自室の扉がそればもうすごい勢いと音をたてて開いた。
「ニール! 久しぶりね!」
「……リリアン、」
彼女の名前はリリアン・フォン・バトラー。俺と同い年であり幼なじみでもある男爵家の一人娘だ。母親同士がアカデミーの旧友で、身分こそちょっとばかり違うが仲がよく何度もうちを訪れているのだ。
「あのね、あのねニール! また昨日、思い出したのよ!」
リリアンは男爵家に生まれたが、容姿に恵まれている。少しくすんだ栗色の真っ直ぐな髪と、黄金のような瞳。シンプルな服を着せても豪華な服を着せても、彼女の美しさを際立たせることしかできない。きっと彼女の母親は社交界デビューを心待ちにしているのだろう。
「それでね、王子が十八歳になるとお城で花嫁探しの仮面舞踏会が開かれるんだけど、なんとなんと私も踊っちゃうの! でも何度も王子の靴を踏んじゃって、でもでも笑って許してくれるのよ」
もっとも、この性格が治ればの話であるが。
転生し前世を思い出すまでのニールの記憶はきちんと俺の中にある。思い返してみれば、リリアンはこうして会う度によく分からないことをニールに聞かせていた。おとぎ話というよりかは、リリアンの妄想話だ。ある時は見習い騎士の剣が飛んできて怪我をしかけ心配されたとか、研究室で出会った不思議な異性に膝を貸して昼寝をさせてあげたとか、お世辞にも美味くも美味そうにもない手作りの菓子を美男子に食べて貰えたとか、なんかよくわからない未来の話だ。
「あのさ、リリアン。その話あんまりしない方がいいんじゃない?」
「ふふ、ニールにしかしないわ! それでね、今日は私、もうひとつ先のことがわかっちゃったの! たぶん私ね、
――前世の記憶があるのよ!」
こいつもか、と思いながら。クッキーに手を伸ばした。