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百夜伝~運命の女~  作者: 雪月ソウ
第一章
4/6

3 見えざる敵

 三人の運命の女たちにと与えられた部屋の一室で、聡子は頭を抱えていた。


「どう考えても不利だわ」

「そこをどうにかして勝利に持っていくのを期待されちゃってるわけでしょう?」


 愛美は鏡の前で着せ替えに余念がなかったが、先ほどから同じ言葉を繰り返している聡子に言ったのだ。

 未来は早速剣の練習で疲れ果て、ベッドの中で眠り込んでいた。

 元々は客を泊めるための部屋だったが、三人でももて余すほど豪華な部屋だった。寝具の絹のような感触も、調度類のすべてが素晴らしかった。

 夕食の後に侍女に案内された部屋がここだったのだ。

 三人別の部屋を用意するとも言われたのだが、三人一緒の方が何かと安心すると断ったのだった。

 聡子は後で侍女から届けられた近辺の地形図と自分で書いた戦力分布図とフェンの話を総合すると、どんなに考えても不利な状況を好転させる案が浮かなばないのだった。

 フェンの話は戦うことの無意味さを目の前に突き付けた。


「だいたい魔術の魔の字も使わないような科学の世界に生きているわたしたちに理解しろっていうのも無理な話よね。

 国王が行方不明だって?さらっと重大なこと言ってくれちゃって、冗談じゃないわよ。国王なんかいなくたって、跡継ぎの王子に任せておけばいいじゃない。

 王子も王子よ。何でほいほいと半人前のくせに他所の国に行っちゃうのよ。

 おまけに周りが揃いも揃って考えが足りないっての。何で誰も止めないのよ。国王がいないのよ。王子まで何かあったら戦う前に滅ぶわよ。もう手遅れかもしれないし。

 おまけに、何?その魔術とやらは炎だの氷だのと降ってくるわけ?陰険で最低な戦法よね。どうやって戦えって言うのよ」


 それだけの文句を一気に言うと、聡子はふーっと息を吐いた。


「ちょっと、もう少し静かにしたら?未来が寝てるんだし。ほんと、聡子って怒ると口が悪くなるというか」

「ちょっとしたストレス解消よ。いいでしょ、文句言うくらい」


 愛美はベッドに突っ伏して寝てしまっている未来をのぞき込んだ。未来は規則正しい寝息を立てて思ったより健やかに眠っていた。


「未来がかわいそうだわ。本当はあたしたちよりずっと繊細な子なのに」


 聡子は愛美を見て目を伏せた。


「だから、わたしたちでできるだけ助けてやるのよ。わたしだって未来に剣の練習なんてさせたくなかった。でもわたしたちがここで生きていくためには、運命の女になるしかないもの。

 ねえ、愛美。わたしはやっぱり冷たいのかしら。わたしはあんたにきっと無理なことを言うわよ。敵陣へ一人で行けというかもしれない」


 愛美はベッドから離れると、聡子が座っているイスに近づき、聡子の肩に手を置いた。


「あたしたちはこの世界でたった三人しかいない。でも、三人もいるのよ。こんなに性格もちがうあたしたちが友人同士になったのは何故かしらね。まるで今回のために運命づけられたみたいよね。

 でもあたしはそんなこと気にしないわ。だってね、未来も聡子も好きよ。信頼してる。だから、あたしは聡子が言うことにはすべてイエスって言うわ」


 異世界での初めての夜は、三人の不安ごと闇の中に包み込むように静かに更けていくのだった。




 サジュリスの朝市は活気に満ちていた。

 まだ戦火の及んでいない城下町には、雑多な人々があふれていて、近隣の国々からやってきた商人も珍しいものを広げて人々の足を止めさせていた。それは美しい布だったり、おいしそうな食物だったり、怪しげな、それでいて不思議な魅力がある商売ものには人が群がっていたりした。

 未来達のいる現実世界と比べても、どこかの異国で繰り広げられる光景と何ら変わりなかった。

 フェンと未来はそんな市場を見て回るために、馬に乗って移動していた。

 未来はまだ馬には乗れず、不本意ながらフェンと一緒に乗って見物することになったのだ。


「乗馬も早々に覚えてもらわないと困るな」

「わかってるわよ」

「しかし、剣の覚えはいいぞ。教えないうちから相当の腕の覚えがあるらしいが」

「だから昨日言ったでしょ。あたしのは剣を使ったわけじゃなくて、お遊びとしての棒で打ち合っただけだって。おまけに人を傷つけたり殺したりしたこともないから、絶対無理」


 市場の人々を避けながら、馬はゆっくりと進む。


「それはサトコからきつく言われている。しかし、基本は大切だ。俺は最初から全部教えなくてはいけないのかと、少々うんざりしていたのだが。ミキがあれほどの腕前があるなら教えがいもある。すぐに上達するぞ」


 未来はこれ以上言っても無駄かとため息をついて、市場の店へと目を向けた。

 店の中でもただ布を敷いた上に座っている者もいる。


「フェン、あの店は何?」

「どれ…。ああ、あれは魔術師だ」


 フェンの言葉に未来は驚いて振り返った。


「しかし肩透かしの者が多いぞ。宮廷魔術師のタズロットのようなものも極たまにはいるが」


 未来は少し興味を持って、市場にところどころ座っている魔術師たちを見ていた。その中でも未来に顔を向けた者がいた。

 あのタズロットのように顔も見えず、やはり黒衣で全身を覆っていたが、未来を呼んでいるような気がした。それにフェンも気づいて、誘われるままその魔術師の前まで馬を進めた。


「来るがよい、運命の女よ」


 瞬間、フェンは馬を降り、腰の剣をつかんだ。


「騎士よ、私を斬るか」


 魔術師の声はしわがれていたが、威厳がありフェンを圧倒した。

 未来も馬を降りて、魔術師の前に立った。同じ魔術師だというのに、あのタズロットよりずっと穏やかな空気を感じた。


「そこに座るがよい、運命の女よ」


 未来は魔術師の言う通りに腰を落として、片膝をついた。


「運命の女は三つの能を持つ。ゆえに国を守る力を持つ、そなたには一つの能しか見られず」

「そうよ。剣を持つ女らしいから。どうしてわかるの?」

「魔術とは、人の使う術ではあらず。ゆえに世を見通す力さえも持つ。我はすでに人ではあらず」

「教えて。あたしは…あたしたちは、この国でどうしたらいいの?」

「運命は、決して人の思い通りには動かず。古代より運命は定まれり。しかし、運命を変えるは、人の強き意志でもある。そなたの運命も、強き意志により、光にも闇にも変わる。

 神は世界を三人の手に委ねられたもうた。その先は光と闇に揺れている。

 そなたが右と言えば右に。左と言えば左に世界は動く。神は左右どちらに動こうと、そなたを罪になさることなどなくとも、世界がそなたを裁くだろう。

 今はまだ、見えざる者に怯えることはない」

「でもそれは、あまりにも…」

「誰も道なき道を進めとは言わず。神が三人に分けたもうた意を知ることだ」


 未来が魔術師の言葉にぎゅっと目をつぶって息を吐き、もう一度目を開けた時、そこに魔術師の姿はなかった。


「魔術とは、そんなものかもしれない」


 フェンはそう言うと、未来を促して再び馬の背に乗せた。

 光にも闇にも変わる世界を、未来達三人が握っている。

 それはひどくあやふやで、そして恐ろしいミライを予言されたようなものだ。


「フェン…、城に戻ったら、また乗馬と剣を教えて」


 未来の小さな声に、いつもの愛想の良さも忘れてフェンは答えた。


「…ああ」


 後はただ、未来もフェンも馬の背で揺られていた。




 サジュリスの東の森に、偉大なる魔術師・アルナータ=サティスが住んでいる。

 しかし、その姿を見た者はなく、今なお生きているのさえ実は不明だった。


「未来の話からすると、その魔術師がアルナータかもしれないわね」


 聡子は未来からすれば何語だかわからない言語で書かれた本を読み始めた。


「『我、運命の女を呼びよせんとするも叶わず』というのが、アルナータの記述したらしい書物なんだけど。言っておくけど、これ、二百年も前の記述よ。よくもまあ残っていたわね。アルナータがもし生きているとしたら、二百歳以上ってことになるわよ」

「聡子、よく読めたね、それ」

「読めるわけないでしょう」


 聡子は威張って言った。


「教えてもらったのよ、役立たずの大臣とやらに」

「大臣なんて紹介してもらっていないじゃない」

「紹介する必要なしと見られてるくらいだもの。国王がいなくなって頭のネジが緩んでるみたいね。でもね、字くらいは教えてもらえそうだったから、無理やり押しかけていったというわけ。わたしも字を覚えないとこの国の書物読めないと困るから」

「聡子ってさすが勉強家」


 部屋の中は相変わらず静かで、聡子と未来の声も広い部屋に響くくらいだった。

 午後のけだるげな空気が、いずれ幸せに思うときが来るであろうことは、未来にも聡子にもわかっていた。


「愛美は優雅よね。ダンスの練習なんて。礼儀作法はちょっと嫌だけど」


 未来は鎧と小手を脱ぎ、ベッドに倒れ込んだ。


「未来が剣と乗馬を練習するように、わたしは字を覚えて今以上に知識を入れないと」

「うん、わかってる」

「でも、それも百日の我慢よ。百日の間に片付けて帰るのよ」


 たった百日。そんな短い日数で、戦を勝たせて帰ることは不可能に近い。移動だけでも日数がかかるこの世界だ。

 しかし百日。ここで過ごすには長い。状況は、生きるか死ぬか。バカンス気分ではいられない。


「帰るのよ、必ず」


 聡子の言葉が、子守唄のように聞こえだした。

 未来は眠りに落ちていきながら、明るい学校の中庭を思い出した。決して泣くまいと思っていた未来の目から、ひと雫だけこぼれ落ちた。

 聡子は未来の眠りに落ちた目からこぼれた涙を見てから、そっと部屋を出ていったのだった。




「フェンタール殿」


 城の一角、色とりどりの花が咲き乱れる花園でフェンはたたずんでいた。呼ばれたのに気づき振り返って言った。


「相変わらず君はフェンと呼ばないのだな」

「呼び方なんてどうでもいいでしょ。それに、わたしは信じている人しか愛称で呼ばないの」

「これは手厳しいな」

「あなたに甘くするほど余裕なんかないのよ。ところで、この戦いを裏で操っているのは、魔術師、ね」

「…おそらく」

「カランの?それともサジュリスの?」


 フェンは聡子を見た。


「どうして二択に?ナーザとは思わないのか」

「ナーザに優秀な魔術師がいるとは到底思えないから」

「確かに、ナーザには宮廷魔術師はいない」

「知ってるならわざわざ聞かないで」

「仮にサジュリスだとして、タズロットが黙って見逃すだろうか」

「優秀な魔術師に会ったんでしょ。タズロットが見逃さざるを得ないほどの魔術師がいても不思議じゃないわ」

「なるほどね。見逃したわけじゃなくて、わざと見逃した、というわけか」

「カランのセファロがあっさりと幽閉されたのも、国王がナーザへ向かう途中で行方不明になったのも、大臣が精神に異常をきたしているのも、全部誰かの仕業ね」

「サトコ」


 フェンはゆっくりと聡子に近づきながら鋭い視線を向けた。


「大臣のことは誰かが話したかな?」


そう言って手近な小枝を折った。


「別に隠すほどのことではないでしょ。変だと思うわよ、普通。国王を補佐する大臣がいないなんて。ましてや、国王がいないこの非常時に采配するのは普通宰相よね」

「ま、気づくだろうな、君なら」

「もう一つ、カランには優秀な魔術師がたくさんいると言ったわね。魔術師が発祥したのは実はナーザよ。それなのに、ナーザには宮廷魔術師もいない。どういうこと?わたしが書物が読めないからと嘘ついたわけじゃないわよね」

「いや、そんなつもりは、まさか、そんなことは…」


 フェンは言葉を切ったまま考え込んだ。手で小枝をもてあそんでいる。


「はっきりしなさいよ」

「俺が聞いたのは、カランが魔術発祥の地だと。そもそもそこまで知識を要求されたことはないからな。古い書物を紐解くなんてこともしたことがない。せいぜい好奇心で聞いた話なだけで、間違っているのは俺の方かもしれない」

「いい加減な話ね」


 フェンは手に持っていた小枝をを茂みに放ると、茂みの中から焼けただれた皮膚を持った魔物が現れた。人間の半分くらいの背たけしかないが、外見は人間と変わりないにもかかわらず皮膚の色は灰褐色で、喚き叫ぶ声がひどく耳障りがして不快だった。どうやら人間の言葉は話せないようだ。


「帰るがよい。ここはお前ごときがいる場所ではない」


 しかし、魔物はそのまま聡子に向って飛びかかってきた。


「フェン!」


 フェンは素早く聡子をかばいながら剣を抜き放つと、魔物の頭を剣で突き通した。魔物は一瞬にして塵となって消えていった。

 フェンが一息ついて聡子を振り返ると、聡子はフェンが投げつけた小枝を調べていた。先ほどフェンを呼び捨てたことも、フェンが助けたことも全く気にしていないようだ。


「サトコの神経を俺も見習いたいくらいだね」

「勝手に見習えば」


 聡子はそう言ってから、フェンが折った木を指差して言った。


「これ、香木ね?」

「そうだ」


 フェンの返答に聡子はやっぱりねとうなずいた。

 フェンは剣を鞘に収めてから言った。


「魔物にはよく効く。あんな小物が、どうして香木のそばに現れたのか…」

「それは、真の敵が小手調べにわたしたちを襲った、だけでしょうね」

「なるほど、あいさつ代わりというわけか。そもそもこの城の魔除けはどうなってるんだ」

「タズロットが結界らしきものを怠ったか、わざと開けたか、敵が強くて無理にこじ開けたか。どれだと思う?」

「どれも嫌だな」

「結界なんて目に見えないもの。どうとでもなるでしょうね」

「では、どうする、サジュリスの運命の女よ」


 聡子は香木の葉を一枚ちぎって匂いをかいだ。


「さあて、どうしようかしら」


 日が西に傾き始める中、聡子は一人頬笑みを浮かべたのだった。

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