サキを守るために
「は? どこにいんの?」
始めにスポーンしてサバイバル生活が始まった森、町が見える崖、どこを探しても声の主である赤いドレスのエルフはいない。
『ここよ、ここ』
場所は変わっているはずなのに、先程と同じ所から声が聞こえた。
『あなたの心の中よ』
「心の中?」
『そう。これがあなたの体をもらうってこと』
「え、じゃあ本当にお前の能力を使えるのか?」
『ええ、そうよ。でも私の名前はお前ではなくてノルよ』
ここに来て初めて名前を知ることになった。基本的にサキ以外他人との関わりを断ってきた自分だが、体を任せるわけだしここは自分も名乗っておこう。
「俺はシュウ。よろしくな」
『ええ、よ、よろしく』
「今の状態をもう少し説明してくれないか?」
通常状態と違うのは主に三つ。一つは、声が聞こえるということ。それはすでに確認済みなので信憑性はある。次に、ノルの能力が使用できるということ。これはやり方と潜在能力さえかね揃えていれば誰にでも使用できるものらしい。実質ノルとなった今の俺には当然使用可能ということだ。体に入るという憑依能力は全てのエルフができるらしい。
そして最後に、
『VRMMOとかいう世界にはもういないわよ』
「・・・・・・は?」
実際に一度俺は死んだ。そのため、元の世界では死人扱い。当然戻れるわけもなく、今の体もノルとして別世界に存在している。その証拠に、いくら頑張ってもウィンドウが出現しない。
「じゃあどうして世界の見た目は変わってないんだよ」
『それはVRMMO自体がこの世界を元にしているからよ』
VRMMO――1年前、人類は初のフルダイブ式ゲームソフトを開発した。しかし、開発以降その開発情報は世界から破棄され、その類いの情報は謎とされてきた。ノルによればそのモデルはこの世界ということらしい。どこからどこまでが正しいのかというのを判断する力は、今の俺には備わっていない。ただ、VRMMOではないというのは確かだろう。
「この世界にはすでに人間が来てたってことか?」
『いいえ、来てたんじゃないわ。元からこの世界は人類のモノなの』
「でもこの世界はNPCで出来ているんだろ」
VRMMO上でNPCが多様されているのは、この世界の情報を漏洩しないための錯誤だった。別世界があるということを全国――世界に知られれば世界中が別世界関連の研究を始める。それが戦争のきっかけになると考えた開発者は、別世界にたどりつくような情報を全て変更した。そのため、今も崖の下に見える町には現実世界と変わらない人々が住んでいる。
『だから、もうあなたが現実世界に帰る方法はほとんどない。あるとするなら――」
「あるとするならなんだ!!」
俺は焦りもあったせいか、言葉を遮って問い詰めてしまった。
『あるとするなら、もう一度あの女友達に会うことね』
「会えばいいってことなのか?」
『そう。あの子には記憶というあなたの情報が保存されている。それによって世界に帰ることはできる。ただ、この世界に来たあの子が前の世界を覚えているかどうかはわからない」
「そんな……」
VRMMOというのは脳に直接信号を送っているので接続するだけでもそれなりに脳へ負荷がかかる。そのため、強制ログアウトのような状態に陥ったサキの脳がそれに耐えられるかどうか。耐えられなかった場合、もしくは大きなダメージを負った場合は少なくとも後遺症が残り、最悪死に至る。交通事故など、外部からの衝撃とは違い脳に直接ダメージを負う。そのため、ほとんどの場合が即死と言える。
生きている可能性が薄い上、記憶が正常に残っているということを含めると確率はかなり低い賭けとなる。
(だからってこのままこの世界に一人でいても意味がない……)
もはやVRMMOという管理下に置かれた世界でもない。そんな世界で一人生涯を終えるなど自分にとってなんのメリットもない。ならば確率が低くても挑戦するしかない。そう誓った。
「その子を見つけるにはあなたの記憶が必要になる。記憶から特徴を見つけてこの世界に居る人類の情報に照合するの」
途轍もない能力だが言ってることは理にかなっていた。
「もうサキの特徴は把握しているのか?」
『一応特徴はわかっているわ』
「本当か?これなら会うのは簡単だな!」
『じゃあ会いにいきましょうか』
”ガバッ”
「え――」
ノルとの会話に集中していたせいか、背後から迫りくる気配に気づけなかった。俺は途轍もない力に押さえつけられ、抵抗する間もなく薬を飲まされ意識を失った。最後に確認できたのは、大きな体を持った生物のみだった。それはどこか見覚えがあるような、そうじゃないような。どちらにせよその巨体を見ていい気分にはならなかった。
――不覚だ……
まさかノルが裏切り者だったなんて……
痛みがなかったことを考えると、生き返ったというのは嘘なのだろう。もしかしたら全て嘘なのかもしれない。どこからどこまでが本当なのだろう。
会ったばかりの俺になんの恨みがあるんだ?
もしかして俺の体が合わなかったとか?
本当なら笑いもんだな……
もういっそ殺してくれよ……
――ズキ……
そんな事を考えていると、強烈な痛みを感じて目を覚ました。目の前には先程、いや俺を殺した巨大トカゲがいた。それに――
「ノル……」
「あなたを殺すように指示したのは私」
「は?何いってんだ?」
俺は一度そこに立っているトカゲに無惨にも殺された。しかもものすごい激痛を伴う死に方だ。そんな残酷なことをこのエルフが指示したというのだ。
「お、俺は騙されねえぞ。どうせタチの悪いドッキリかなんかだろ? なあ……そうだと言えよ……」
「現実を受け入れられないのは結構だけど。私があなたを殺させたという事実は変わらないわ」
「な……だ」
ノルは聞き取れなかったのか、
「ボソボソ言われてもわからないわ」
「なんで俺を殺したんだ!! 初対面だろ!! 俺が何したって言うんだよ!!」
俺は声を荒げノルに怒鳴り散らかした。この叫びはノルに対してだけではない。なぜ生存刑などにならなければならないのか。何を間違えたのか。正解はなんなのか。全ての不満が詰まっていた。
「うるさい!! テリウス、こいつを拘束しなさい」
俺は壁から吊るされていた鎖で手首を固定され身動きが取れなくなった。なぜこんな目に合わなければならないのか。不満は溜まるばかり。
(クソ!!! なんでこんなことに……サキはどこだ……)
こんな窮地に立たされても思い出すのはサキのことばかり。サキはいつもこう。
初めて会ったのは今から一年半ほど前のこと。出会いはお世辞にもいいとは言い難いものだったと今でも思っている。
高校生となり真新しい気分で登校している朝、俺はサキと出会った。出会ったと言うより見つけたという方が正しいだろうか。というのも、サキは道路の中心で横たわっていたのだ。
――
登校中、道路に横たわっている少女を見つけた。制服を見る限り同じ学校の生徒であろう。
(な、なんだこいつは。ふざけているのか?)
幸い今は夏でも冬でもない過ごしやすい季節。きっとほっといていても大丈夫だろう。
少しきにはなりつつも、その場をあとにしようとした瞬間――
「た、たす……けて……」
明らかにやばそうな声が聞こえた。流石に見過ごすことも出来ず、助けることにした。
体を起こし、体勢を整えその場に座らせた。会話が可能なことを確認すると、こう尋ねた。
「こんなところで横たわって、どうしたんだ?」
少女は何故か頭を悩ませ、悩んだ末に回答をした。回答を聞いた瞬間その理由が即座にわかった。
「なんもおぼえてない……」
これはいわゆる記憶喪失というやつなのだろうか。第一こんな道端で何が起これば記憶喪失になれるというのか。逆になれるならやってみてほしいものだ。少女は悪くないが少し裏切られた気がした。
だが、無理ともいいきれない。現にこの少女は”なにもない道”で記憶喪失になっているのだから。よっぽど運の悪い子なのだろう。そうでなければただのバカということか? いやその可能性が濃厚だ。そうじゃなければ納得できない。
「覚えてる事を俺に話してくれ」
俺は珍しく真面目に解決を試みた。
しかし、少女は思わぬ反応をした。
「プ……あははは!」
アホっぽく笑いだしたのだ。
「な、何がそんな笑えるんだよ。お前は今記憶喪失で――」
「あーそれ嘘」
「は?」
俺は文字通り呆然とその場に立ち尽くした。
「登校中に偶然君を見かけてね。面白そうだからびっくりさせようと思って走ったら転んじゃったんだ」
「じゃあ、ただ転んだだけで大した事ないってことなのか?」
「うん!!」
「コラああああ!!!!」
「ごめんなさーーい!!」
その日からというものの、サキは毎日のようにつきまとって来た。今思えばなぜサキを助けようと思ったのだろうか。中学校の頃から人間関係がうまく行かず、人との関わりをできるだけ断ってきた俺だが、その時はなぜか助けたかったというのが本音だ。やばそうだったというのもあるだろうが、それだけじゃなく関わっていい人なんじゃないかと当時は思った。
だからこそ、早く再会したい。今はその思いでいっぱいだ。
「ねえ。今から質問することに正直に答えなさい」
「質……問?」
「そうよ。早く答えればすぐ楽にしてあげる」
「わかった答えるから早くしてくれ」
とにかく今は自由になってサキを見つけよう。その一心だった。
「サキという子の特徴を教えなさい」
「何だそんなことか、サキはな――」
そこまで言ったところでノルとの会話を思い出した。『記憶から特徴を見つけてこの世界に居る人類の情報に照合するの』。ノルは特徴を聞き出し、サキに会いに行くつもりなのだ。こんな危険なやつにサキを合わせるわけにはいかない。たとえ死んでも言わないと決めた。
「いや、お前らなんかには言わねえよ」
「ふーんそう」
ノルは冷酷な目でこちらをギロッと睨みつけると、テリウスに指示をした。
指示を受けたテリウスは自分を持ち上げ今度は椅子にくくりつけた。
「これは……」
「そう、拷問タイムを始めましょ。寝ている間に痛覚を感じる薬を飲ませておいたの、好きなだけ喚くがいいわ」
道理でさっきから死んでいるはずなのに痛みを感じるわけだ。薬は効くって都合悪すぎるだろ。
拷問――それは自由を奪った上で、肉体的及び精神的な苦痛を与え続け情報を掴むという暴力的かつ残酷なもの。古代から数々の拷問方法が研究されてきた。拷問の上で重要なのは、相手を死なせずにいかにして苦しみを与えられるかということ。死ぬギリギリを責められる苦痛は、生地獄以外の何者でもない。
「はっ、俺はそんなんにまけねえから」
当然自分もサキを守りたいという気持ちは変わらなかった。最後まで耐えきりここを脱出するにはと、必死で頭を回し考えた。
だが、拷問というのは耐えられない苦痛を伴うからこそ効果を発揮するものであると、この時の俺は実感する。