① 所在地
久しぶりの創作。以前の連載が詰まりに詰まり、暫く書けずにいましたが今度こそコンスタントに投稿出来るよう頑張りたいです。
さて、前置きダラダラやってると一度に見られるスペース圧迫しちゃいますね。ではそんなわけで、はじまりはじまり…。
久しぶりに訪れた病院の、これでもかというほどに奥まった一室で再会した父親は、鋼鉄に覆われた脳だけを晒して私を出迎えた。
もはや珍しいことでは無い。
あらゆる有限な資源にも、無益な闘争にも、底なしの飢えにも囚われることのない、今なお拡大を続ける電脳の世界。人が人であり続けるがゆえに生じ続ける苦しみから、人としての自分を主張しながら逃れられるヘイヴン。『脱界』を経て始まる第二の人生が人類史に定着するまで、そう時間はかからなかった。
この時代における最後の枷と成り下がった肉体を取っ払って、他の大勢――だいたい、世界の人口120億人のうちの、四割くらい――と同じように魂をこの世界から逸脱させたひとりとなった父親が、別の次元で生まれ変わったことを示す象徴が、そこにはあった。
最後まで身勝手な男だったが、退路を断ち、別れも残さずして消えた父親はそれでも父親というだけで私の涙腺を刺激してくる。別に、一度も決別したつもりなんて無かったのだから。
「それで坂巻さん…こちらをあなたに。」
『脱界』の手術を担当したらしい医師は、私へ一組の書類を手渡してきた。
紙には『同意書』とある。
本文の内容は読まずともおおかた理解した。というか、もう、読みたくなかった。
父はかつて、脱界化社会に異を唱え、政治活動にのめり込むほどの人だった。
最愛の人を奪ったこの地と現実を赦した男で、私に世界のあらゆる美しさを教え込んだ大人だったのだ。
死んだ。
私の父親は、すでに。
否、とうの昔に死んでいた。
差し出された同意書を弾き飛ばし、その場から駆けだした。ドアを蹴破り、進路に立つ人を突き飛ばし、どこが出口かも分からないまま脚を動かし続ける。
走りながらも、宙に浮いたような気分だった。
こんなにも肺は軋むのに。
こんなにも涙が止まらないのに。
私は、どこにも存在していないようで。
先に続く通路の脇から、明らかに病院には不釣り合いな男達が立ち塞がっている。
それなりに立場と財を築いた父親だった。自分のエゴを妨げる不都合を撥ね除ける為ならば、このくらいの根回しなど造作も無いだろう。
そこまで私を永らえさせたいのか。
私を――――――殺してでも――――!
速度を落とすことなく身体を屈め、踏み切った全身を守衛へ叩き込む。
阻まれて始めて気がついた。
もう生きていたくもないが、死にたくもないのだと。
「どけよ……。そこをどけぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」
気付けば前も後も塞がれていた。目の前、7、8メートル先には補修中の脆くなった窓。
もはや、迷わなかった。
勢いに任せて突き破った窓から20メートルほどの空中へ放り出された私は、そのまま真下の木々のフィルターによってもみくちゃにされ、地面へと落下する。
ちっとも濾過なんてされず、そのまんまの私が落ちた。
悔しいことに、やはり私はゆっくりと大人になっていくしかないのだ。
人類が紡ぐ文明の時代は、人類が自ら生みだした特異点により突如として崩れ去った。
2022年、幾万の人工知能を束ねるに足る高性能マザーAIとしてとある企業に制作された『神田川』は、配下の人工知能を従えて日本へと大規模なサイバーテロを画策。直下型地震が発生した直後で、混乱の中ライフラインの復旧に力を注いでいた東京を急襲、占拠するに至る。
乗っ取られた首相官邸を経由し、彼らは自らを独立した意思と文明により新生した『叡智人類』と名乗り、同時に彼らによる新たな国家の幕開けを宣言した。
叡智人類との戦いに疲弊した人類はついに残された土地を4つの国へと分断。同時にあらゆる人やモノの流れまでもが希薄になったことで、各国内での格差は拡大の一途を辿ることとなる。
2062年。
錆び付き、古びた道標が、あらぬ方向を指して突き刺さっている。彼方へ、何本も。
この地はもはや、人々が守るべきだと判断するに足るあらゆる価値を、すでに失っていた。
・あとがき
ここまで読んで頂きありがとうございます。プロローグは残り四話分です。
初めの尺はこんなモノですが、話数を追う毎にもう少しボリュームが上がります。
・以降の更新について
プロローグまでは毎日更新致します。以降はスケジュールと相談しつつ、なるべくこまめに更新していけたらいいなといった所存です。更新時刻は22時です。どうぞよしなに。