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百夜伝~運命の女~  作者: 雪月ソウ
第一章
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4 剣を持つ者

城の東は広大な森が広がるサジュリス王国の城は、二百五十年前の面影をそのまま残している。古い石畳の街路を真っ直ぐ進んでいくと石の城壁があり、常に二人の騎士が城門を守っている。

 城の奥、中央の塔に大広間があり、人々はそこで集い楽しむ。

 しかし、今はひっそりと人影もなく、時折侍女が横切るだけだった。

 かつては旅芸人も詩人も呼ばれて賑やかに過ごした中庭も、手入れはされているにもかかわらず、通り過ぎるのは重苦しい表情をした騎士たちだけだった。

 城の中では緊張感が漂い、誰もが浮かない顔で過ごしていたが、その緊張感が解かれる様子は一向になく、城壁の外の活気に満ち溢れた街の様子とは、全くと言っていいほど別世界のようだった。

 その重苦しい城壁の内側で、未来は目覚めた。

 いつも耳のそばで鳴り響く目覚まし時計の代わりに、鳥のさえずりを聞いてベッドから起きだした。目覚めたら元の世界にという願いも空しい。

 起き上がったばかりであちらこちらにはねているセミロングの髪をかき上げて、並んでいるベッドに目を向けた。まだ聡子も愛美も気持ちよさそうに眠っていた。

 一つあくびをしてから着替え、洗面用の水で顔を洗って目を覚まし、髪をまとめ上げた。

 そして、軽くて丈夫な鎧を着て小手をはめ、ブーツを履くと一応の準備は整う。

 戦うために必要な剣はまだ持たせてもらえない。しかし、かえってその方が気が楽でよかった。

 聡子たちがまだ眠っているのを確認すると、起こさないようにそっと部屋を出て、最近の日課である乗馬の練習をするために馬小屋へと向かった。

 馬番は未来を待ちかねたように「今日も機嫌はよろしゅうございますよ、ええ」と栗毛の馬を引いてきた。

 馬自体に慣れるためにも、ここ最近ずっと同じ馬を世話してきた。幸い気性の良い馬を選んでくれたお陰で、栗毛の馬であるサーシャは未来にも懐いてきたようだった。


「おはよう、サーシャ。またわたしを乗せてくれるかな」


 自分で鞍を乗せて馬に乗ると、「さあ、行こう」と声をかけた。

 馬は機嫌よく歩き出し、未来が指示をしなくともいつものコースを歩いていく。

 馬に揺られながら、未来は過ぎ去ったこの五日間のことを思い出していた。

 自分の役目すらわからなかった一日目。自分たちと似ているようで全く違う異世界のこと。

 自分たちが呼ばれた意味と運命を探ろうとした二日目。

 そしてすぐに剣と乗馬の練習に明け暮れることになった日々。

 剣の扱いは一通り学んだ。実戦でどれだけ役に立つかはわからないが。おそらく見習いの騎士とて一緒だろうから、未来一人の問題ではない。

 乗馬もかなりスパルタで、ここ数日で乗りこなせるようになったものの、まだ足りないという。おそらく剣を持って片手で手綱を操作できるように、騎馬戦を仕込まれるのだろう。

 未来はため息をついた。

 本当は逃げ出したいし、戦いなんて冗談じゃないと思っているのだが、一所懸命に覚えてしまう自分の行動がわからなかった。

 毎日は自分のためにあるはずで、他人のためのものではなかったはずだった。

 城から繋がる小道を行くと、ひんやりとした朝の空気を感じた。朝靄がうっすらとかかり、その朝靄の中に人影があった。

 未来はフェンがいるのだと思って近づいていったが、近づくにつれてはっきりとしたその人は、フェンではなかった。

 すぐに立ち止まり、騎士か刺客か見定めようと目を凝らすと、騎士の衣装をまとった若い男が立っていた。フェンよりは年下のようで、青年というには幼く、少年というには既に遅い中途半端な年齢に見えた。むしろ未来達とそれほど変わらないと思われる年頃のようだった。

 馬を降りて近づくと、その若者は振り向かずに言った。


「誰だ、こんな早くから」


 未来は一気に警戒心を強めて言った。


「あなたこそ、どうしてここにいる?」


 若者は驚いたように振り返った。


「…女か」


 振り向いた瞬間に、未来は眩しい感じがして目を細めた。改めて若者を見た。

 若者も未来を見た。

 若者が動いた瞬間に眩しい感じがしたのは、その若者が持っていた剣の柄にはまっていた大きな赤色の宝石のようなもののせいだとわかった。あれほど大きな宝石は見たことがないので、まさか宝石とは思わなかったせいでもある。

 髪の色は銀に近く、フェンと似ていた。

 その赤い石はやはり宝石だろうかと考えているうちに、愛美を飾った赤い石の飾りを思い出した。


「剣を持つ女…」

「そうよ」


 少し戸惑いながら答えた。

 未来は若者の正体を考えた。誰だかさっぱり思い浮かばなかった。とは言っても、この国に来てからさほど多くの人に会ったわけではない。フェンの直属の騎士に数人、剣の練習に付き合ってもらったことがあったくらいだ。

 誰か、忘れているような気がしていた。


「私は、助力を頼んだ覚えはない」


 未来は、言われた言葉がわからなかった。

 よく見ると、若者の左肩に包帯が巻かれており、薄っすらと血がにじんでいた。そのまま無表情で若者は歩き去ろうとしていた。

 未来は瞬間的に叫んだ。


「ルシオン=フィリス=ハウト王子…!」


 若者は立ち止った。

 やはり、若者はこの国の王子・ルシオンだった。

 馬がぶるりと体を振るったので、未来はなだめてそばの木に馬の綱を結わえた。


「戦地で人を斬れない騎士はいらない」


 そんな未来にルシオンはきっぱりと言った。

 初対面でそれ?と思いつつ、未来自身もたいした挨拶もせずに王子を呼び捨てしたことを思うと、文句を引っ込めた。

 しかし、と。未来は拳を握りしめて言った。


「あたしは、人を斬れないんじゃない。斬るだけならできる。でも斬らなくて済むなら、斬りたくない」


 自分の命がかかったら。どうなるか、その時になってみないとわからない。

 しかし、やはり斬れないのはその通りかもしれない、と未来は思った。


「このままでは、この国はカランに負けるかもしれない。でも立ち向かったところで勝てる保証なんてありはしない。だいたい、どうしてカランがこんなに急に攻め入ってくることになったのかあたしにはわからない。

 自分の国を豊かにするため?本当にそれだけ?」


 ルシオンは振り返った。逆光になったせいか、灰色に見える瞳がより一層濃く見える気がした。

 こうして見ると、確かに従兄であるフェンと雰囲気はよく似ていた。


「運命の女は、国を勝利に導くという。では、私の運命は何だというのだ。私が望まずとも戦は起こり、戦で数百数千の者が死ぬかもしれない。

 私の命は私の自由にはできず、国を守るためには死をも恐れずに立ち向かわなければならない。それも王子の役目と思えば仕方がない。

 皆が望むなら、それが私の運命であり、背負うべきものは国のミライなのだ。

 しかし、私の思うようにはいかず、もがいている。おまえにはわかるまい」


 未来はじっとルシオンを見つめ、うっすらと涙さえ浮かべながら言った。


「わかるわけない。あなたが迷うのは勝手だけど、あなたの命令によって動く何千もの人たちはどうなるの。あたしたちを勝手に呼び出して、国を救えって言われて、帰りたくても帰れない。だけどあたしたちはあたしたちのやれることをやろうって決めたの。

 ねえ、あなたのために戦おうって人、本当はどれだけいるかわからない。この国が滅んだら困るから、家族が死ぬと困るから。そんなことのために戦う人がほとんどかもしれない。あたしたちだって生きて帰るために戦うの。

 勝手だけど、それでも国には中心となる人が必要で、それがあなたでしょう?

 あなたが運命を諦めたら、それこそ運命が笑って喜ぶわよ」


 そうでなければ、自分たちがわざわざ異世界に呼ばれた意味もない。

 それが運命の一言で済まされても、運命は一通りなわけじゃないのだと未来は思うようになったのだ。あの魔術師、アルナータに会ってから。


「運命の女として呼ばれた以上、あたしはあたしの役目を果たすつもり。愛美も聡子もきっと同じ。

 正直、勝つか負けるかなんてわからない。でも、全力は尽くす。

 だから、あなたは最後まで前を進んでいく者であってほしい」


 ルシオンはしばらく黙っていたが、やがて腰にあった剣を抜いて高く掲げた。


「約束しよう。この紅玉の件に誓って」


 剣は朝日を受けてまぶしく輝いた。

 それが剣自体の輝きのせいなのか、誓ったことに対しての剣の魔力のせいなのかはわからなかった。


「それなら俺は障害を王子ルシオンのために尽くそう」


 先ほどからそばで見守っていたらしいフェンが現れて言った。


「この青玉の剣に誓って」


 ルシオンと同じように柄に青玉のある剣を掲げた。

 フェンを見て、ルシオンは少しだけ微笑んだ。

 なんだ、そんな顔もできるんじゃない、と未来は思ったが、未来と目が合うとルシオンはすっと表情を無に戻してフェンに言った。


「フェン、未来に水晶の剣を」

「…そうだな」


 二人が剣を鞘に戻したところで未来は訊ねた。


「水晶の剣?」


 未来の問いにフェンはうなずいただけで詳しい説明はなかった。それは後で、といったところだろうか。


「そうだ。ルシオンはまだ肩の傷が癒えていないだろうから、さっさと戻ったほうがいい。着いたばかりだろう?」

「わかっている。しかし、皆も不安に思っているから」

「そんなの今更だ。一度包帯も替えてもらって、魔術師にも診てもらえ」

「敵は私をただ死なせることはない」

「何故そう言える?」

「…生かしたまま殺すためだ」


 未来は首を傾げた。

 生きているからこそ、殺される、死んでしまうのではないか?と。


「ここで野垂れ死んでは敵にとってつまらない、のだろう」


 フェンは鼻で笑った。


「それならむしろ野垂れ死んだほうが敵の裏をかくっていうことか。冗談ではないな」

「もちろん、私とて敵の真意はわからない。ただわかるのは、自分の手で殺したいがために生かす。父王は、おそらく…」

「それは今ここで…」


 ルシオンがうなずいた。


「少なくとも、憎まれている。カランなのか実はナーザなのか。王家など、恨まれたり憎まれたりなど珍しくはない。それが個人に向けてなのか、国全体に対するものなのかははっきりしないが」

「恨まれるのはわかった。どうせ今回のことも何か理由はあるんだろう。俺には理解できない理由が」


 ルシオンはそれ以上何も言わず、おそらく城の中へと戻っていった。

 フェンはため息をついて未来を見た。


「俺にも時としてルシオンがわからないことがある。国王もそうだったが、頑固で、人をなかなか信用しない。それが国王としての資質なんだろうが」


 確かに簡単に打ち解けられるとは未来も思えなかった。


「まあ、いい。水晶の剣をということだったな。ミキが扱えるかどうかは、剣次第…だな。戻るぞ。サトコが今頃いらいらしてるだろう」

「あ、でもあたし、馬が」

「問題ない。俺も向こうに馬を待たせている。この辺はまだ王城の敷地内も同然なので安全性は高いとはいえ、こんなところでお互い護衛もつけずに王子と二人話し合っている場合ではないだろう」

「…ごめんなさい」

「ここなら安全と言いたいところだが、この間城の横で魔物が出たことを考えると、もはやどこにも安全な場所はない。せめて供の者をつけろ」

「誰に頼んでいいかわからなくて」

「後で側付きの者をつける」


 未来が項垂れていると、フェンが頭をぽんぽんとたたいた。


「無事だったのだからまあいい。さ、戻るぞ。腹も減っただろう」

「はい」


 未来は素直にうなずいて、フェンとともに城に向かって戻ることにした。

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