2番目に可愛い女友達は、『トモダチ』として俺とキスするらしい。 〜付き合ってもいない男女が"キス"するのはアリか、ナシか〜
不純愛もいいものです、という話
【男女の友情は成立するか、しないか】
男女の友情論争の永遠のテーマ。
好きな人と友達の間には自分なりの明確な線引。
恋愛中の男女間の暗黙のエチケット、ルール。
異性と思っていない相手とは男女の恋愛感情が起きない。
成立すると言った方の主な一線だ。
しかし、明確な線が消えたとしたら……さて、男女の友情は……どうなることやら?
◆◇
久我康晴は朝からうんざりしていた。
「アンタがタラタラしてるから、時間ギリギリじゃないの!」
別に自分だけで登校してもいいのに、律儀に待ってくれる彼女は、幼稚園の頃からの幼馴染の真緒。
「そんなに文句言うなら、先にいけばいいだろ……」
「はぁ~~? アタシとアンタは恋人なのよ! 一緒に登校しないといけないじゃないの!」
恋人だからといって一緒に登校する決まりはないだろう、と康晴は思ったが、心の中で留めておく。
彼女は康晴にはツンツンしているが、周りには優しいタイプ。
あどけない顔立ちながら、大人びた雰囲気を持つ彼女に惚れてしまう男子生徒は少なくなく、告白してくる者も後を絶たなかったが、その全てを断っているらしい。
理由は康晴がいるから。
「アンタのために告白を断ってあげてるだから感謝しない!!」というような高飛車な態度をよく取る。
一緒に校門をくぐると、友達たちが茶化してくるのはいつものこと。
「今日もお2人で登校登校ですかー」
「ラブラブだなー」
「そそ、そんなんじゃないから! 私がコイツと仕方なく付き合ってあげてるに決まってるでしょ!!」
真っ赤な顔で怒鳴り返す真緒。
「マジでお似合いだよなぁ~」
「ああ、悔しいが美男美女カップル」
「俺たちお似合いだってさ」
「ば、ばっかっじゃないの! アンタみたいな陰キャ、私が貰ってあげなかったら一生彼女できなくて惨めな人生送ってたんだから。私が幼馴染であったことに感謝するのね!!」
「はいはい。ありがとうございます」
いつものツンケンした口調を雑にあしらう康晴。
クラスの違う康晴たちが各クラスに向かおうようとしていた時、廊下から会話が聞こえてきた。
「翔太くん、眠そうね。また夜更かししたの?」
「ええ、まぁ……昨夜はちょっとゲームをしてて」
「先輩のゲームって、絶対エロゲですよね。やらしい~」
「ちょっ、勝手に決めつけるなよ! 普通のゲームだよ!」
会話をしながら教室の前を通るのは、男女3人。
明るめの茶髪の女の子と、清楚な雰囲気の女の子。そして地味目でパッとしない男。
女の子2人はいずれも、この学園で知らない者はおらず、ファンクラブができるほど。
「2人とも、教室ついたからそろそろ帰ってよ」
「嫌ですよ~。まだ朝のホームルームまで時間はありますし、ついていきます♪」
「私もですよ、翔太くん」
「先輩は別に帰ってもらっていいんですよ~?」
「あら、貴方の方こそ帰ったらどう?」
2人は対抗するとばかりに翔太の腕に胸を押し付け合う。
「2人とも、いい加減に……」
「あー! また翔太とベタベタしてる!」
困り果てていた翔太の前に現れたのは、友坂佳音。
明るくポジティブで、その可愛さとコミュ力を発揮し、ルックスも良いため、男女問わず人気。
そして、翔太の彼女である。
「私の彼氏にちょっかい出さないでよ2人とも! 勝負はもうついたんだから!」
「うわっ。この人勝ちヒロインぶりましたよ先輩」
「結婚するまでは勝敗は決まってないわよ~。今は一時的に佳音ちゃんのモノになっただけ」
「結婚までって……どんだけしぶといんですか……」
ツンデレ幼馴染に怒鳴られる康晴に、ハーレム主人公を彼氏に持つ佳音。
これがこの学園のいつもの風景だ。
キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「――それでは、今日の授業はここまで。次回は63ページの練習問題から始めますので、皆さん、予習をしっかりしてきてください」
数学の担当教員がそう言い残して教室を出ていく。
それをぼーっとした頭で見送りながら、寝ぼけ眼をごしごしと擦る康晴。
「ふぁ……よく寝たぁ……」
ぽつりと呟くと、隣の席からくすくすと控えめな笑い声が聞こえた。
「おはよう。ぐっすりだったね」
康晴はぐーっと腕を伸ばしながら、隣の席の佳音に話しかける。
「そりゃもう、これからある授業は寝なくてもいいほどぐっすり」
「まぁ次の時間は昼休みなんだけどね」
朝の状況からすると、康晴と佳音は一見、たいして関わりがなさそうに見える。
だが、この2人はお互いの恋人を除けば1番親しいと言っても過言ではない。
何故なら"恋人に不満を持っている"という同じ境遇だから。
周りに気遣って自分が我慢する性格同士。
しかし、2人の時は本音を口にできるほど心を許している関係だ。
「あ、聞いてよ康くん。さっきね——」
「ちょっと康晴! いつまで喋ってんの!」
佳音の話に耳を傾けていた康晴は、脳天に響くような甲高い声にビクリと体を震わせる。
パッと振り返った先には、幼馴染の真緒が目を吊り上げた恐ろしい形相で睨みつけていた。
真緒が特に怒るのは他の女の子と会話している時。
女友達さえ嫉妬してしまうのだ。
「お弁当、さっさと屋上で食べるわよ」
「……佳音、またな」
「う、うん……」
◆◇
休日の自宅にて。
康晴が1人寂しく過ごしていた時、ピンポーンとチャイムの音が家に響いた。
一瞬無視するかと脳裏を過ぎったが、今日は両親共に居ないんだったと思い出した。
扉を開けると、そこにいたのは佳音。
「ヤッホー」
「おお、佳音か。なに? また惚気話?」
「せいかーい。ささ、上げて上げて」
「はいはい」
恋人持ちの人間を家に上げて大丈夫だろうか……なんて心配はない。
だって2人は良き友達だから。
「エロ本とか落ちてないかな~」
康晴の部屋に上がるなり、佳音は四つん這いの体勢でベッドの下を覗く。
体勢的に服の隙間から大きな胸の谷間が見えてしまう。
うわ、すっごい胸がおっきい……と思いながら康晴は持ってきたジュースとお菓子をテーブルに置いた。
「エロ本なんてあるわけないだろ。最近の男子高校生を舐めてもらっちゃ困る」
「ふーん、つまんないの」
康晴が買うのは電子書籍のため、佳音に見つけられることはないだろう。
「んで、今回は何がありました?」
「翔太くんがね、まーた私を怒らせました」
2人が話すことといえば大体、惚気話。
佳音の彼氏の翔太は、見た目は冴えないが、異様に女の子にモテる。それはまるで、漫画やラノベに出てくるハーレム主人公。
そんな彼に佳音は告白されて付き合うことになったとか。
しかし、鈍感で奥手で恥ずかしがり屋のため、恋人同士になってから手を繋ぐのに2ヶ月近くもかかったらしい。
「私が事前にお弁当作ってくるって連絡したのに結局、『先輩と食べるのが先約だった~』って当日に言ってきたんだよ!! 酷くない!」
「そりゃあ酷いな」
「あとね、あとね!」
それからもお互いの恋人の不満なところをいい合う2人。
程なくして落ち着いた頃。
「恋人になったけど……付き合う前の方がいいところがたくさんあったような気がする……」
「確かに……。恋人になったからハッピーエンドとは限らないね」
「佳音と最初に出会ってたら、俺は佳音と付き合ってたかもな」
「またまたお世辞を〜。でも私もそうかも。康くん一緒にいて楽しいし、趣味と合うし」
「来世は付き合ってるかもな。まぁ明日からもお互い、頑張ろうぜ」
「だね」
◆◇
「え……」
授業が終わり、迎えた放課後。
教室に忘れ物を取りに来た佳音は呆然と立ち尽くしていた。
何故なら、目の前で自分の彼氏である翔太が他の女の子とキスをしていたから。
「こ、これは違うんだ!」
翔太の焦った声とは対象的に隣の後輩は計画通り、とばかりに頬を緩ませる。
「な、何が違うの……? 今、後輩ちゃんとキスしてたよね?」
「そ、それは……。とにかく、ぼ、僕の1番は佳音ちゃんだからっ!」
彼の口から出た言葉はあまりに薄っぺらい言い訳だった。
———私が1番なら、他の女の子とキスなんてしないでしょ?
喉までせりあがってきた言葉はふたたび腹の底に落ちる。
代わりに出てきたのは取り繕うような笑み。
「わ、分かってるよ。後輩ちゃんに流されたんだよね」
「う、うん。後輩ちゃんが急にキスしてきて……」
「あれ、私のせいにしちゃうんですかぁ? さっきまで先輩は私の胸を揉んでたくせに~」
「ちょっ……ち、違う! 違うんだ佳音ちゃん!!」
佳音は弁解しようとする翔太の話を聞くことにする。
「佳音ちゃんは高1からの大切な友達で……僕の彼女で…………だから今のは……その………」
だが、続いた言葉には力がなかった。
「分かってるよ、君が人一倍優しいのは分かってる。だって彼女だもん。君の優しいところに惚れたんだよ。例え、違う女の子と何しようが……平気だった……」
もはや悲しみしか湧いてこない。
一度湧いた怒りも悲しみに飲まれていく。
「……不安にさせたならごめん。最近は2人の時間もまともに取れてないし……。今度の土曜日は絶対デートに行こう!!」
「えー先輩。その日は私と映画館ですよー」
「え、ああ……じゃ、じゃあ再来週の——」
「いい加減にしてっ! 私は翔太くんのそういうとこが嫌いなの! なんで彼女より他の女の子の予定を優先するの!!」
そこまで大声で叫んだところで、佳音はハッと我に返った。
翔太の方を見ると目を丸くして驚いている。
高校1年の頃から、今に至るまで2年間とちょっと。
翔太に対してここまで大声をあげて怒りをあらわにしたことはない。
……私はもう、十分我慢した。耐えた。
だからもう……いいよね。
「私は翔太くんのことが好きだった。だから告白されたあの日は凄く嬉しくて、君にもっと好かれようと色々頑張った」
「佳音ちゃん……」
「けれど君は私の気持ち、何もかも全部裏切ってっ……そんな君が私は大っ嫌い」
そう言った瞬間、恋人の関係にヒビが入り、崩れていくような音を感じた。
……終わった。
何もかも終わってしまった。
彼から距離を置こう。
最初からそうすべきだったんだ。
徒労にかまけてまで彼に尽くした努力は無駄だった。
後ろから呼びかけられる声を無視し、佳音は駆け足で教室を出る。
「なんで……なんで……」
俯きながら、早歩き。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
しかし、廊下の曲がり角で身体に軽い衝撃を受けた。
佳音は転びそうになった。が、なんとか踏ん張る。
「ごめんなさい……って、佳音?」
「あ、康くん……」
ぶつかったのは康晴だった。
場所を屋上に移し、2人は会話する。
「さっきは悪いな。ちょっとぼさっとしててさ」
「ううん。私の方こそ、前を見てなかったから」
「それで……佳音。お前なんで泣いてるんだ?」
「……え?」
康晴に指摘されて、佳音は初めて自分が泣いていることに気がついた。
……なんで? どうして?
考えるけれども涙は止まらない。
やがて、康晴がすぐそばに寄り添ってきた。
「佳音……?」
「……」
「ゆっくりでいいから、話せる……?」
佳音は消え入りそうな声で。
「……た」
「ん?」
「辛かった……」
「……何があったんだ?」
「翔太くんがね、他の子とキスしてたの。私、今まで油断してた。翔太くんの彼女だし、彼がどんなところに行っても、最後は絶対に私のところに帰ってきてくれると信じてた。けれど……ダメだったみたい」
震える佳音。
普段の彼女からは見ることのできない顔。
「っ……」
康晴はたまらず華奢な佳音の体を抱きしめた。
話を聞き、黒い欲望——いや、黒い感情が湧き出るのを感じた。
佳音と付き合っているのにも関わらず、他の女の子とよく過ごしていた翔太は、一部から陰口を叩かれていた。
そんな悪口を裏から無くしていたのが彼女の佳音自身。
(お前にとって、佳音は……都合のいい女なのか……)
「その場にいて、ガンツと言ってやれなくてごめん」
康晴が優しく優しく、佳音の頭を撫で続ける。
「……ありがとう。元気になった」
「でも体からは離れないんだな」
「……ばか」
口ではそんな風に悪態をつく佳音だが、康晴から体を離そうとしない。
ふと、佳音は康晴の頬が赤くなっていることに気づく。
「その頬、どうしたの?」
康晴は気づいちゃったか、とばかりに顔をしかめ。
「あー……アイツにビンタされた」
「え、ビンタ!?」
「休日、お前と家で過ごしたことがどこからか知らないかバレて……」
『康晴! 彼女である私がいるのにも関わらず女を家にあげたなんてどういうこと!!』
『女って言い方はないだろ。友達を家にあげて何が悪い』
『はぁ!? ふざけないでよ! 私という美少女がいながら他の女といただけで重罪よ! 最低ッ!!』
———バシッ!!
「って、なわけ」
「あ、あー……私が押しかけたからだよね。ごめん」
「佳音が謝る必要はねぇよ。それに佳音といた方が楽しいし」
ここで会話が終わる。
ふと、2人して昔のことを思い出す。
思い出すほど恋人より、康晴と佳音の2人が助け合ったり、楽しかった記憶ばかり。
「私たち、恋人らしいことやってるのかな……」
「一つずつ振り返っていくか。まずはデート」
「私はまだ3回くらいしか……」
「少なっ。あーでも俺はデートじゃなくて大体、買い物の荷物持ちに駆り出されているようなもん」
「うわ、それは酷い。あとは……恋人に甘えたことがない」
康晴がふと提案する。
「試しに俺に甘えてみる?」
佳音は驚いたが、小さく頷き……。
「君が悪いんだからね……?」
すりすり、すりすりと康晴の肩に頬を擦りつけた。
「それ、面白いの?」
「面白いというか……癒される?」
「ふーん。まぁ確かに俺も癒されるな」
「あとは、恋人っぽいことと言えば……。ねぇ」
「ん?」
「付き合ってもいない男女がキスするのは……アリ、ナシ?」
佳音の突然の発言に驚く康晴。
「……お互い合意ならいいんじゃない?」
と、康晴がいった数秒、2人の距離はゼロになり、リップの音が響いた。
「~~~っ」
佳音は、身体をぎゅっと縮こませながら、頬を赤く染めた。
「佳音からしたのに照れてやんの」
「しょ、しょうがないじゃん……キスとか初めてだし」
「その初めてのキスの感想はどう?」
「レモンの味は……流石にしないね。柔らかくて、温かくて……幸せな気持ちになった」
「俺も同じ気持ち」
「そっか。一緒……えへへ……」
「っ……」
佳音の照れ臭そうな顔にどきりと胸が鳴った康晴。
「え、ちょ……康く——んっ」
康晴は強引にキスをして、佳音の口を塞いだ。
突然の出来事に佳音は驚いている様子。
けれど、剥がそうとはしなかった。
佳音の唇はぷっくらとしていて柔らかい。
ずっと触れていたいと思うほど。
「……ぁ」
一旦、佳音から顔を離すと名残惜しそうに声を上げた。
そんな彼女が愛らしく愛おしいと康晴は感じる。
佳音の背中に手を回し、身体を密着させる。
胸の膨らみと柔らかさが自分の体に伝わり、なんとも言えない感情。
それは恋人がいるのに、親友とこんなことをしているという背徳感も混じっているのだろうか。
息継ぎのために唇を離し、すぐ近づける。
「佳音、可愛いすぎ……」
キスとキスとの間に何回も言われた言葉。
散々可愛いと言われ、佳音は溢れんばかりの愉悦を感じてしまう。
普段、恋人に言われ慣れていないから。
言われたいのにいつも言ってくれないから。
初心でも頑張って気持ちを伝えて欲しかった。
だから康晴にこんなに言われて、こんなに求められて……どうしようもなく喜んでしまうのだ。
「……好きぃ」
その言葉は佳音の口から自然と出てきてしまった。
康晴は何か言いかけようとしたが、その唇を唇でふさぐ。
ブーブー
ポケットにいれた佳音のスマホが鳴る。
画面を見ると翔太からの着信であった。
だが、佳音は一向に取ろうとしない。
「出なくていいのか?」
「うん……今は康くんがいいから」
佳音はの携帯の電源を切り、再び康晴と向き合う。
「康くんはさ、男女の友情は成立すると思う?」
佳音の質問に数秒間が空いた康晴。
けれど、はっきりと言った。
「しないに決まってんだろ。佳音のこと、異性として見てるんだから。けれど、その気持ちは今までだってそうだった。恋人がいるからと押さえ込んでいた」
「……私もだよ。じゃあ付き合ってもいない男女がキスするのは、アリ、ナシ?」
悪い顔で康晴は言う。
「——バレなきゃいいんだよ」
釣られて佳音もニヤリと微笑む。
「恋したのは2番目だっだけど、初めては全部、康くんにあげる。これからも……"トモダチ"の私とたくさんキスして……ね?」
—完—
アフターストーリーとか書いてみたいですね
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