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百夜伝~運命の女~  作者: 雪月ソウ
第一章
3/6

2 救う者

「さて何から話したらいいだろう」


 人の良さそうな騎士が長く伸びた足を組んで、三人の運命の女たちを見た。

 よく磨かれた石の円卓を騎士と三人の運命の女たちが囲んでいた。

 騎士がフェンと呼んでくれというからにはそう呼ぶのが礼儀だとは思うが、聡子はあえてこう呼んだ。


「フェンタール殿」


 フェンは聡子の呼び方など気にしない様子で答えた。


「知を持つ女・サトコよ、なんだ」

「今更隠さずありのまま全部話してください。もしもわたしたちに協力してほしいと思っているならば」


 フェンは笑いながら聡子を見返した。


「そのつもりでなければそんな衣装など着せはしない。今この国は倒されようとしているのだぞ。食い扶持は一人でも少ない方が助かるというものだ。それとも衣装が不満か」


 三人の運命の女たちはそれぞれお互いの衣装を眺めた。

 中でも目を引くのは美を持つ女・愛美の衣装だ。真っ赤なドレスに身を包んで、首に腕に耳に額にしゃらしゃらと小気味良い音を立てて揺れる飾りの数々だった。それぞれ紅の石がついていて、おそらく貴重なものと思われた。ドレスの布も肌触りよく余分な飾りなどないシンプルなドレスだった。

 しかし、それらにも負けずに華やかさを際立たせているのは愛美自身だった。

 未来と聡子も愛美が美人であることは知っていたが、実際にどれほどの美人かまでは知らなかったというのが本音だった。

 真っ赤なドレスはぴったりと体に合っていて、サイズを直した様子もなく、まるで愛美のために作られたかのようだった。


「あたしは気に入ってるわ」


 愛美は微笑みながら答えた。

 フェンはうなずいて聡子を見た。


「その衣装はこの国の参謀に与えられるものだ」


 聡子はフェンの言葉に少し顔をしかめた。

 確かに着心地はいいが、それでも制服のブレザーの方がどんなに自分にふさわしいことかと聡子は思った。もう二年もそれで過ごしてきたのだから。

 参謀に与えられるとはいえ、ごく普通のチャイナドレスに似た濃紺の衣装だった。

そして、愛美と聡子は未来を見て心から同情した。


「何がそんなに不満だ」


 フェンは顎の下に手を当てて肘をついた。未来の険しい表情の意味がわからなかったのだ。

 愛美と聡子が同情したのは、未来の衣装が実際に戦うための衣装だったからだ。

 それは衣装というよりも武装という方が正しいのかもしれない。未来の姿から、これから待ち受ける戦いを想像することができた。

 未来は黙ったまま、フェンに不機嫌の理由を説明することはなかった。おそらく戦いの中で育っている者に、平和で暮らしてきた者の戦いに対する不快さを説明しても、真の理解など得られるわけがないと思ったからだ。

 軽くて、丈夫そうな革のようなもので作られた鎧と小手と靴。

 それらはやはり未来の体にぴったりと作られていて、身に着けていてもあまり違和感はなかった。それとも剣道部で胴と小手に慣れているからなのか、どちらにしても未来には関心がなかった。


「衣装のことなんてどうでもいいのよ。わたしたちが知りたいのは、私たちがこれからこの国を救うために必要な情報だわ」


 聡子はいらだたしげに言った。


「わかっている。そうだな。この国のことから話さないと」


 それからフェンの長い話が続いた。


「この国はサジュリス王国といって、近隣の国々の中でも豊かな国と言えるだろう。東西をイアン街道が分けていて、東の一帯に城下町があり、人々はそこで食料も衣装も全て手に入る。城は街道から一番奥にあり、今は七十八代目の国王、ゴビス=フォン=ハウトによってこの国は統治されている。国の始まりは二百五十年ほど前で、国の危機は幾度ともなくあったが、存続の危機に陥ったのは二回目だ。一度目は二百年も前。そして今回が二回目というわけだ」

「運命の女を呼んだのは今回が初めて?」


 聡子が考えながら聞いた。


「いや、二回目だ」


 フェンの答えに、聡子はフェンを見つめて次の言葉を待った。


「しかし、実際に現れることはなかった。魔術師の力の違いだろう」


 その途端、未来はあの魔術師を思い出した。あの歓迎しているとは言えなかった態度と、得体の知れない様子。やはり力のある魔術師だからだろうか。いや、とてもそれだけではないような気がした。


「国交状態は悪くなかったのだ。カラン王国での反乱が起こりさえしなければ、こんな争いなど起こることはなかった。

 カラン王国というのは、決して貧しい国ではない。武器も食料も豊富にある。一年前、国王が死んで二人の息子のうち兄が新国王の座についた。聡明な男で、国王になるのは当然と言えた。兄弟仲も悪くはなかったが、武勇に優れた弟が国王の座を諦められずに、従う者と反乱を起こして成功した、と言われている。それがわずか三か月前のことだ。 兄は幽閉され、弟は勢いに乗って近隣の国を脅かしている。

 そして隣国のナーザ王国を侵略し始めたのが一か月前。ナーザの若き国王は必死の抵抗で、どうにか城を保っているが、落ちるのも時間の問題だと思われている。今も国王と王子自ら援軍として赴いているがね。

 ナーザが落されれば、次は当然このサジュリスだ。カランの真の目的はそこにある。ナーザよりもサジュリスの方が豊かで、海に出るならイアン街道を通る国々を制圧しておかなければ意味がない。

 イアン街道は、カランからナーザを通り、サジュリスの港まで通じている街道で、このサジュリスは海に出るにも内地へ向かうにも、人々が必ず通らなければならない国なのだ」

「で、カランの戦法とこの国の戦法は?」

「カランは騎馬と魔術による攻めの戦。サジュリスも騎馬と魔術、それに弓も得意だな」

「それでどうして国が落ちる?」

「サトコよ、魔術というものを見たことがあるか?」


 聡子は首を横に振った。聡子によって魔術のような非科学的なものはあまり興味がないし、ほとんど信じていなかった。

 未来と愛美はフェンの話す内容の半分ほどしか覚えられないと思ったが、戦略を考えるのは聡子なので、聡子に従っていれば心配ないと思って黙って聞いていたのだった。


「魔術というのは古代からあるが、最近は大なり小なり一般的なものとして人々の間にあるのだ。

 病気を治す者もいれば、呪いをかける者、魔物を召喚する者。まあ、本当に召喚した者など聞いたことはないがな。それから、戦いのために使う魔術を使う者といったように、実にたくさんの種類の魔術師がいる。

 カランは魔術発祥の地と言われ、当然魔術師の数も多く、優れた者も多い。

 それこそいくらカランの第二王子、カルテオが武勇に優れていようと、あの守りの固いナーザを落とせはしないだろう。それを助けて可能にしたのが戦いのための魔術を使う魔術師たちだと言われている」

「私たちの世界には、そんなものはないわ」

「そうか。

 サジュリスにも魔術師たちはいるが、その大部分は自称の者で、実際に魔術を使える者は十人にも満たないと言ってよいだろう。もっといるのかもしれないが、魔術師を動員してまで戦いに苦戦したことはないのだ。何故なら、魔術を使うのは最後の手段だ。魔術というのは自然の力をも使う。人の力ではないものの力を借りるのだから、どんなことが起きるのかは定かではない。

 従って、戦いにおいて魔術を使うのは、その戦いの指揮者の名を落とすことになるのだ」

 聡子はふうんと相づちをうってから皮肉を込めて言った。

「結局魔術に頼るなってことじゃない。当然カランのカルテオは蔑まれているのよね?」

「さあ、そこまでは。わずか三か月余りで国を制圧し、ナーザを落とす勢いにあるのは、カルテオの戦略にあるのは確かだろう。カルテオの気性は激しいが、反乱が成功した折に兄を抹殺するべきだと主張する周囲の意見の中、幽閉に済ませたことも慈悲のある主君として臣下の評判を上げたらしいぞ」

「本当に幽閉されて生きているのかどうかなんて、他所の国にはわからないわよね」

「まあ、その通りだが」

「それで、騎馬はどちらが上なの?」

「サジュリスだろう。カルテオだけは剣も騎馬もカランの中では随一だと言われているがね。

 本来弓矢はナーザが得意な戦法だった。サジュリスはどちらかというと剣の方が得意だろう。この俺も剣の方が得意だしな。ルシオンが弓矢も習っているというが、あいつならすぐに上達するだろう。騎馬なんかも他の者より上達が早かったし」

「ルシオンとは?」

「ああ、この国の王子、俺の従弟殿だ」

「国王の歳は?」

「まあ、五十くらいだろう。ルシオンは十八だ。ちなみに王妃は十五年前に病死している」


 王子が十八と聞いて喜んだのは愛美だったが、聡子は若すぎると少し考え込み、未来はそうかと思っただけだった。


「ナーザの国王とはどんな人物?」

「まだ二十三だが、国王になってすでに六年だ。早くに父君を亡くされたので、その分しっかりしているな。俺より二つ上とは思えないほどにな」


 ということは、フェンは二十一なのかと三人は思った。


「名はジェノン=ワーナ=トスタだ。カルテオの歳も知りたいか?」

「できれば」

「カルテオ=ライナ=ボンロス、二十四だ。兄がセファロで、二十六だったか。こんなことが役に立つのか?」


 フェンの言葉に聡子は意地悪そうに笑って言った。


「知を持つ女には、情報なんて多ければ多いほど、より有効な手段が考えられるものなんです。役に立つかどうかは後でわかることですよ」


 聡子の言葉にフェンはため息をついた。


「サトコと口で争うのだけはしないようにするぞ、俺は」


 心からそう思ったらしく、愛美と未来もフェンの言葉に大きくうなずいてそのほうがいいと意思表示をした。


「後でもいいけど、それぞれの国の地形図と戦力、それに産物、鉱物なんかの資料を見たいわね。文字がわからないと困るから、それを説明できる人材をお願いしたいわ」

「わかった。とりあえず、将軍をきちんと紹介しよう」

「一度会えば十分だわ」


 聡子はそう言ったが、それでもフェンは首を振った。


「特にミキにはよく知っておいてもらわなくてはいけない。一緒に戦う者として」


 未来はその言葉にひやりとしたものを感じた。

 フェンが呼びに行くまでもなく、部屋の扉が叩かれた。返事をする間もなく扉が開いた。


「失礼する」


 荒々しく扉が開いてみれば、難しい顔をした男と黒衣の魔術師で、将軍というのはこの男のことだったらしい。


「わざわざご足労ありがとうございます」


 将軍は愛美のドレスを見て目を細め、聡子の参謀の衣装に目を見張り、未来の装備に眼を鋭くさせた。


「確かに美と知と剣だな」

「ええ、その通りです」

「わたしは、クレオ=アトニン。この国の将軍だ。剣術では騎士隊長のフェンにも劣らないと自負する」


 そう言って自己紹介した将軍を、未来は見つめた。 腕は確かなようだが、少し短気なのだろうと。

 それよりも後ろに控えている魔術師の方が気になっていた。


「知っていると思うが、こちらが魔術師タズロットだ」


 フェンがそう言うと、魔術師は少し頭を下げるようにしてあいさつをしたが、やはりフードの中の顔は見せなかった。


「わたしは聡子。参謀として軍の指揮をさせてもらうわ。将軍といえどもわたしの策に従ってもらうこともあるので、見知りおきを」


 将軍は自尊心が多少刺激されたが、ここで荒げるのもやはり自尊心が許さず、顔を赤くしたまま黙ったのだった。

 聡子はそんな将軍を見て薄笑いを浮かべた。


「こちらは愛美。愛美にはいずれ特別な任務をしてもらうことになるわ。それに関してはまだ秘密。

 そして、こちらが未来。剣に関しては全くの初心者だから、剣の指導はフェンに頼むわ。いずれアトニン将軍とも一緒に戦いに出てもらうことになるわね」


 聡子は部屋にいる者に有無を言わせなかった。


「文句があるときは聞くわ。でも試しもせずにとやかく言うのはなしにして。嫌ならわたしたちは役目を下りさせてもらう。

 でも、自分たちの力だけでどうにかなるものなら、異世界からわざわざわけもわからない女を呼び寄せるなんてことしないわね」


 皆が黙り込む中、魔術師だけが低く笑った。


「何とも心強いお言葉ではありませんか」


 聡子は魔術師をにらんだ。


「そのフード、取って見せたらどう?それともみせたら不都合なことがあるのかしら」

「これはとんだ無作法を。しかし、我が主君の御前以外では取らぬ決まり。我が主君はルシオン=フィリス=ハウト王子のみ。いかなる御方の命といえども、主君の命以外に我が姿を人前にさらすことは致しません」


 相変わらず男だか女だかわからない性別不明の魔術師の声は、それだけで魔術にかかったような不思議な気分にさせるのだった。

 未来は魔術師の声を聞きながら、頭を振って何とか魔術師の言葉に乗せられまいとしていた。

 魔の声は限りなく甘く咲き誇るバラのように。そして不意に人の指を傷つける棘のように人の耳に届く。人を誘い、惑わせては満足し、狂っていく人を見てはさらに喜ぶような、危険であるがゆえの魅力とでもいうのか。

 フェンと将軍も、実のところ魔術師がいったい何者で、どこから来たのか、何も知らなかった。顔も見たことはなかったし、性別も知らない。

 一応の礼儀は尽くしているようだが、いつも人を笑っているような感じのする者、知っている中で一番の魔術を使う者。それだけしか知らなかった。

 二年前だか三年前だか、気が付いたときには王子のそばに仕えていて、しかもまるでそれが当たり前のように人々に受け入れられているのだった。

 おそらく一番知っているのはルシオンただ一人だろうが、王子ですら全部を知らない者、それが魔術師タズロットだった。


「それでは、私はこれで」


 黒衣の衣擦れの音だけを残して、魔術師は部屋を出ていった。


「それにしても」


 聡子の言葉に未来は我に返った。


「剣の腕も高い将軍と騎士隊長が揃ってどうしてここにいるのかしら。国王と王子が戦いに出ているのに」


 将軍は口の端をゆがめて言った。


「私どもに城の留守を守れとおっしゃったのだ」

「それは国王がすべきことでは?少なくとも将軍は戦に出て、騎士隊長はここに残ったとしても、他国を助けるのに国王がわざわざ出向くのは、余程ナーザに恩があったみたいね?いっそのことナーザを差し出し、自国の安全を図るのも一つの方法だと思うけど。和平交渉も行わずに戦うばかりでは、国の戦力を失うばかりではないかしら」

「馬鹿な。和平交渉などこのサジュリスが」


 聡子は顔をしかめて腕を組んだ。

 愛美は興味深そうに眺めていた。

 未来は魔術師から目をそらした後、自分の身を案じていた。たとえ異世界といえど、戦って人を倒すこと、ましてや人を殺したりすることなどできないと。


「もう一つ聞きたい。フェンタール殿、あなたはカランで幽閉された兄が聡明な男だと言ったわね」

「いかにも」

「どうして幽閉される羽目になるのよ」


 聡子の鋭い目がフェンと将軍をとらえた。


「他国の事情まで詳しくはない、とでも言う?何を隠しているの?どうして国王と王子が、この運命の女を呼ぶという大事な儀式において国を留守にするの?」


 フェンが不意に笑いだすと、将軍は険しい顔でフェンを見た。


「知を持つ女の目は、俺たちの心をも見通すらしい。サトコには全てを話さないことにはこの国を救ってはくれないようだよ」


 将軍は険しい顔のままフェンに言った。


「では、貴殿が話せばよい。紹介が済んだのなら、私は戦いの前に休ませてもらう」


 未来達三人が初めて将軍と会った時のように、将軍は荒々しく部屋を出ていった。

 部屋の中で四人が再び円卓に残った。


「わたしは、全部、隠さずにと言ったはずよね」


 フェンはそれに答えず、ただ三人を見つめた。


「わたしたちの命は安くはないわよ。あなたたちにとっては異世界の者が死のうが生きようが関係ない価値のないものだとしても、わたしたちの命はわたしたちのものだわ。たとえ未来が剣を持つ女だとしても、未来に人殺しなんてさせたくない。未来に剣を教えてくれと言ったのは、未来自身が身を守るため。どんなにわたしが未来を戦いの場に出したくないと思っても、いずれ出ていかなければならなくなるのが目に見えているからよ。

 愛美だってただ着飾って眺めているだけの女とは考えていないでしょう。それでも、勝手に愛美を利用しようなんて考えないことね。

 わたしだっていきなり指揮をとりますと言って反発がないわけない。誰かに死にに行けと命を下すようなことをしたくない。

 正直に言えば、自分たちの国のことくらい自分たちで何とかしろ、よ。なんでわたしたちがこんな目に遭わなきゃいけないの。

 でも、それでも、わたしは、わたしたちを守るために死に物狂いでやるわよ。百夜後に、揃って無事で生きて帰るために」


 フェンは黙って聡子の話を聞いていたが、やがて静かに言った。


「サトコよ。君たちがいきなりこの世界に連れてこられた憤りはわかった。しかし、俺たちは今、君たちを必要としているのだ。

 見た通り、国王はいない、跡継ぎの王子も不在、実は生死不明で国は危機に陥っているとくれば、誰かに頼りたくもなるだろう。

 俺は従兄とはいえ、ただの騎士隊長に過ぎない。将軍は武に優れた人だが、決して国を動かしていける人ではない。

 しかし今、運命の女たちが現れたとなれば、我らサジュリスの軍も民も希望が持てるのだ。

 改めてお願いする。このサジュリスを救ってくれ…いや、救ってほしいのだ。君たちが救ってくれるというのなら、この俺は協力を惜しまない。どんな状況になろうとも君たちを見捨てない。必ず百夜後まで助かる道を最後まで諦めない」


 静かになった部屋に声が響いた。


「救うわ」


 その声に驚いたのはフェンではなかった。


「救ってあげるわ」


 もう一度言ったのは、愛美だった。

 未来と聡子は驚いて愛美に言った。


「ちょっと、勝手に決めないで」


 聡子は慌てて言った。


「そうよ、あたしなんて剣持って戦うのよ。命がいくつあっても足りないじゃない」


 未来が少し元気を取り戻して言った。


「でも助けてあげるんでしょ」


 愛美は魅惑的な微笑みを向けた。

 未来と聡子は、愛美のより一層艶やかな微笑みに言葉もな、くもう一度反論しようとした口を開けたまま黙った。

 フェンはその様子にようやく希望を見出した。

 勝利へと導くための女たちだ。

 その知でもって人を動かし、その美でもって人を従わせる。そして剣でもってどんなふうにして人を退かせるのか。

 フェンは先の楽しみに人知れず微笑んだ。


「仕方がないわね」


 聡子はため息をついた。

 救うも救わないも、ここで役に立たなければ生きていける保証はないのだから。


「ところで未来、あなたやたらとタズロットを怖がっていたわね」


 聡子に言われて未来は表情を引き締めた。


「いったいどうしたっていうの?」


 愛美も気づいていたようで、心配そうに未来を見た。

 どう説明していいかわからず、未来は首を傾げた。


「怖いというか、何だか得体の知れない感じがして…」


 あの声は、悪魔のささやきのようだ、と。

 魔術師の声に引きずられそうになったのは、どうやら未来一人だけのようだった。


「まああたしたちには縁のなかった魔術師さんのことだから、声に魔力があったって不思議ではないでしょうし」


 愛美はそうつぶやいた。


「サトコ、話の続きをしたいんだが、よろしいか」

「え、あ、どうぞ」


 素っ気なく返事をした横で、聡子の名前しか呼ばないフェンに愛美がふくれた。

 未来は笑いながらどこか哀しかった。

 嫌でも巻き込まれていく自分たちの運命が、どこへどう転がるのかわからなかった。運命の女と呼ばれる自分たちだというのに、と。

 そして、魔術師ならばわかるのだろうか、とふと思ったのだった。



 将軍は心中穏やかではなく、憤然と廊下を歩いていた。

 しかし背中に気配を感じて立ち止まり、振り向いた。


「タズロット、何か用か」


 わざと気配を消さずに歩いていた魔術師は、将軍へと近づいた。


「随分とご立腹なされているご様子。指揮権を知を持つ女に任されたのがご不満か」

「おまえから何を言われようとかまわんが、私の気持ちを代弁するようなことはやめるんだな」

「これは浅はかなことを申しました。老いも若きも国を思う気持ちは同じ。ましてや将軍殿は国に篤く、忠義を示す者でありましたな」

「そうだ。ただ、私は頭を全て戦にしか使わないゆえ、おまえが暗に言おうとしていることなどわからんぞ」


 魔術師が将軍の横を通り抜ける際には、フードの中で押し殺した笑い声が聞こえた。


「なるほど。確かに知を持つ女は、あなたより頭が切れるらしい」


 魔術師の言葉に増々不機嫌な顔になった将軍だったが、次の魔術師の言葉に顔が固まった。


「しかし頭が切れるというのも時として不幸なもの。気づかなくていいことに誰よりも早く気付く。恐怖さえも」


 将軍は先ほどまで起こっていたことも忘れ、呆然と魔術師を見送った。

 いや、何か言おうとしたのだが、身体が動かなかった。

 今までどんな剣の使い手と立ち会った時にも感じない何かを魔術師から感じ取ってしまったようだ。

 魔術師が王子の従者でよかったと将軍は思った。少なくとも味方であれば、まともに魔術師とやり合うことなどないだろうと思ったからだ。

 そう思うことにして、いつの間にか震えていた身体を何とか落ち着かせることができたのだった。

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